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魔法巫女エデン
 
 
 
 
 
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Episode3:今日 is ideal day for 初デート

〜キョウ ハ、ハツ デート ビヨリ〜

「デ……デ……デ……、デートぉぉっ!?」
「そうさ〜。お互いを知り合うって言ったら、やっぱデートっしょ。俺とコーデリア様も、デートして、より絆を深め合ったし……」
 アズライトが頬を赤らめ、にんまりとそう言った瞬間、アンバーとマイカから殺気にも似たピリッとした気配が放たれる。
「……馬鹿を言うな。アレは断じてデートなどではない。CM撮影で共演しただけだろう」
「そうですよ、アズライト。そもそもアレは、たまたまあなたが南国のイメージに合ったトロピカル・カラーのインコだったから選ばれたのであって、コーデリア様があなたに対し特別な感情を抱いているというわけではありませんから」
(……あー……。そう言えばママ、前に南国リゾートをイメージした夏コスメのCM、やってたっけ。マキシ丈のワンピ着て、腕にルリコンゴウインコ乗せて。あのインコ、アズライトさんだったんだ……)
 エデンは自らのデート問題から目を背けるように、ぼんやりとそんなことを思い出す。
「でもさー、俺、撮影の後に『お礼でス』って、オシャレ〜なカフェーでこ〜んなでっかいフルーツパフェとかおごってもらったしー。それって立派にデートじゃね〜?」
「お前……っ、何を普通におごってもらっているんだ!?そういう時は遠慮するものだろう!」
「そうですよ!それにあなたのようなチャラチャラした男相手に飲食をおごるだなんて……。コーデリア様が周囲から“若いツバメを囲うセレブ”のように見られでもしたらどうするのですか!」
「えー?俺、ツバメじゃねーし。インコだしー」
 二人の殺気に気づかないのか、アズライトはへらへら笑ってそんなことを言う。だがその表情は次の瞬間、別人のように変化していた。
「て言うかさー、“予感”がするんだよね。お嬢様はレトとデートした方がいい。その方が今後のお嬢様のためになる」
 まるで預言者か神子の託宣のように厳かに告げられたその言葉に、アンバーとマイカの顔つきも変わる。
「……“予感”か。ならば、その方が良いのだろうな」
「そうですね。性格はともなくとして、アズライトの“予感”だけは頼りになりますから」
「え?え?どういうこと……ですか?」
 エデンは話についていけず、戸惑うばかりだった。
「アズライトの能力は“予感”。これから起こる“何か”を本能的に感じ取る能力なのですよ。“予言”や“予知”のようにハッキリしたものでないことが難点なのですが、アズライトがその“予感”に基づいて言う言葉は信頼できます」
「そう……なんですか」
 思わずじっと見つめた視線の先で、アズライトは先ほどの神秘的にさえ感じられた顔がウソのように、再びへらりとした軽薄な笑みを浮かべている。
「……と言うわけですので、エデンお嬢様。幸い明日は日曜日ですし、レトとデートしてみてはいかがでしょうか?」
「えぇえぇっ!?で、でも……デート……なんて、したことないし……何すればいいのか分かんないし……」
「べつに構える必要はありませんよ。エデン様は新学期のためのお買い物、コイツはその荷物持ち、くらいに考えておけばよろしいのです」
「荷物持ちって……それはそれでどうなのかと……」
「お屋敷にいたところでレトにつきまとわれることに変わりはないのですから、外へお出かけになった方が、人目がある分スキンシップが控えめになって、エデンお嬢様の精神衛生上よろしいのでは?」
 マイカに優しい笑顔でそう言われると、その通りな気がしてきて、エデンは気が乗らないながらも流されるように首をタテに振っていた。
「そっか……。そうかもね……。ただのお買い物につき合ってもらうだけなら、アリ……かな?」

