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魔法巫女エデン
 
 
 
 
 
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Episode2:My 愛犬 is like a 王子様

〜ワタシノワンコ、マルデオウジサマ〜

 

クローバー

 次に気がついた時、エデンは何か柔らかい布のようなものにくるまれていた。
(……あれ?私、何してたんだっけ……?)
 状況がつかめず、ぼんやりと視線を上げると、そこには険しい表情で前方を見据えるレトの顔があった。
 その髪は、エデンが気を失う前の自然に流したものではなく、きっちりと整えられ、結い上げられている。そしてその頭の上には、ひな飾りの男性人形がかぶっているような古めかしいタイプの冠が載っていた。
 服装もひな人形のような古い時代の和装に変わっている。だがその衣装は夢の中でエデンの父・慈恩が身につけていたものとは若干形が違っていた。
 わきの下を縫い合わせていないため、重ね着した下の衣がのぞいて見える上着に、赤と白の糸でユニオンジャックの柄が織り込まれた青い、足元には黒革の編み上げブーツ、そして冠からあごへと伸びる結びヒモには、両耳のところに何かの動物の毛でできた扇形のポワポワした飾りがついている。
「レト……?その……カッコは……?」
「お気がつかれましたか、姫君。……どうやら平安時代の武官の“束帯”に和洋折衷のアレンジを加えたもののようですね。日本人の父君と英国人の母君を持つ姫君の下僕たる俺の正装です」
 誇らしげにレトが説明する。その姿には衣装のせいか、それまでとは違うストイックな雰囲気が漂っていて、図らずもエデンはどきりとしてしまった。
(うぅ……っ、心臓に悪いよ……っ。契約の獣とかワンコとか言っても、見た目は貴公子って感じのイケメンなんだもん……っ)
「姫君も変身なさった方がよろしいですよ。そのままのお姿では戦闘の際にお洋服を汚してしまいかねません」
「そうだね……」
 うなずいて変身呪文を口にしようとし、エデンはそこで初めて己の置かれた状況を把握した。
「って言うか、何ッ!?この体勢っ!」
 布にくるまれている……と感じていたものの正体は、実際にはレトの衣装の袖で、エデンはレトの腕にしっかりと抱きとめられていた。
「姫君がお気を失われてしまいましたので、とっさに支えさせていただきました。覚えていらっしゃいますか?貴女はこの結界へ引き込まれる直前、救いを求めるように俺の服を握っていらっしゃったのですよ。貴女を守る騎士として頼りにしていただけたようで感激いたしました」
 その時のことを思い出すように幸せそうな笑顔で言われ、エデンは思わず赤面する。
「そ、それは……っ!と、とっさのことだったし……!よく覚えてないし……っ」
「そんな……照れないでください。俺はうれしかった……」
 レトのその言葉は、前方から凄まじい勢いで伸びてきた何かによって、唐突に遮られた。
 頭めがけて伸びてきた“それ”をとっさにかわし、レトは再び表情を険しくして視線を戻す。その視線の先には低い木の枝にとまる一羽の鷹――アンバーの姿があった。
「こら、新入り。俺はお前をエデン様とイチャイチャさせるためにこの結界へ引き入れたわけではないぞ」
 アンバーは不機嫌そうな低い声でレトに告げる。その姿もレトと同じく、結界に入る前とは若干異なっていた。
 基本形は鷹の姿のままだが、その瞳やクチバシや脚の爪は琥珀の輝きを宿し、躯にはまるで飾り羽のように何本も緑のツタがからまっている。
 そしてアンバーのとまる低木の枝は、複数あるうちの一本だけが不自然に長く伸び、レトの顔の横で葉を茂らせていた。
「……そっか、アンバーさんの能力、“植物操作”って言ってたもんね。こんな風に植物を操って攻撃してくるってことか。……それにしても、何だかアンバーさんまでドレスアップしちゃってない?」
