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魔法巫女エデン
 
 
 
 
 
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Episode2:My 愛犬 is like a 王子様

〜ワタシノワンコ、マルデオウジサマ〜

 

クローバー

 次に気がついた時、エデンは何か(やわ)らかい(ぬの)のようなものにくるまれていた。
(……あれ?私、何してたんだっけ……?)
 状況(じょうきょう)がつかめず、ぼんやりと視線(しせん)を上げると、そこには(けわ)しい表情(ひょうじょう)前方(ぜんぽう)見据(みす)えるレトの顔があった。
 その(かみ)は、エデンが気を(うしな)う前の自然(ナチュラル)に流したものではなく、きっちりと(ととの)えられ、()い上げられている。そしてその頭の上には、ひな(かざ)りの男性人形がかぶっているような古めかしいタイプの(かんむり)()っていた。
 服装(ふくそう)ひな人形のような古い時代の和装(わそう)に変わっている。だがその衣装(いしょう)は夢の中でエデンの父・慈恩(じおん)が身につけていたものとは若干(じゃっかん)形が(ちが)っていた。
 わきの下を()い合わせていないため、(かさ)()した下の(ころも)がのぞいて見える上着(うわぎ)に、赤と白の糸で英国国旗(ユニオンジャック)(がら)()()まれた青い(おび)、足元には黒革(くろかわ)編み上げ(レースアップ)ブーツ、そして(かんむり)からあごへと()びる(むす)びヒモには、両耳のところに何かの動物の毛でできた扇形(おうぎがた)のポワポワした(かざ)がついている。
「レト……?その……カッコは……?」
「お気がつかれましたか、姫君(ひめぎみ)。……どうやら平安時代の武官(ぶかん)の“束帯(そくたい)”に和洋折衷(わようせっちゅう)のアレンジ(くわ)えたもののようですね。日本人の父君(ちちぎみ)と英国人の母君(ははぎみ)を持つ姫君の下僕(しもべ)たる俺の正装(せいそう)です」
 (ほこ)らしげにレトが説明(せつめい)する。その姿(すがた)には衣装(いしょう)のせいか、それまでとは(ちが)ストイック雰囲気(ふんいき)(ただよ)っていて、(はか)らずもエデンはどきりとしてしまった。
(うぅ……っ、心臓(しんぞう)に悪いよ……っ。契約の獣(エンゲージド・ビースト)とかワンコとか言っても、見た目は貴公子(きこうし)って感じのイケメンなんだもん……っ)
「姫君も変身なさった方がよろしいですよ。そのままのお姿では戦闘(せんとう)(さい)にお洋服を(よご)してしまいかねません」
「そうだね……」
 うなずいて変身呪文(へんしんじゅもん)を口にしようとし、エデンはそこで(はじ)めて(おのれ)の置かれた状況把握(はあく)した。
「って言うか、何ッ!?この体勢(たいせい)っ!」
 布にくるまれている……と感じていたものの正体(しょうたい)は、実際(じっさい)にはレトの衣装の(そで)で、エデンはレトの(うで)にしっかりと()きとめられていた。
「姫君がお気を失われてしまいましたので、とっさに(ささ)えさせていただきました。(おぼ)えていらっしゃいますか?貴女(あなた)はこの結界へ引き込まれる直前、(すく)いを求めるように俺の服を(にぎ)っていらっしゃったのですよ。貴女を守る騎士(ナイト)として(たよ)りにしていただけたようで感激(かんげき)いたしました」
 その時のことを思い出すように幸せそうな笑顔(えがお)で言われ、エデンは思わず赤面(せきめん)する。
「そ、それは……っ!と、とっさのことだったし……!よく(おぼ)えてないし……っ」
「そんな……()れないでください。俺はうれしかった……」
