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魔法巫女エデン
 
 
 
 
 
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Episode2:My 愛犬 is like a 王子様

〜ワタシノワンコ、マルデオウジサマ〜

 よくよく思い出してみれば、父・慈恩にはいろいろと不思議なところがあった。
 野生動物(?)を手懐けていたのはもちろん、天気予報も見ずに翌日の天気を100%の精度で当ててみせたり、エデンが失くしてしまった物をどこからか見つけてきてくれたり……。
 でも、さすがにあんな能力を持っているなどとは考えたこともなかった。
 平安時代の貴族を思わせる和装を身にまとい、異形の獣を前に呪文を繰り出す、そんな姿は……。
『きなこ・あんころ・さくらもち……!』

クローバー

「何でおもちつながりなの……っ!?」
 思わず出てしまった自らの寝言で、エデンは目を覚ました。そこは見慣れた自分のベッドの中で……
(なんだ、夢…………じゃ、ないんだよね。少なくとも、パパがあのビミョウな呪文で戦ってたって言うのは……。うん。そこはもう、あきらめた)
 自分で自分に言い聞かせるように心の中でつぶやいて、エデンはベッドを降り、着替えを始める。
(何か……気が重いなぁ……。ウチにあの“レトさん”がいると思うと……。契約の獣とか言われても、実際どういう風につき合っていけばいいのか分からないし……。って言うか、今日って何で土曜日なんだろう……。せめて学校があればなぁ……)
 ため息をつきながら廊下へ続くドアを開けると、そこには……
「おはようございます。我が姫君」
 エデンの悩みの元凶である“レト”が中世の騎士か何かのように恭しくひざまずいてエデンを待ち構えていた。エデンはそのまま部屋の中に引き返したい衝動に駆られながらも、何とかぎこちない笑みを浮かべて挨拶する。
「お、おはよう……ございます、レトさん……。あの……まさかとは思いますけど、ずっとここでそうしてたわけじゃ、ないですよね……?」
「いいえ。そうしたいのは山々でしたが、先輩方に『それはキモがられるからやめた方がいい』とご教示いただきまして……。ですので、ここにいたのはほんの一時間ほど前からです。その……一分でも一秒でも早く姫君にお目にかかりたかったものですから……」
 ほんのり照れたような顔でそう言われても、エデンには戸惑いしかなかった。
「“先輩方”って、アンバーさん達のことですか?」
 ダイニング・ルームへ向け歩き出しながら、エデンはとりあえず疑問に思ったことを訊いてみる。
「はい。先輩方には契約の獣としての心構えなど、様々なことを教えていただきました」
 エデンの質問に答えながら、レトは階段の所でさりげなく手を差し伸べエデンをエスコートしようとする。エデンは一瞬ためらいながらも、拒絶するのも悪い気がして結局その手に手を重ねた。
(うぅ……っ、恥ずかしいよ……っ。王子様みたいな男の人って、実際に身近にいると、どういうリアクションしたらいいのか分からないよ……っ)
「あの……姫君。俺に対して敬語を使うのはやめてください。『さん』付けも要りません。俺は貴女の“愛犬”なのですから」
「そういうわけにはいかな……いきませんよ……っ。愛犬っていうのも、あの時あなたがワンコみたいな姿だったから、つい言っちゃっただけだし……っ。それに、それを言うならあなたも“姫君”って呼んだりとか、こういうお姫様扱いみたいなのとか、敬語とか、やめてもらえませんか?」
 それはエデンにとって精一杯の抵抗だった。だが、レトはきょとんとした顔でエデンを見つめた後、どこか含みのあるような優雅な微笑みを浮かべ口を開く。
「貴女は俺が忠誠を誓う“主”。そんな貴女を我が姫として接することの、何がいけないのですか?それに、これは俺が無理をして、イヤイヤしているようなことではなく、好きでやっていることです。それでも敬語をやめろとおっしゃるなら、俺はイヤイヤ、無理をして貴女に“タメ口”をきくことになるのですが……お優しい我が姫はそのようなご無理を強いたりはなさいませんよね?」
「う……っ、そ、それは……えっと…………はい」