「契約の獣は結界の中では力が増幅しますから。その増幅分が実体化して装飾品のように躯を彩っているのですよ。俺が今着ているこの衣装と同じようなものです」
 言いながら、レトはさりげなく前へ出てエデンをかばう。
「……ほぅ?その態度は契約の獣としてまずまずのものだ。だが、これはお前を鍛えるための訓練。手加減はせんからな!」
アンバーが天を仰ぎ、甲高く鳴く。直後、その足元の木が急激に枝を伸ばし、エデンたち目がけて襲ってきた。しかも今度は一本だけでなく、数本が時間差で襲ってくる。
「姫……ッ!」
 レトは素早くエデンを抱き上げ、横に跳躍して枝々を避ける。
「姫!早く変身を!」
「うんっ!キャラメル・キャラメラ・キャラメリゼ!」
 エデンはレトにお姫様抱っこされたままの状態で変身し、空中に光とともに現れた杖を片手を伸ばしてキャッチする。
「……で、どうしよう?アンバーさんに一撃入れなきゃなんだよね?でも、どうやって……?」
「先ほどの説明の通り、俺に使えるのは“念動”だけです。何か、攻撃に使えるようなモノが結界内に落ちていれば良いのですが……」
 レトとエデンは同時に結界内を見渡してみる。だが岩の鳥居にもイギリスのストーン・ヘンジにも似たものに囲まれた円い空間の中には、アンバーのとまる木と、ところどころに生えた草花以外は小石一つ見当たらない。
「えっと……何も無い、ね……。どうしよう……」
「さすがアンバー先輩。初心者向けとは思えないスパルタ仕様ですか……」
 レトが舌打ちとともにつぶやくと、すかさず鋭い声が飛んでくる。
「聞こえているぞ、新入り!厳しくするのは当然だろう。そもそも災厄の獣の結界の中はその獣にとって能力の発揮しやすい――逆に言えば招かれた者たちにとって不都合な空間になっていることがほとんどなのだからな。与えられた状況の中でいかに戦うかを考えるのも重要な戦闘スキルだ。しっかりと考えて、しっかりと学ぶんだな」
 言い終わるなり、アンバーが再び天を仰いで鳴く。するとエデンたちの足元がふいに隆起し、そこから何本もの茨のつるが飛び出してきた。
「え……っ、ちょ……っ、ひゃあぁあぁあっ!」
「姫っ!しっかりとつかまっていてください!」
 レトはエデンを抱きかかえたまま、まるでダンスのステップでも踏むかのような足さばきで器用に茨を避けていく。
 だが、そんなレトとエデンを追いかけるように、地面からは次々と茨が生え、そのつるを伸ばし、二人を追いつめていく。
「く……ッ、逃げ場が……っ」
 苦しげにうめくレトの腕に抱かれながら、エデンは必死に結界内を見回し、逃げられる場所を探す。
「レトっ!見て、あそこ!地面が岩でできてる!あそこなら下から茨が生えてくることはないよ!」
 地面が何十mにも渡り固い岩盤で覆われた地点を見つけ、エデンが叫ぶ。
「はいっ!」
 レトは返事と同時に駆け出し、ジャンプして一気にその地点へと降り立った。
 茨はそれでも岩盤の外からつるを伸ばすが、ある程度以上の長さには伸びられないのか二人までは届かない。レトとエデンは同時にホッと安堵の息をついた。
「……困ったね。“一撃”入れないと特訓は終わらないんだよね……。ねぇレト、あなたの力であの茨を引っこ抜いて攻撃に使えないかな?」
「……分かりませんが、試してみるしかなさそうですね。では、姫君……」
 レトは壊れ物でも扱うかのようにそっとエデンを地面に降ろし、改めてその手を握る。
 エデンは昨日猫神の力を借りて戦った時のことを思い出しながらも、胸のドキドキに耐えかねて思わず質問していた。
「て、手は、握らなきゃダメなの……?」
 レトは一瞬沈黙した後、有無を言わせぬような極上の笑顔でうなずいた。
「ハイ!手はしっかりと握っていないとダメなのです」
「う、ウソでしょ!さっきの間、ゼッタイ何かあるでしょ!」
「ほら姫君、集中しないと技が出せませんよ。目の前の茨によ〜く焦点を合わせて、茨の動くところを頭の中でイメージしながら言霊を紡ぐんです」
 レトは『疑問・質問は一切受け付けません』とばかりに、さっさと話題を切り替える。人生経験の浅いエデンには、その鉄壁の笑顔を崩せる自信がまるで無かった。