 レトのその言葉は、前方から(すさ)まじい(いきお)いで()びてきた何かによって、唐突(とうとつ)(さえぎ)られた。
 頭めがけて伸びてきた“それ”をとっさにかわし、レトは(ふたた)び表情を(けわ)しくして視線を(もど)す。その視線の先には低い木の枝にとまる一羽(いちわ)(たか)――アンバーの姿があった。
「こら、新入り。俺はお前をエデン様とイチャイチャさせるためにこの結界へ引き入れたわけではないぞ」
 アンバーは不機嫌(ふきげん)そうな低い声でレトに()げる。その姿もレトと同じく、結界に入る前とは若干(じゃっかん)(こと)なっていた。
 基本形(ベース)は鷹の姿のままだが、その(ひとみ)やクチバシや(あし)(つめ)琥珀(こはく)(かがや)きを宿(やど)し、(からだ)にはまるで(かざ)(ばね)のように何本も緑のツタがからまっている。
 そしてアンバーのとまる低木(ていぼく)の枝は、複数(ふくすう)あるうちの一本だけが不自然(ふしぜん)に長く伸び、レトの顔の横で葉を(しげ)らせていた。
「……そっか、アンバーさんの能力、“植物(しょくぶつ)操作(そうさ)”って言ってたもんね。こんな(ふう)に植物を(あやつ)って攻撃(こうげき)してくるってことか。……それにしても、(なん)だかアンバーさんまでドレスアップしちゃってない?」
契約の獣(エンゲージド・ビースト)は結界の中では力が増幅(パワー・アップ)しますから。その増幅分(ぞうふくぶん)実体化(じったいか)して装飾品(アクセサリー)のように(からだ)(いろど)っているのですよ。俺が今()ているこの衣装(いしょう)と同じようなものです」
 言いながら、レトはさりげなく前へ出てエデンをかばう。
「……ほぅ?その態度(たいど)契約の獣(エンゲージド・ビースト)としてまずまずのものだ。だが、これはお前を(きた)えるための訓練(くんれん)手加減(てかげん)はせんからな!」
アンバーが天を(あお)ぎ、甲高(かんだか)く鳴く。直後、その足元の木が急激(きゅうげき)に枝を()ばし、エデンたち目がけて(おそ)ってきた。しかも今度(こんど)は一本だけでなく、数本が時間差(じかんさ)で襲ってくる。
「姫……ッ!」
 レトは素早(すばや)くエデンを()き上げ、横に跳躍(ちょうやく)して枝々を()ける。
「姫!早く変身を!」
「うんっ!キャラメル・キャラメラ・キャラメリゼ!」
 エデンはレトにお姫様抱っこされたままの状態(じょうたい)で変身し、空中に光とともに(あらわ)れた(ロッド)を片手を伸ばしてキャッチする。
「……で、どうしよう?アンバーさんに一撃(いちげき)入れなきゃなんだよね?でも、どうやって……?」
「先ほどの説明(せつめい)(とお)り、俺に使えるのは“念動(ねんどう)”だけです。何か、攻撃(こうげき)に使えるようなモノ結界内(けっかいない)()ちていれば良いのですが……」
 レトとエデンは同時に結界内を見渡(みわた)してみる。だが岩の鳥居(とりい)にもイギリスのストーン・ヘンジにも()たものに(かこ)まれた(まる)空間(くうかん)の中には、アンバーのとまる木と、ところどころに()えた草花(くさばな)以外(いがい)は小石一つ見当(みあ)たらない。
「えっと……何も()い、ね……。どうしよう……」
「さすがアンバー先輩(せんぱい)初心者(しょしんしゃ)向けとは思えないスパルタ仕様(しよう)ですか……」
 レトが舌打(したう)ちとともにつぶやくと、すかさず(するど)い声が飛んでくる。
「聞こえているぞ、新入(しんい)り!(きび)しくするのは当然だろう。そもそも災厄の獣(カラミタス・ビースト)の結界の中はその(けもの)にとって能力の発揮(はっき)しやすい――(ぎゃく)に言えば(まね)かれた者たちにとって不都合(ふつごう)な空間になっていることがほとんどなのだからな。(あた)えられた状況の中でいかに戦うかを考えるのも重要(じゅうよう)戦闘(せんとう)スキルだ。しっかりと考えて、しっかりと(まな)ぶんだな」