藤花

「……とは言ったものの……男の人と二人きりで出かけることに変わりはないんだよね……」
 翌日、日曜日の朝。エデンは姿見の前でアレでもない、コレでもない、と服を取り出し身体に当ててみては元に戻す、ということをくり返していた。
(う〜ん……。何か、コドモっぽいような……。小学生の時はフツーに着てたんだけどな……)
 音符やネコやリボンのポップなプリントが散りばめられたレースの襟付きのミントグリーンのトップスを手に、エデンはため息をつく。女子小学生に人気のブランド物で、お気に入り過ぎてほとんど袖を通していないほどの一着ではあるのだが、あのレトと並んだところを想像すると、何ともつり合わない気がしてならない。
(……と言っても、他に着ていけそうな服なんて無い、か……。あとは普段着ばっかりだし)
 ベッドの上に並べた、やや着古した感のある他の服たちを見渡した後、エデンは再びため息をついて手にしていた服に着替えだした。
 春らしいミントグリーンのトップスと、歩くたびにふわりと広がる、アイボリーシフォンプリーツに水玉模様のチュールを重ねたスカート。足には、はき口にレースのふちどりと細いサテンリボンのついた水色と白のボーダー柄のソックス。おかっぱ頭のサイドにはレース素材のリボン形スリーピンをとめる。
「だいじょぶ、だいじょぶ!本気のデートじゃないんだし!お買い物に行くだけだし!」
 鏡の前で自分に暗示をかけるようにそう言い聞かせ、エデンは「いざ、出陣!」というキャッチコピーでも付いていそうなくらいに気合いの入った顔でドアを開く。その扉の先には……
「あ、姫君……よくお似合いです!まるで春の妖精のように可憐です!俺のためにそんなオシャレしてくださるなんて……感激です」
 うれしさが抑えきれない、と言うように、はにかみはにかみ言葉を紡ぐレトがいた。その姿を一旦、頭のてっぺんからつま先まで眺め回した後、エデンは廊下へ出ることなく、無言のままドアを閉める。
「えぇっ!?ちょ……っ!姫君……っ!?」
「何なの!?何なの、そのカッコは……!何でそんなコジャレたカッコしてんの!?ただでさえ緊張してるのに……そんなにハードル上げないでよ……っ!」
 昨日までは白シャツにジーンズという、ごくごくラフな格好だったレトが、今日はロング丈のスプリング・コートに、見るからに上質そうな素材のカラーシャツ、折り目のぴっしりしたベージュのパンツ、前髪も一部セットしてきっちり感を出しつつも、首元にフリンジ付きのストールをゆるく巻いたりしてさりげないルーズ感をかもし出している。まるでファッション誌のメンズモデルかと思うような、エデン以上にばっちり気合いの入った姿だ。
「あの……マイカ先輩に見立ててもらったんですが……ダメですか?」
「ダメとかじゃないくて……!一緒に歩く私がコドモっぽ過ぎていたたまれないよ……っ。やっぱヤダ!お出かけ、やめる!」
「そんなっ……姫君〜っ!お考え直しください!」
「……何ヲさわいでいるノですカ?」
 廊下から聞こえた母の声に、エデンは救いを求めるようにドアを開け、訴える。
「ママっ!いくら魔法の力を高めるためだって、デートなんてやっぱりヘンだよね!?デートってそういうものじゃないよね!?」
 だがコーデリアはにっこり微笑んで、その必死の訴えをあっさりと退けた。
「エデン、デートは“場数”でス。恋の相手でもナイ男の人相手にそんなニ怖気づいているようデハ、本命相手とのデートで上手くいくコトはムズカシイのでス。主人に危害を加える恐れのナイ契約の獣ならバ、“練習相手”には最適なのでス。アナタもそろそろ年頃のレディー。この機会に男の人とのコミュニケーションを学んでくるのでス」
 有無を言わせぬ口調でそう諭すコーデリアに、エデンは(怒ると恐いが)いつも優しい母の顔ではなく、男を翻弄する百戦錬磨の“魔女”の顔を見た……ような気がした。
「ホラ、おこづいかいをあげまスから、行って来るのでス。コドモっぽい服がイヤなら、ついでにもっと大人っぽい服を買ってくればイイのでス」
 母にまでこう言われてしまえば、もうエデンに抵抗する術などない。エデンは注射をガマンする子供のような顔で、しぶしぶおこづかいを受け取った。