(……もう、今はいいや、後でマイカさんあたりにでも訊いて真相を確かめておこう)
 気持ちを切り替え、エデンは茨の一つを見すえ、意識を集中させ始める。
「ん〜……えっと……“動け〜、いばら”っ」
 “開けゴマ”のようなノリで“呪文”を唱え、杖を振る。するとエデンの視線の先の茨が、まるで映画『十戒』の海が割れるシーンのようにワサワサと大きく左右に割れた。
「あの……姫君、何か違うイメージを頭に浮かべていませんか?茨を引っこ抜きたかったのでは……?」
 レトがおそるおそる質問してくる。
「言わないでよ……っ。自分でも失敗したって分かってるもん」
 言いながらエデンは再び意識を集中させる。だが……
「……ダメだぁっ。全っ然、引っこ抜けないよっ。やっぱり地面にしっかり根っこ張ってるからダメなのかなぁ……?」
「……そうですね」
 レトが心なしか、しょんぼりしたような顔で握っていたエデンの手を放す。
(……猫神先輩の時はあんなにあっさり技が出たのに。……アレ?そう言えば、さっきレトと手をつないだ時、猫神先輩の時みたいなあったかさ、感じなかったな。猫神先輩の時が淹れたてほかほかのミルクティーなら、レトのはソレを寒い部屋の中にしばらく放置してぬるくなっちゃった、みたいな感じだったなぁ……)
 ぼんやりとそんなことを考えるエデンの視界に、その時ちらっと緑色の何かが映る。
「……アレ?あそこの岩……あんなに緑色だったっけ?」
 見ると、エデンとレトのいる岩盤地帯の端が、うっすらと緑がかってきている。
 その“緑”は、そうして見ている間にもどんどんその濃さを増し、じわじわとその範囲を広げて来る。エデンはぎょっとして、再び無意識にレトの服の端を握っていた。
「な……何、あれ……っ」
「あれは“”です。苔も植物の一種。アンバー先輩の仕業でしょう。……でも、苔で一体何をするつもりなんでしょうか?」
 レトは『どうにも分からない』という表情で首をひねる。苔はその間にもあり得ない速度で増殖し、その厚みを増していく。
 やがてその苔の間から、ひょろ、と何かの植物の芽が顔を出した。その芽は苔と同じく凄まじい速さで生長し、一本の“木”になっていく。レトはハッとして、エデンの肩を守るように抱き寄せた。
「分かりました!あの苔は“土台”です!柔らかな苔を土の代わりとして、この岩盤地帯に“木”を生やすつもりなんです!この場所は、もはや安全ではありません!」
「えぇっ!?そんな……っ、私たち、これ以上どこへ逃げたらいいのっ!?」
 戸惑っている間にも苔の範囲は広がり、岩盤はまだらに緑化していく。そして周囲にはどんどん木が増え、あっと言う間にちょっとした木立へと変化していった。
「どうした、新入り。ただ突っ立っていることしかできないか?もうギブアップしてもいいんだぞ。もっとも、その場合には俺からの地獄のシゴキが待っているがな」
 頭上からの声にハッと視線を上げると、いつの間にかすぐそばの木の枝にアンバーがとまっていた。
「……アンバー先輩。初心者相手に“コレ”はちょっと、ゲームバランスがおかしくはありませんか?少しは攻略のヒントなり何なりくださいよ」
 レトは精一杯の虚勢を張るように、口元に不敵な笑みを浮かべてみせる。
「……ほぅ。ならば、少し難易度を下げてやろう」
 アンバーはそう言うなり、例の甲高い鳴き声を上げた。すると、レトのすぐそばにあった木に急速にミカンの実が実り、次々とオレンジ色に熟し、ぼたぼたと落果し始めた。
「姫っ!」
 レトはとっさにエデンに覆いかぶさり、その実を背中に受ける。
「レト……っ」
「姫っ、とにかくここを離れましょう。危険です」
 レトはエデンの肩を抱いたまま、その場を離れる。
 だがその行く手を阻むように、すぐさま別の木が二人の前に生えてくる。さらにその木の枝からは大量のイガ栗がばらばらと降ってきた。
「痛……ッ。アンバー先輩……鬼ですか」
 エデンの身を庇ってイガ栗を浴びながら、レトが恨み言をこぼす。