 言い終わるなり、アンバーが(ふたた)び天を(あお)いで鳴く。するとエデンたちの足元がふいに隆起(りゅうき)し、そこから何本もの(いばら)のつるが飛び出してきた。
「え……っ、ちょ……っ、ひゃあぁあぁあっ!」
「姫っ!しっかりとつかまっていてください!」
 レトはエデンを()きかかえたまま、まるでダンスのステップでも()むかのような足さばきで器用(きよう)に茨を()けていく。
 だが、そんなレトとエデンを追いかけるように、地面(じめん)からは次々と(いばら)()え、そのつるを伸ばし、二人を追いつめていく。
「く……ッ、()()が……っ」
 苦しげにうめくレトの(うで)に抱かれながら、エデンは必死に結界内を見回し、()げられる場所を(さが)す。
「レトっ!見て、あそこ!地面が岩でできてる!あそこなら下から茨が()えてくることはないよ!」
 地面が何十(メートル)にも(わた)(かた)岩盤(がんばん)(おお)われた地点を見つけ、エデンが(さけ)ぶ。
「はいっ!」
 レトは返事(へんじ)と同時に()け出し、ジャンプして一気(いっき)にその地点へと()り立った。
 (いばら)はそれでも岩盤(がんばん)の外からつるを伸ばすが、ある程度(ていど)以上の長さには伸びられないのか二人までは(とど)かない。レトとエデンは同時にホッと安堵(あんど)の息をついた。
「……(こま)ったね。“一撃(いちげき)”入れないと特訓(とっくん)は終わらないんだよね……。ねぇレト、あなたの力であの(いばら)を引っこ()いて攻撃(こうげき)に使えないかな?」
「……分かりませんが、(ため)してみるしかなさそうですね。では、姫君(ひめぎみ)……」
 レトは(こわ)れ物でも(あつか)うかのようにそっとエデンを地面に()ろし、(あらた)めてその手を(にぎ)
 エデンは昨日(きのう)猫神(ねこがみ)の力を()りて戦った時のことを思い出しながらも、(むね)のドキドキに()えかねて思わず質問(しつもん)していた。
「て、手は、(にぎ)らなきゃダメなの……?
 レトは一瞬(いっしゅん)沈黙(ちんもく)した後、有無(うむ)を言わせぬような極上(ごくじょう)笑顔(えがお)でうなずいた。
「ハイ!手はしっかりと(にぎ)っていないとダメなのです
「う、ウソでしょ!さっきの()、ゼッタイ何かあるでしょ!」
「ほら姫君、集中しないと(わざ)が出せませんよ。目の前の(いばら)によ〜く焦点(しょうてん)を合わせて、茨の動くところを頭の中でイメージしながら言霊(ことだま)(つむ)ぐんです」
 レトは『疑問(ぎもん)・質問は一切(いっさい)受け付けません』とばかりに、さっさと話題(わだい)を切り()える。人生経験(じんせいけいけん)(あさ)いエデンには、その鉄壁(てっぺき)の笑顔(くず)せる自信がまるで()かった。
(……もう、今はいいや、後でマイカさんあたりにでも()いて真相(しんそう)(たし)かめておこう)
 気持ちを切り()え、エデンは(いばら)の一つを見すえ、意識(いしき)を集中させ始める。
「ん〜……えっと……“動け〜、いばら”っ」
 “(ひら)けゴマ”のようなノリで“呪文(じゅもん)”を(とな)え、(つえ)()る。するとエデンの視線(しせん)の先の(いばら)が、まるで映画『十戒(じっかい)』の海が()れるシーンのようにワサワサと大きく左右(さゆう)に割れた
「あの……姫君(ひめぎみ)、何か(ちが)うイメージを頭に()かべていませんか?(いばら)を引っこ()きたかったのでは……?」
 レトがおそるおそる質問(しつもん)してくる。
「言わないでよ……っ。自分でも失敗(しっぱい)したって分かってるもん」