藤花

 “あくまでお買い物”が前提のエデンが“デート(仮)”の場所に選んだのは、エデンの住む月浦市において最大級の売り場面積を誇る商業施設“ワオンモール月浦”だった。
 アンバーに書いてもらった経路メモとにらめっこしながらバスを乗り継ぎたどり着いたそこは、映画館も併設された大型ショッピングモールだけあって、カップルの姿がそこかしこに見受けられた。
「けっこう人が多いですねー。あ、あの人達もデートでしょうか?」
「……『も』って、何?私たちはべつにデート…とかじゃないでしょ?お買い物だもんっ。ただのお買い物っ」
 はしゃぐレトの横で、緊張で顔も上げられないエデンは、ひとり言のような小さな声でボソボソとツッコミを入れることしかできない。
「俺と姫君も、他の人達から見たらデート中のカップルに見えますかね……?」
「……たぶん、兄と妹くらいにしか見られないと思うけど」
 鏡張りの壁面に映る自分とレトの姿を見て、エデンはこっそりため息をつく。
 今は大学生くらいに大人びて見えるレトと、まるで小学生のままのような自分の姿はまるでチグハグで、他人から見たら変に思われるのではないかと、エデンは不安でならなかった。
「あ!姫君、ここのフロア、女性物の服がたくさんありそうですよ。新しいお洋服を買われるんですよね?」
「……うん」
 エデンはぎこちない足取りで婦人服のショップを回る。
 女性客の多い店内でレトの容姿は注目の的で、エデンはいたたまれなさが増すばかりだった。
「……なかなかお気に入りのものが見つからないようですね。お洋服選びって難しいんですね」
「…………うん」
 言葉少ななエデンにも、レトは積極的に話しかけてくれる。だが、エデンは短く返事をするだけで精一杯だった。
(ママとのショッピングは、いつもすっごく楽しいのに……。全然楽しくない。なんか、足もお腹も痛くなってきちゃったし……帰りたい……)
 恥ずかしさに身体の不調を言い出すこともできず、泣きたい気持ちで歩き続けるエデンの前に、その時思わぬ救いの手が差し伸べられた。
「おい、お前たち、こんな所で何をしているんだ?」

藤花

 聞き覚えのある声に顔を上げると、そこには忘れようもない、あの日エデンを助けてくれたサラサラつやめく黒髪の少年の姿があった。
「……猫神……先輩……っ」
 日曜日のショッピング・モールにいるだけあって、さすがに猫神は以前見た制服姿ではない。
 とは言ってもレトのような気合の入ったオシャレ着というわけでもなく、年相応の少年らしい、黒地に白ラインの入ったスポーツ・ウェアだった。
 やや崩し気味に着こなされたその服の袖口や裾からは、猫の手足を思わせるほっそりとした手首やくるぶしがのぞいている。
 その姿はイケメン過ぎて直視できないレトとは違い、『学校で憧れている運動部の爽やかな先輩』とでも言うようなほど良い親近感が漂っていて、エデンは素直なときめきを感じてしまった。
「あ……あの……っ、一昨日は、ありがとうございました……っ!今日は、その……お買い物で……っ。猫神先輩も、お買い物……ですか……っ?」
「あの日攻撃してきた元・敵と翌々日には一緒に買い物、か。短期間のうちにずい分と仲良くなったみたいだな」
 猫神の言葉には責める様子も皮肉の色もなかった。ただ、呆れともあきらめともつかぬ微妙な雰囲気が漂っていて、エデンは戸惑った。
(猫神先輩、何が言いたいんだろう?……って言うか、アレ?先輩って、レトの人間姿、見たことあったっけ?……あの時一緒に戦っただけあって、不思議な力とかで分かるのかな?)
「何の用だ?俺は姫君と絆を深めるための大事なデートの最中だ。ノラネコがジャマをしないでくれないか?」
 険のある目で威嚇するレトに、エデンはあわてた。
「ちょ……っ、レト!先輩は私の恩人なんだよ。そんな嫌ってるみたいな言い方、やめて」
 だが猫神は気にする素振りも見せず、未熟な子どもでも見るようにレトを眺め、ため息をつく。
「絆を深める、な。それならお前、もっと相手の様子に気を配ったらどうだ?……エデン、お前、ずっと歩きっぱなしだろう。そろそろ休憩なり化粧直しなり、したいんじゃないか?」
 その言葉に、エデンはすがりつくような目で猫神を見、もじもじとうなずいた。
「お前、ただでさえ緊張すると調子が悪くなるんだから、相手に合わせてムリするんじゃないぞ。ほら、さっさとその泣きそうな顔を直して来い」
 言い方こそぶっきらぼうだが的確にエデンの意を酌んだその言葉に、精神的に限界だったエデンは『何で私のこと、こんなに知ってるんだろう?』という疑問を抱く余裕すらなく、化粧室の方へと駆け出していった。
 後に残ったレトに、猫神はこれ見よがしにため息をついてみせる。
「契約の獣のお前と、人間の、しかも女で子どものエデンとでは、そもそも体力が全然違う。それにあいつの性格上、慣れない人間と二人きりなんて状況は精神に負担がかかりやすい。その上、それで体調が悪くなっても、恥ずかしくて言い出せなかったりするんだ。……できたばかりの主人に気に入られようと一生懸命なのはいいが、お前、自分をアピールするのに必死で、相手のことをちゃんと見られていなかったんじゃないのか?」
 猫神の言葉に、レトは一瞬、己を恥じるように唇を噛みしめる。だがその瞳はまたすぐに険しいものへと変わり、まるで敵でも見るように鋭く猫神に向けられた。
「……“ノラ”のくせに先輩面か。お前のことはコーデリア様の契約の獣たちに聞いているぞ。どういうつもりで姫君に近づいて来るんだ?」
 その問いに、猫神はすぐには答えなかった。
「……べつに。あいつの父親に頼まれているだけだ。あいつを見守るように、とな」