「誰が鬼だ。俺が本気だったら、こんな生易しいモノなど落とさずに、真っ先にココナッツドリアンを降らせているさ」
 エデンとレトは再びその場から逃れる。だがその行く手に、今度はリンゴの木が生え、ぼとぼとと果実を降らせてきた。
 レトは今度はエデンの身を抱いてジャンプすることでその“攻撃”を避ける。
「レト……っ!大丈夫!?」
 着地後その場に膝をつき、肩で息をするレトの顔を、エデンは心配そうな顔でのぞき込む。
「……はい……。申し訳ありません。こんな……逃げるばかりの、情けない状況で……」
「ううんっ!私も、守られてばっかりで、何もできてないし……っ」
 見ると、レトの衣は既に果物の汁やイガ栗のトゲで、ドロドロのボロボロに汚れている。だが、レトにしっかりと守られてきたエデンの衣装にはシミ一つなかった。
「……良いのですよ。貴女を守ること、それだけが今の俺の存在意義なのですから」
 レトは額に汗を浮かべたまま、ムリヤリに微笑みを作ってそう言う。
 その、少し辛そうな笑顔に、エデンの心臓はドキリと大きく脈打った。
「それよりも、姫君。アンバー先輩が“難易度を下げた”と言って果実攻撃を始めたということは、おそらくこの地面に落ちた果実を使って反撃して来い、ということかと思われます。茨は無理でしたが、アレなら今の俺と貴女でも動かすことができるでしょう」
 言ってレトは地面に散らばった果実を指し示す。
 今や二人の周りには、ミカンや栗やリンゴだけでなく、ブドウ、サクランボなど様々な果実が散らばっていた。中にはつぶれて汁が飛び散っているものも多くある。
「そっか……。“一撃入れたら終了”ってことは、あの中の1コでもアンバーさんにぶつけられたら、ゲームクリアってことだもんね」
「……はい。ただし、小さい物体は“力”を多く必要としない代わり、コントロールにより深い集中力が必要となります。よく狙って攻撃してください」
「うん!」
 レトが手を握ってくるのを、今度はエデンは抵抗なく受け入れた。
 さっき手を握り合った時に感じた“冷めたミルクティー”よりは、やや温かみを増した“何か”が、エデンの中に流れ込んでくる。
 エデンは地面に散らばる果実の中から1つのリンゴに視線を定め、意識を集中させ始めた。アンバーはその間、次の攻撃をしかけて来るわけでもなく、身を隠すわけでもなく、二人の反撃をわざと待ち構えてでもいるかのように木の枝に羽を休めている。
(えっと……呪文、何にしよう。リンゴがドーン!とぶつかるイメージだから……)
 エデンはしばらくアレコレと呪文の候補を頭に浮かべた後、「よし!」という顔で口を開いた。
「行くよ、レト!……アップル・タックル!」
 枝の上のアンバーを真っ直ぐ見すえ、片手で杖を振って、エデンは叫ぶ。
 直後、地に転がっていたリンゴが、まるで大砲で発射されたかのように凄まじい勢いでアンバーへ向かい飛んでいった。
「…………ぅおっ……と……っ!?」
 アンバーは寸前で羽ばたき、危ういところでそれを避ける。
 リンゴはそのままの勢いで木の幹にぶつかり、甘い香りの汁をまき散らしながら粉々に砕け散った。
 普段のエデンのやや遠慮がちなイメージにそぐわぬ、意外にアグレッシブで遠慮のない攻撃に、レトもアンバーも思わずまじまじとエデンの顔を見つめてしまう。だがエデンはそんな二人の反応には気づかず、がっくりと肩を落としていた。
「あ〜ぁ……外しちゃったぁ……」
「あの……姫。アップルでタックルというのはいかがなものかと……。“アップル・アタック”ではいけなかったのですか……?」
 主人の思わぬ攻撃性を垣間見たショックから立ち直り、レトはとりあえず疑問に思ったことを口にしてみる。エデンは一瞬「しまった!その手があった!」という顔をした後、すぐにあわてて誤魔化した。
「い、いいんだもん!間に合わせの即興呪文なんだし!それより、次行くよ、レト!アンバーさんに当てないと終わらないし!」
 エデンは再び杖を構え、アンバーに狙いを定める。
「アップル・タックル!アップル・タックル!アップル・タックルーっ!」