 言いながらエデンは(ふたた)意識(いしき)を集中させる。だが……
「……ダメだぁっ。(ぜん)(ぜん)、引っこ()けないよっ。やっぱり地面にしっかり()っこ()ってるからダメなのかなぁ……?」
「……そうですね」
 レトが心なしか、しょんぼりしたような顔で(にぎ)っていたエデンの手を(はな)す。
(……猫神(ねこがみ)先輩(せんぱい)の時はあんなにあっさり(わざ)が出たのに。……アレ?そう言えば、さっきレトと手をつないだ時、猫神(ねこがみ)先輩(せんぱい)の時みたいなあったかさ、感じなかったな。猫神先輩の時が()れたてほかほかのミルクティーなら、レトのはソレを(さむ)部屋(へや)の中にしばらく放置(ほうち)してぬるくなっちゃった、みたいな感じだったなぁ……)
 ぼんやりとそんなことを(かんが)えるエデンの視界(しかい)に、その時ちらっと緑色(みどりいろ)何か(うつ)る。
「……アレ?あそこの(いわ)……あんなに緑色だったっけ?」
 見ると、エデンとレトのいる岩盤地帯(がんばんちたい)(はし)が、うっすらと緑がかってきている。
 その“緑”は、そうして見ている(あいだ)にもどんどんその()さを()し、じわじわとその範囲(はんい)を広げて来る。エデンはぎょっとして、(ふたた)無意識(むいしき)にレトの服の(はし)(にぎ)っていた。
「な……何、あれ……っ」
「あれは“(コケ)”です。苔も植物の一種(いっしゅ)。アンバー先輩(せんぱい)仕業(しわざ)でしょう。……でも、(コケ)で一体何をするつもりなんでしょうか?」
 レトは『どうにも分からない』という表情(ひょうじょう)で首をひねる。(コケ)はその間にもあり()ない速度(スピード)増殖(ぞうしょく)し、その(あつ)みを()していく。
 やがてその(コケ)の間から、ひょろ、と何かの植物の()が顔を出した。その芽は苔と同じく(すさ)まじい速さで生長(せいちょう)し、一本の“木”になっていく。レトはハッとして、エデンの(かた)を守るように()()せた。
「分かりました!あの(コケ)は“土台(どだい)”です!(やわ)らかな苔を土の()わりとして、この岩盤地帯(がんばんちたい)に“木”を()やすつもりなんです!この場所(ばしょ)は、もはや安全ではありません!」
「えぇっ!?そんな……っ、私たち、これ以上どこへ()げたらいいのっ!?」
 戸惑(とまど)っている間にも(コケ)範囲(はんい)は広がり、岩盤(がんばん)まだらに緑化(りょくか)していく。そして周囲にはどんどん木が()え、あっと言う()ちょっとした木立(こだち)へと変化(へんか)していった。
「どうした、新入(しんい)り。ただ()っ立っていることしかできないか?もうギブアップしてもいいんだぞ。もっとも、その場合(ばあい)には俺からの地獄(じごく)のシゴキ()っているがな」
 頭上(ずじょう)からの声にハッと視線(しせん)を上げると、いつの()にかすぐそばの木の(えだ)にアンバーがとまっていた。
「……アンバー先輩(せんぱい)初心者(しょしんしゃ)相手(あいて)に“コレ”はちょっと、ゲームバランスがおかしくはありませんか?少しは攻略(こうりゃく)のヒントなり(なん)なりくださいよ」
 レトは精一杯(せいいっぱい)虚勢(きょせい)()るように、口元に不敵(ふてき)()みを()かべてみせる。
「……ほぅ。ならば、少し難易度(なんいど)()げてやろう」
 アンバーはそう言うなり、(れい)甲高(かんだか)()き声を上げた。すると、レトのすぐそばにあった木に急速(きゅうそく)にミカンの()(みの)り、次々とオレンジ色に(じゅく)し、ぼたぼた落果(らっか)(はじ)めた。
「姫っ!」
 レトはとっさにエデンに(おお)いかぶさり、その実を背中(せなか)に受ける。
「レト……っ」
「姫っ、とにかくここを(はな)れましょう。危険(きけん)です」