藤花

 エデンが化粧室から戻ると、レトと猫神は全く同じ体勢のまま、一言も口をきかず険悪な雰囲気でその場に立っていた。
(……うわぁ……声、かけづら……っ。でも、行かないわけにはいかないよね……)
「えぇ……っと、あの……お待たせ……しました……」
 エデンがなけなしの勇気を振り絞るようにして声をかけると、途端にレトが表情を変えた。
「姫……っ!申し訳ありませんでした!ご不調に気づかず、ご無理をさせてしまうなど……っ」
 そのままその場にひざまづきかねない勢いに、エデンの方があわててしまう。
「い、いいから……っ!べつに気にしてないしっ!そもそも私が勝手に緊張して具合悪くなっちゃっただけだし……っ!」
「これでコイツの気が済むんだから、素直に謝られておけ。それよりエデン、しばらく休憩していたいだろう?上のフードコートでも行くか?」
 猫神は平謝りするレトを無表情に眺めると、そう言って3階へとつながるエスカレーターを指さした。エデンは何となくホッとしてうなずく。
(何かいいなぁ、猫神先輩って。疲れないって言うか、自然体でいていい気がするって言うか……。何だか、ずっと前から一緒にいて、何でも分かり合ってる“幼なじみ”みたいなカンジ……。)
 そのまま自然に“デート”に合流してきた猫神を、エデンは何の疑問も抱かず、むしろ当然のように受け入れる。
「お前はとりあえず席でも取っていろ。……冷たいものより身体を温めるものの方が良いな。……ホットの紅茶にミルクと砂糖、でいいか?」
 フードコートに着いてからも、猫神は自ら主導権を握り、テキパキと物事を進めていく。だがその全てが、エデンの好みから今一番欲しいものまで何もかも把握しているかのような完璧なリードぶりだった。
 エデンはまるで母親に世話をされる幼児のように、安心して全てを委ねることができた。
 だから、そんな猫神がエデンとレトの二人を残し飲み物を買いに行こうとした時、エデンは心細さから思わず声を漏らしてしまった。
「あ……っ」
 だが、その先の言葉が続かない。
 まだここにいて欲しい。レトと二人きりにしないで欲しい――だが、それをレトの目の前で口にするのはさすがにはばかられた
 猫神は引き留めるようなエデンの瞳を見つめ返した後、その目をレトへと移した。そのまましばらく言葉も無く視線を交わし合う。
 猫神の目に無言の圧力を感じたレトは、しばらくの間、抗うように無言の笑顔で拳を握りしめていたが、結局は何かをあきらめるようなため息とともに立ち上がった。
「……姫君、お茶なら俺が買って来ます。貴女はここで待っていてください」
 エデンに向けられた精一杯の笑顔は、どこか痛々しかった。
「ありがとう、レト。…………ごめんね」
 エデンは心の底から申し訳なく思って頭を下げる。
 レトが悪いわけではない、むしろ一生懸命尽くそうとしてくれていることは分かっている。けれど、それをすんなり受け入れるには、エデンには対人経験――特に異性に対する経験が少な過ぎた。
 どこかしょんぼりして見えるレトの背中を見送り、エデンは重いため息をつく。そんなエデンの頭を、猫神が無造作にぽん、と撫でてきた。
「……あまり気に病むな。出会って2、3日でそこまで距離をつめられるほど、お前は器用じゃないだろう?人にはその人なりの人づき合いのペースがある。無理をすれば疲れてしんどくなるだけだ。少しずつ、お前のペースで進めばいいんだ」
「……猫神先輩」
 胸にじわりとあたたかいものを感じ、エデンは泣きそうな顔で猫神を見つめた。
 猫神の手がエデンの髪から離れていく。