 笑顔で押し切られ、エデンは何かに敗北したような気分でうなずいた。
(うぅ……っ、何だかこのヒトのペースに巻き込まれちゃってる気がするよ……。負けちゃいそう……)
ぐったりした気分でダイニング・ルームの扉を開けると、そこには、いつもならいるはずの母の姿がなかった。
「……あれ?ママは……?」
「今朝早くに出勤なさいましたよ。やり残した仕事をどうしても今日中に片付けなければいけない、とのことで。昨日はエデンお嬢様の覚醒の知らせを受けて会社を早退なさっていましたので」
 屋敷のハウスキーパーであるマイカがエデンの朝食を用意しつつ、柔和な笑顔で説明する。
「……そうなんですか」
 レトの引いたイスに恐縮しながら座り、エデンは朝食を始める。だが食事をとりながらも、つい気になって目の前のマイカをチラチラと見てしまう。
(この人も“契約の獣”なんだよね。しかも白鳥に変身できる……)
 エデンの視線に気づいたのか、マイカはエデンの食べ終わった皿を片付けながらくすりと笑った。
「私のことが珍しいのですか?エデンお嬢様」
「え……っ、いえ、その…………はい。正直言うと、何だか気になります。だって、昨日まではただのイケメ……あっ、いえ“フツウの人間”だと思ってたのに、その正体があんなにフワッフワな鳥さんだったなんて……っ」
 昨日のマイカたちの姿を思い出し、アニマル好きのエデンの顔は自然とゆるむ。
「……正体が鳥だったというわけではなく、あれはこの世界での実体を持つにあたり、見た目を鳥に似せて擬態しているだけなのですが……。それにしても、聞きしに勝るアニマル好きなのですね。それならばレトともきっとすぐに仲良くなれますね」
「え……?それってどういう……」
 訊きかけて、エデンはハッと閃いた。
「もしかして、レト……さんも、あんな風に“アニマル化”できるんですか!?結界の中で見た、あの透明な獣の姿じゃなくて……!」
「あ……ええ……はい。アレはまだ姫君と契約を結ぶ前の、実体を持たない状態の姿でしたから……。今は姫君のおっしゃるように“アニマル化”することもできます」
 身を乗り出すエデンとは正反対に、レトはあまり乗り気ではなさそうだ。
「……見たいなぁ。レトのアニマル姿」
 主から上目遣いに訴えられ、レトは困ったように硬直した後、しぶしぶというように目を閉じた。
 次の瞬間、それまでエデンの目の前にあった“レト”の姿が、手品の消失トリックのようにかき消える。ワクワクしながらエデンが視線を落とすと、そこには……
「うわっ、うわっ、うっわぁああぁあ〜……。ゴールデン・レトリーバーだぁ……。何で?何でこの姿なの……?」
 これまでテレビや写真や近所の人が散歩させているところなどは見たことがあっても、これほど間近に実物を見たことはなかった優雅な大型犬の姿に、エデンは興奮を隠せない。
「……“契約の獣”の外見は、契約時に主が胸に抱いたイメージの影響を受けるのですよ。貴女はこういう姿の“愛犬”を望んでいらっしゃったのでしょう?」
「うん!うん!そうなんだぁ……。夢だったんだよね、ゴールデンを飼うの。ねぇ、あの……モフモフってしても、いい?ギュ〜って抱きついてもいい?」
 それまでとは明らかに態度の違うエデンに、レトはひどく複雑そうな表情を浮かべる。その様子を見かねたのか、マイカが苦笑混じりに助け舟を出してくる。
「エデンお嬢様、ソレは本物のゴールデン・レトリーバーではなく、あくまでゴールデン・レトリーバーに擬態したレトですから。本物の犬に対するようなスキンシップの仕方は、ちょっといろいろと問題があるかと……」
 ずっと憧れていた犬を前に我を忘れていたエデンは、その言葉にハッとしたように一瞬で顔を真っ赤に染める。
「あ、そ、そうだよね……っ。今は可愛いゴールデンでも、さっきまでは人間の姿だったんだもんね……っ。気安くモフモフしたり、抱きついたりしちゃダメだよね……っ」
 恥じらい、しょんぼりと下を向くエデンに、レトは一瞬で人の姿に戻り、そっとその指先を握った。
「いえ……その……触れていただくこと自体はうれしいのですが……。俺は貴女に愛玩されるペットではなく、貴女を守り、共に戦える存在でありたいのですよ。貴女の身は、これからも“災厄の獣”に狙われ続けることでしょう。俺はそんな貴女の“力”になるべく、貴女と契りを交わしたのです」