 レトはエデンの(かた)()いたまま、その場を離れる。
 だがその行く手を(はば)むように、すぐさま別の木が二人の前に()えてくる。さらにその木の枝からは大量(たいりょう)のイガ(ぐり)ばらばら()ってきた。
(いた)……ッ。アンバー先輩(せんぱい)……(オニ)ですか」
 エデンの身を(かば)ってイガ栗を()びながら、レトが(うら)(ごと)をこぼす。
(だれ)が鬼だ。俺が本気だったら、こんな生易(なまやさ)しいモノなど落とさずに、真っ先にココナッツドリアン()らせているさ」
 エデンとレトは(ふたた)びその場から(のが)れる。だがその行く手に、今度はリンゴの木が()え、ぼとぼと果実(かじつ)()らせてきた。
 レトは今度(こんど)はエデンの身を()いてジャンプすることでその“攻撃(こうげき)”を()ける。
「レト……っ!大丈夫(だいじょうぶ)!?」
 着地後(ちゃくちご)その場に(ひざ)をつき、(かた)で息をするレトの顔を、エデンは心配そうな顔でのぞき()む。
「……はい……。(もう)(わけ)ありません。こんな……()げるばかりの、(なさ)けない状況(じょうきょう)で……」
「ううんっ!私も、守られてばっかりで、何もできてないし……っ」
 見ると、レトの(ころも)(すで)果物(くだもの)(しる)やイガ(ぐり)のトゲで、ドロドロボロボロ(よご)れている。だが、レトにしっかりと守られてきたエデンの衣装(いしょう)にはシミ(ひと)つなかった
「……()いのですよ。貴女(あなた)を守ること、それだけが今の俺の存在意義(そんざいいぎ)なのですから」
 レトは(ひたい)(あせ)()かべたまま、ムリヤリに微笑(ほほえ)みを作ってそう言う。
 その、少し(つら)そうな笑顔(えがお)に、エデンの心臓(しんぞう)ドキリと大きく脈打(みゃくう)った。
「それよりも、姫君。アンバー先輩(せんぱい)が“難易度(なんいど)()げた”と言って果実攻撃(フルーツこうげき)を始めたということは、おそらくこの地面(じめん)()ちた果実を使って反撃(はんげき)して来い、ということかと思われます。(いばら)は無理でしたが、アレなら今の俺と貴女(あなた)でも動かすことができるでしょう」
 言ってレトは地面に()らばった果実を()(しめ)す。
 今や二人の(まわ)りには、ミカンや(くり)やリンゴだけでなく、(もも)ブドウ、サクランボなど様々(さまざま)な果実が散らばっていた。中にはつぶれて(しる)()び散っているものも多くある。
「そっか……。“一撃(いちげき)入れたら終了(しゅうりょう)”ってことは、あの中の1コでもアンバーさんにぶつけられたら、ゲームクリアってことだもんね」
「……はい。ただし、小さい物体(ぶったい)は“力”を多く必要(ひつよう)としない()わり、コントロールにより(ふか)集中力(しゅうちゅうりょく)が必要となります。よく(ねら)って攻撃してください」
「うん!」
 レトが手を(にぎ)ってくるのを、今度はエデンは抵抗(ていこう)なく受け入れた。
 さっき手を(にぎ)り合った時に感じた“()めたミルクティー”よりは、やや(あたた)かみを()した“何か”が、エデンの中に流れ込んでくる。
 エデンは地面に散らばる果実の中から1つのリンゴに視線(しせん)(さだ)め、意識(いしき)を集中させ始めた。
 アンバーはその間、次の攻撃をしかけて来るわけでもなく、身を(かく)すわけでもなく、二人の反撃をわざと()(かま)えてでもいるかのように木の(えだ)に羽を休めている。
(えっと……呪文(じゅもん)、何にしよう。リンゴがドーン!とぶつかるイメージだから……)
 エデンはしばらくアレコレと呪文の候補(こうほ)を頭に浮かべた後、「よし!」という顔で口を(ひら)いた。
「行くよ、レト!……アップル・タックル!