 その瞬間、ちりん、という微かな鈴の音とともに、猫神の服の袖口に鮮やかな赤い色の何かが覗いた。
「それは……っ」
 何か予感めいたものに突き動かされ、エデンは気づけば猫神の腕を捕らえていた。腕をとられた拍子に袖がずれ、金の鈴がついた赤い組紐のブレスレットが露になる。
「この、ブレスレットは……?」
 エデンの脳裏にかつての愛猫の面影が過ぎる。黒い毛並によく似合う、赤い組紐に金の鈴の首輪。首の後ろで端をちょうちょ結びにしたその首輪が、かつての愛猫“ななちゃん”のトレードマークだった。
 今目の前にあるブレスレットは、その首輪によく似ている。
(……あれ?でも、よく見ると、ちょっと……違う?ななちゃんの首輪の紐は赤一色だったけど、この紐には黒が混じってる……。)
 猫神の腕に巻かれたそれは、端から数センチにかけての部分が、まるで空気に触れて酸化した血のような黒い色をしていた。
 猫神はエデンの顔から目を逸らそうとでもするように、ブレスレットに視線を落とし、紐の赤い部分をそっと撫でた。
「これか……。これはオレの……“生命線”だ」
「え……?」
エデンがその意味をくわしく訊こうとしたその時、まるで二人をジャマしようとするかのように足音荒くレトが戻って来た。
「お待たせしました!お茶をお持ちしました!」
 声は荒く、だが手つきはあくまで丁寧に、レトがテーブルに紅茶の載ったトレーを置く。
 エデンは思わずビクッとして、猫神から手を離した。
「……姫君がお心を許しているからと言って、少々気安くし過ぎじゃないのか?姫はお前の主人じゃないんだ。ベタベタと触らないでもらおうか」
「その口振り……、まるで主従だったならベタベタ触って良いとでも言いたげだな。お前の方こそ、契約の獣としての分をわきまえているのか?」
 すぐにまた険悪な雰囲気を漂わせ始める二人に、エデンは焦る。
「もう……っ、だから、何でそんなケンカ腰なの?二人とも……っ!」
 エデンが思わず声のボリュームを大きくしたその時、ちょうどその席の後ろを通ろうとしていた少女が思わずというように声を漏らした。
「……え?……鈴木さん……?」
 覚えのあるその声にエデンがハッとして振り向くと、そこにはエデンより見た目2〜3才ほど年が上に見える大人びた印象の少女が立っていた。真っ直ぐな黒髪を頭の高い位置でポニーテールにし、白のトップスに紺色無地のハイウエスト・スカートを合わせたその立ち姿は、どこか凛として“和”の雰囲気が漂っている。
 最近顔を覚えたばかりのその少女の名を、エデンは呆然としてつぶやいた。
「ピ……じゃなくて……高梨……さん」
 それは、まだ二言三言くらいしか言葉を交わしたことのない、花ノ咲理学園のクラスメイトの少女だった。
(どうしてココに……っ、って言うか、市内のショッピング・モールにクラスの子がいても、べつに何の不思議もないか。うわぁあ……っ、油断してたよ……っ。イケメン二人に囲まれた、すっごく状況説明のしづらいこの場面を、思いっきり見られちゃったよ……っ!)
 エデンが赤面してうろたえていると、少女の横からサングラスをかけた若い男が不思議そうに顔を出してきた。
「ん……?どしたんだ、モモキチ。その子、お前のトモダチか?」
(あ……、高梨さんも連れがいたんだ。でも……誰だろう?お兄さん?まさかカレシ、とかじゃない……よね?)
 エデンがきょとんとしていると、少女はどこか気まずそうに連れの男を振り返り、言葉少なに説明する。
「クラスメイト。鈴木さん」
 その短過ぎる説明に、エデンは何だか懐かしいものを感じて数日前を振り返る。