「私の“力”になるって……もしかして、昨日の猫神先輩みたいに……?」
 エデンの脳裏に昨日の戦闘シーンが浮かぶ。エデンの口から猫神の名が出た途端、レトは不機嫌そうに顔をしかめた。
「あんな“ノラネコ”と俺を一緒にしないでいただきたいのですが……。まぁ、原理は似たようなものですね。俺の持つ能力を貴女にお使いいただくわけです。俺の能力は“念動”。目に映る範囲に存在する、ある程度までの大きさ・重さの物体を、意思の力だけで自在に動かせます」
「ああ!そう言えば、昨日の攻撃ってそうだったもんね!」
 エデンが明るく言うと、レトは気まずげに口元を引きつらせる。
「あの……その節は、本当に申し訳ありませんでした」
「いいよ。気にしてないよ。それより、ある程度って、どの程度?昨日の攻撃で投げてきたのと同じくらい?」
「それは、貴女と俺次第ですね。契約の獣の能力は、災厄の獣だった時とは違い、貴女ご自身の御力と、貴女と俺の“絆の力”の強さにより左右されますから」
「え……っ?それじゃ、実際やってみるまで分からないってこと?ぶっつけ本番なの!?」
 かなり意図的に強調した“絆の力”という部分を見事に流され、レトはひそかにショックを受ける。そんなレトに代わり、マイカがしばらくの沈黙の後、ある提案を出してきた。
「それなら、これから特訓をなさってみてはいかがですか?」
「「特訓!?」」
 エデンとレトの声がキレイに重なる。
「はい。幸い当家には特訓の相手に適した契約の獣が幾人もおりますし。……と言うわけですので、アンバー。エデンお嬢様とレトのお相手を頼めますか?」
「……って、お前がやるのではないのか!」
 厨房へ続くドアが勢いよく開き、鷹という別の姿を持つコーデリアの契約の獣・アンバーが飛び出して来る。
「……アンバーさん……?」
「アンバー先輩……ひょっとして、盗み聞き……」
 エデンとレトの唖然とした表情に、アンバーは決まり悪そうに咳払いをする。
「違います。たまたま隣室で作業をしていたところ、会話が聞こえてきたものですから……。その……この屋敷のハウスキーパー・チームのチーフとして、少々気にかけさせていただいただけです」
「アンバーはこう見えてもウチで一番面倒見が良いですから。エデンお嬢様のこともレトのことも、かなり気にかけてハラハラしているんですよ」
「そう……なんですか……?」
 エデンはやや疑わしげに、イケメンだが眼光が鋭く強面な印象のあるアンバーの顔を見つめる。アンバーは不機嫌そうにマイカをにらみつけた。
「余計なことを言うな。それより特訓の相手を俺に、と言ったが、そういうことは言いだしっぺのお前がやるべきではないのか?」
「……私の能力ではレトにとって相性が良くないでしょうから」
「俺だって、適役とは言い難いぞ」
 口では文句を言いながらも、アンバーは背広を脱ぎ、腕まくりをして特訓の準備らしきものを始めている。
「……まぁ、ろくに実践も無いまま本番では、エデン様の身に危険が及びかねんからな。……では、僭越ながら私がお相手をさせていただきます。私の能力は“植物操作”。今回エデン様には私の繰り出す攻撃を避けていただき、私に一撃でも入れられたら特訓終了、ということにいたしましょう」
 言うなりアンバーは鷹へと姿を変え、くちばしを開いてピルルルルッと甲高い鳴き声を上げた。レトがハッとしてエデンの肩に手を置く。
「え……っ、な、何……っ!?」
「アンバー先輩の結界が開きます。俺から離れないでください」
 レトがいい終わるより早く、昨日レトの結界に引き込まれた時と同じ、世界が歪み、回るような感覚がエデンを襲う。エデンは思わず、すがりつくようにレトの服の端をつかんだ。

クローバー

 

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初回アップロード日:2016年10月21日 
 
 
 
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このページは津籠 睦月によるオリジナル・ファンタジー小説の本文ページです。
構成要素は恋愛(ラブコメ)・青春・魔法・アクションなどです。
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