 枝の上のアンバーを()()ぐ見すえ、片手(かたて)(つえ)()って、エデンは(さけ)ぶ。
 直後、地に(ころ)がっていたリンゴが、まるで大砲(たいほう)発射(はっしゃ)されたかのように(すさ)まじい(いきお)でアンバーへ向かい飛んでいった。
「…………ぅおっ……と……っ!?」
 アンバーは寸前(すんぜん)()ばたき、(あや)ういところでそれ()ける。
 リンゴはそのままの(いきお)いで木の(みき)にぶつかり、(あま)(かお)りの(しる)をまき散らしながら粉々(こなごな)(くだ)け散った
 普段(ふだん)のエデンのやや遠慮(えんりょ)がちなイメージそぐわぬ意外(いがい)アグレッシブ遠慮(えんりょ)のない攻撃(こうげき)に、レトもアンバーも思わずまじまじとエデンの顔を見つめてしまう。だがエデンはそんな二人の反応(はんのう)には気づかず、がっくりと(かた)を落としていた。
「あ〜ぁ……(はず)しちゃったぁ……」
「あの……姫。アップルタックルというのはいかがなものかと……。“アップル・アタック”ではいけなかったのですか……?」
 主人の思わぬ攻撃性(こうげきせい)垣間見(かいまみ)ショックから立ち直り、レトはとりあえず疑問(ぎもん)に思ったことを口にしてみる。エデンは一瞬(いっしゅん)しまった!その手があった!」という顔をした後、すぐにあわてて誤魔化(ごまか)した。
「い、いいんだもん!()()わせの即興呪文(そっきょうじゅもん)なんだし!それより、次行くよ、レト!アンバーさんに当てないと終わらないし!」
 エデンは(ふたた)(つえ)(かま)え、アンバーに(ねら)いを(さだ)める。
「アップル・タックル!アップル・タックル!アップル・タックルーっ!」
 エデンは2(はつ)、3(ぱつ)と立て続けにリンゴ攻撃(こうげき)をくり出す。だがどれもヒラリとアンバーにかわされてしまった。
「当たらないよ……っ。アンバーさん、素早(すばや)すぎ……っ」
「……難易度(なんいど)は下がっても、やっぱり手加減(てかげん)ナシなんですね……。まぁ、当たったら本気で(いた)そうなので、気持ちは分からなくもありませんが……」
「うぅ……っ、コレ、終わるのかなぁ……っ?」
 しょげるエデンとは裏腹(うらはら)に、アンバーはまだまだ余裕(よゆう)がありそうな様子(ようす)リンゴ果汁(かじゅう)飛沫(しぶき)を受けて(よご)れた羽根(はね)手入(てい)などをしている。それを苦々(にがにが)しげに(なが)めていたレトが、ふと何かを(ひらめ)いたようにエデンの耳に口を()せた。
「姫君、ここは一つ、発想(はっそう)を変えましょう
そう言ってレトが耳元に(ささや)いてきた“作戦”に、エデンは目を丸くする。
「え……っ、そんな複雑(ふくざつ)なの……上手(うま)くいくかなぁ……?」
「やるしかないでしょう。大丈夫(だいじょうぶ)、これはあくまで特訓(とっくん)です。失敗(しっぱい)したとしても姫君(ひめぎみ)危害(きがい)(およ)ぶことはありませんから」
「……そう、だよね。チャレンジするしかないよね」
 エデンは覚悟(かくご)を決めたようにうなずき、レトと(つな)いだ手をぎゅっ(にぎ)り直した。
「じゃあ、行くよ、レト!アップル・タックル!」
 風を切る音と(とも)に、地に(ころ)がっていたリンゴがアンバー目がけて飛んで行く。
 だがそれは先ほどと変わらず、(ちゅう)()ばたいたアンバーにかわされてしまった。
「アップル・タックル!」
 そのアンバーが(ふたた)(えだ)(もど)る前に、エデンは次の攻撃(こうげき)()り出す。だがそれも、宙を()ぶアンバーにかわされた。