 エデンは2発、3発と立て続けにリンゴ攻撃をくり出す。だがどれもヒラリとアンバーにかわされてしまった。
「当たらないよ……っ。アンバーさん、素早すぎ……っ」
「……難易度は下がっても、やっぱり手加減ナシなんですね……。まぁ、当たったら本気で痛そうなので、気持ちは分からなくもありませんが……」
「うぅ……っ、コレ、終わるのかなぁ……っ?」
 しょげるエデンとは裏腹に、アンバーはまだまだ余裕がありそうな様子でリンゴ果汁の飛沫を受けて汚れた羽根の手入れなどをしている。それを苦々しげに眺めていたレトが、ふと何かを閃いたようにエデンの耳に口を寄せた。
「姫君、ここは一つ、発想を変えましょう」
そう言ってレトが耳元に囁いてきた“作戦”に、エデンは目を丸くする。
「え……っ、そんな複雑なの……上手くいくかなぁ……?」
「やるしかないでしょう。大丈夫、これはあくまで特訓です。失敗したとしても姫君に危害が及ぶことはありませんから」
「……そう、だよね。チャレンジするしかないよね」
 エデンは覚悟を決めたようにうなずき、レトと繋いだ手をぎゅっと握り直した。
「じゃあ、行くよ、レト!アップル・タックル!」
 風を切る音と共に、地に転がっていたリンゴがアンバー目がけて飛んで行く。
 だがそれは先ほどと変わらず、宙に羽ばたいたアンバーにかわされてしまった。
「アップル・タックル!」
 そのアンバーが再び枝に戻る前に、エデンは次の攻撃を繰り出す。だがそれも、宙を飛ぶアンバーにかわされた。
 だが、それでもエデンはあきらめない。時間差で次々と呪文を繰り出し、飛行するアンバーを追撃する。
「ほぅ……。今までより少しはマシになったが、その程度か。悪いが、こんな速度とコントロールでは俺は撃ち落せんぞ」
「……うん。だから、これだけじゃないよ」
 アンバーがある地点に差しかかった瞬間、エデンは杖を構え直し、その先端でトン、と地面を突いた。
「行くよ!フレッシュ・フルーツ・スプラッシュっ!」
 次の瞬間、アンバーの真下に転がっていた桃やブドウやミカンなどの果実が一斉に浮き上がり、アンバーを取り囲むようにして一気に弾けた。
 果汁が勢いよく飛び散り、アンバーに降りかかる。
「く……ッ!眼に……汁が……っ」
 苦悶の声を上げ、アンバーはヨロヨロとその飛空高度を下げていく。
「レト!」
「はいっ!」
 エデンの呼びかけに応え、レトは獲物に飛びかかる猟犬のようにアンバーに向かって行く。
 そのままアンバー目がけて繰り出された拳は、だが、間一髪のところでかわされてしまった。
「眼など見えずとも……気配で分かるぞ!そんなに殺気を丸出しにしたままで俺に一撃入れられると思うのか、新入り!」
 続けざまに浴びせられるレトの攻撃をふらふらと飛んでかわしながら、アンバーが怒鳴る。
「……うん。ゴメンね、アンバーさん」
 ふいに真後ろから聞こえてきたエデンの声に、アンバーがハッと身構えようとする……が、遅く、アンバーはエデンの振り上げた杖にぽこん、と軽く頭を叩かれ、バサリとその場に落下した。
「い、いいよね?これで。一撃は、一撃だもんね?」
「エデン様……」
 アンバーは地に転がったまま人の姿に戻り、袖で目元を拭いながら呆気にとられたようにエデンを見る。
「……なるほど。レトのこの連続攻撃は、俺を貴女の元へおびき寄せるための“罠”だったのですね」
「まぁ、俺が一撃を入れて終わりにできればそれでも良かったんですけどね。アンバー先輩なら絶対避けてくると思っていたので……」
 レトが肩で息をしながら笑う。アンバーはやや悔しそうにレトを一睨みすると、ため息を一つついて立ち上がった。
「……まぁ、一撃は一撃だからな。言いたいことは山ほどあるが、今回の特訓はここまでにしておいてやろう」
 アンバーがエデンとレトの肩に両手を置く。直後、エデンを“例の目眩”が襲ってきた。
(これ……“結界”を出入りする時、いつも感じるアレだよね。じゃあ、また気を失っちゃうのかな……)
 そんな風に半ば覚悟を決めながら、エデンはゆっくりと目を閉じていった。