(あいかわらず無口なんだなぁ、高梨さん。学校でもこんな感じで、なかなか仲良くなれないんだよね……)
 彼女は実はエデンが密かに「友達になりたいなぁ」と思ってアプローチを試みている相手だった。
 独特の雰囲気を持った和風美人である彼女はエデンとは別の意味で他のクラスメイトたちから注目され、何かと話しかけられている。
 だが、いつでも、誰が相手でも、二言三言の短い言葉で会話が終了してしまい、それ以上話が続かない。
 エデンとはまた別の意味で“コミュニケーションが上手くいっていない感”が漂う少女なのである。
 エデンが「この先の会話、どうしよう」と困惑していると、少女の連れの男が口元をほころばせてエデンの方へ身を乗り出してきた。
「そっかぁ〜。モモキチのクラスメイトかぁ!こんな所で会うなんて奇遇だねー!このコさぁ、どうせガッコでもこんな感じで人との間に壁作っちゃってるっしょ?でもさ、口下手なだけで悪いコじゃないんだよね。この機会にキミ、友達になってやって……」
 男の怒涛の猛アピールは、だが、ドスッという重い音と共に打ち込まれた少女のヒジによりムリヤリ中断させられた。
「うるさい」
「……ッ、ヒド……っ!何でここでヒジ打ちとかすんのさ!俺はただ、モモちゃんの学校生活を心配してだな……」
「余計なお世話。恥ずかしいからやめて」
 少女は不機嫌さ丸出しの顔でそう言うと、驚き固まっているエデンを振り返り、短く問う。
「鈴木さん、身体の具合はもういいの?」
 感情の読めないその問いに、エデンはぼんやり思い出す。
(あ……、そっか。私、一昨日早退したから……)
「うん。もう大丈夫。ありがとう高梨さん」
 にっこり微笑んで礼を言うと、少女は一瞬沈黙した後、表情の無い顔で片手をひらひらさせた。
「じゃあ」
 あいかわらず短過ぎるあいさつと共に去っていく少女に笑顔のまま手を振り、エデンは胸にほっこりしたものを感じていた。
(確かに、悪い子じゃなさそう。私が早退したの覚えててくれて、気遣ってくれたくらいだもん。……友達に、なれるかなぁ?なれるといいな……)
 だが、一人ほっこりしているエデンとは対照的に、猫神はやけに険しい目で少女の背を凝視している。
「……エデン、あの娘、お前のクラスメイトだと言ったな?」
「え……?うん。そうだけど。同じクラスで、出席番号が2コ後ろの高梨さん」
「クラスメイト……と、言うことは……学校の敷地内で目をつけられたのでしょうか……」
 レトまで深刻な顔で何事か考え込み始める。
「え?え?何?高梨さんがどうかしたの?」
 一人“おいてけぼり”状態のエデンが戸惑いながら問うと、猫神とレトが同時に重々しくうなずいた。
「……あぁ。“どうか”している。あの娘、災厄の獣に狙われているぞ」

藤花

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初回アップロード日:2017年4月9日 
 
 
 
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このページは津籠 睦月によるオリジナル・ファンタジー小説の本文ページです。
構成要素は恋愛(ラブコメ)・青春・魔法・アクションなどです。
個人の趣味によるネット小説(ネット・ノベル)のため、全章無料でお読みいただけますが、
著作権は放棄していませんので、無断転載等はおやめください。

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