 だが、それでもエデンはあきらめない。時間差(じかんさ)次々(つぎつぎ)呪文(じゅもん)()り出し、飛行(ひこう)するアンバーを追撃(ついげき)する。
「ほぅ……。今までより少しはマシになったが、その程度(ていど)か。悪いが、こんな速度(そくど)とコントロールでは(おれ)()ち落せんぞ」
「うん。だから、これだけじゃないよ」
 アンバーがある地点(ちてん)()しかかった瞬間(しゅんかん)、エデンは(つえ)(かま)え直し、その先端(せんたん)でトン、と地面(じめん)()いた。
「行くよ!フレッシュ・フルーツ・スプラッシュっ!」
 次の瞬間(しゅんかん)、アンバーの真下(ました)(ころ)がっていた(もも)やブドウやミカンなどの果実(かじつ)一斉(いっせい)()き上がり、アンバーを取り(かこ)むようにして一気に(はじ)けた。
 果汁(かじゅう)(いきお)いよく飛び()り、アンバーに()りかかる。
「く……ッ!()に……(しる)が……っ」
 苦悶(くもん)の声を上げ、アンバーはヨロヨロとその飛空高度(ひくうこうど)()げていく。
「レト!」
「はいっ!」
 エデンの()びかけに(こた)え、レトは獲物(えもの)に飛びかかる猟犬(りょうけん)のようにアンバーに()かって行く。
 そのままアンバー目がけて()り出された(こぶし)は、だが、間一髪(かんいっぱつ)のところでかわされてしまった。
()など見えずとも……気配(けはい)で分かるぞ!そんなに殺気(さっき)を丸出しにしたままで俺に一撃(いちげき)入れられると思うのか、新入り!」
 続けざまに()びせられるレトの攻撃(こうげき)ふらふらと飛んでかわしながら、アンバーが怒鳴(どな)る。
「……うん。ゴメンね、アンバーさん」
 ふいに真後(まうしろ)から聞こえてきたエデンの声に、アンバーがハッと身構(みがま)えようとする……が、(おそ)く、アンバーはエデンの()り上げた(つえ)ぽこん、と(かる)く頭を(たた)かれ、バサリとその()落下(らっか)した。
「い、いいよね?これで。一撃(いちげき)は、一撃だもんね?」
「エデン様……」
 アンバーは地に(ころ)がったまま人の姿(すがた)(もど)り、(そで)で目元を(ぬぐ)いながら呆気(あっけ)にとられたようにエデンを見る。
「……なるほど。レトのこの連続攻撃(れんぞくこうげき)は、俺を貴女(あなた)の元へおびき()せるための“(トラップ)”だったのですね」
「まぁ、俺が一撃(いちげき)を入れて終わりにできればそれでも良かったんですけどね。アンバー先輩(せんぱい)なら絶対(ぜったい)()けてくると思っていたので……」
 レトが(かた)で息をしながら(わら)う。アンバーはやや(くや)しそうにレトを一睨(ひとにら)みすると、ため息を一つついて立ち上がった。
「……まぁ、一撃は一撃だからな。言いたいことは山ほどあるが、今回の特訓(とっくん)はここまでにしておいてやろう」
 アンバーがエデンとレトの(かた)に両手を()く。直後、エデンを“(れい)目眩(めまい)”が(おそ)ってきた。
(これ……“結界”を出入りする時、いつも感じるアレだよね。じゃあ、また気を(うしな)っちゃうのかな……)
 そんな(ふう)(なか)覚悟(かくご)を決めながら、エデンはゆっくりと目を()じていった。

クローバー

 次に目を()けた時、エデンはリビングのソファに横たえられていた。
 身体(からだ)の上には丁寧(ていねい)にブランケットがかけられている。そして(かたわ)らには……