クローバー

 次に目を開けた時、エデンはリビングのソファに横たえられていた。
 身体の上には丁寧にブランケットがかけられている。そして傍らには……
「……レトっ!?どうしたの!?」
 元の服装に戻ったレトが、ソファにもたれかかるように座ったまま、ぐったりと目を閉じていた。
「大丈夫です。消耗した力を回復させるための眠りに就いているだけですよ」
 エデンの声に答えたのは、室内にいたマイカだった。
「アンバーのことですから、初心者のエデンお嬢様たちに対しても、ほとんど手加減ナシで“魔法”を使わせまくったのでしょう?……だから、いつも言っているんです。あなたも少しは手を抜くことを覚えた方がいい、と」
 そう言ってマイカが振り返った先には、テーブルの上に古新聞を広げ、むっつりした顔でイガの中から栗を取り出しているアンバーの姿があった。
「……だから『俺は適役ではない』と言ったのだ。だいたい、悪いのは俺ではなく、ほんの十数回魔法を連発した程度でスタミナ切れする新入りのスペックの方ではないのか……?」
「……アンバー。スネて悪口を言うより、素直に謝った方が好感度は上がりますよ」
 エデンから見れば怒ってイライラしているようにしか見えないアンバーに対し、マイカは恐がる素振りも見せず、まるで駄々っ子に言うことを聞かせようとする母親のように優しく諭す。
「……しかし、スタミナ切れは確かに痛い問題ですね。初心者ですので仕方がなくはあるのですが……」
 マイカが思案深げにつぶやいたその時、ふいにドアを開けてひょこり、と顔を出した者がいた。
「なぁなぁ、それならさー、手っ取り早く二人でデートとかしたら良くない?」
「……アズライト。お前、いつからそこにいた?」
 アンバーの問いは無視し、ルリコンゴウインコという別の姿を持つ契約の獣・アズライトはヒョコヒョコと部屋の中に入って来る。
「魔法の力をレベルアップさせたいならさー、二人の絆を深めるのが一番だし。だったらデートしてお互いのことを知るのが一番っしょ」
 あっさり言われたその単語の意味を、エデンの脳が認識するまでには若干のタイムラグを要した。
「デ……デ……デ……、デートぉぉっ!?」
 斯くしてエデンの初デートは、本人の心の準備も充分な恋心も育たないまま、なし崩し的に決行されることとなってしまったのだった。

Episode2End
 
Next Episode→「今日 is ideal day for 初デート!」

次のエピソードに進みます。
 
 
 
 
初回アップロード日:2017年1月9日 
 
 
 
ティアラ(装飾)

このページは津籠 睦月によるオリジナル・ファンタジー小説の本文ページです。
構成要素は恋愛(ラブコメ)・青春・魔法・アクションなどです。
個人の趣味によるネット小説(ネット・ノベル)のため、全章無料でお読みいただけますが、
著作権は放棄していませんので、無断転載等はおやめください。

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