「……レトっ!?どうしたの!?」
 元の服装(ふくそう)(もど)ったレトが、ソファにもたれかかるように(すわ)ったまま、ぐったりと目を()じていた。
大丈夫(だいじょうぶ)です。消耗(しょうもう)した力を回復(かいふく)させるための(ねむ)りに()いているだけですよ」
 エデンの声に答えたのは、室内にいたマイカだった。
「アンバーのことですから、初心者のエデンお嬢様(じょうさま)たちに対しても、ほとんど手加減(てかげん)ナシで“魔法(まほう)”を使わせまくったのでしょう?……だから、いつも言っているんです。あなたも少しは手を()くことを(おぼ)えた方がいい、と」
 そう言ってマイカが()り返った先には、テーブルの上に古新聞(ふるしんぶん)を広げ、むっつりした顔でイガの中から(くり)を取り出しているアンバーの姿(すがた)があった。
「……だから『(おれ)適役(てきやく)ではない』と言ったのだ。だいたい、(わる)いのは俺ではなく、ほんの十数回魔法を連発した程度(ていど)でスタミナ切れする新入りのスペックの方ではないのか……?」
「……アンバー。スネて悪口を言うより、素直(すなお)(あやま)った方が好感度(こうかんど)は上がりますよ」
 エデンから見れば(おこ)ってイライラしているようにしか見えないアンバーに対し、マイカは(こわ)がる素振(そぶ)りも見せず、まるで駄々(だだ)っ子に言うことを聞かせようとする母親のように優しく(さと)す。
「……しかし、スタミナ切れは(たし)かに(いた)問題(もんだい)ですね。初心者ですので仕方(しかた)がなくはあるのですが……」
 マイカが思案(しあん)(ぶか)げにつぶやいたその時、ふいにドアを開けてひょこり、と顔を出した者がいた。
「なぁなぁ、それならさー、()()(ばや)く二人でデートとかしたら良くない?」
「……アズライト。お前、いつからそこにいた?」
 アンバーの()いは無視(むし)し、ルリコンゴウインコという別の姿(すがた)を持つ契約の獣(エンゲージド・ビースト)・アズライトはヒョコヒョコと部屋の中に入って来る。
「魔法の力をレベルアップさせたいならさー、二人の(きずな)を深めるのが一番だし。だったらデートして(たが)いのことを知るのが一番っしょ」
 あっさり言われたその単語の意味(いみ)を、エデンの(のう)認識(にんしき)するまでには若干(じゃっかん)タイムラグ(よう)した。
「デ……デ……デ……、デートぉぉっ!?」
 ()くしてエデンの(はつ)デートは、本人の心の準備(じゅんび)充分(じゅうぶん)恋心(こいごころ)(そだ)たないまま、なし(くず)(てき)決行(けっこう)されることとなってしまったのだった。

Episode2End
 
Next Episode→「今日 is ideal day for 初デート!」

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初回アップロード日:2017年1月9日 
 
 
 
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このページは津籠 睦月によるオリジナル・ファンタジー小説の本文ページです。
構成要素は恋愛(ラブコメ)・青春・魔法・アクションなどです。
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ティアラ(装飾)
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