GUIDE(HELP)
 
 
 
魔法巫女エデン
 
 
 
 
 
デコレーションモードいちに

 
 
Episode3:今日 is ideal day for 初デート

〜キョウ ハ、ハツ デート ビヨリ〜

「デ……デ……デ……、デートぉぉっ!?赤面汗
「そうさ〜。お(たが)いを知り合うって言ったら、やっぱデートっしょ。(おれ)とコーデリア様も、デートして、より(きずな)を深め合ったし……」
 アズライトが(ほお)を赤らめ、にんまりとそう言った瞬間(しゅんかん)、アンバーとマイカから殺気(さっき)にも似たピリッピリッとした気配(けはい)(はな)たれる。
「……馬鹿(ばか)を言うな。アレは(だん)じてデートなどではない。CM撮影(さつえい)共演(きょうえん)しただけだろう」
「そうですよ、アズライト。そもそもアレは、たまたまあなたが南国(なんごく)のイメージに合ったトロピカル・カラーのインコだったから(えら)ばれたのであって、コーデリア様があなたに対し特別な感情(かんじょう)(いだ)いているというわけではありませんから」
(……あー……。そう言えばママ、前に南国リゾートをイメージした夏化粧品(コスメ)のCM、やってたっけ。マキシ(たけ)のワンピ()て、(うで)にルリコンゴウインコ乗せて。あのインコ、アズライトさんだったんだ……)
 エデンは自らのデート問題から目を(そむ)けるように、ぼんやりとそんなことを思い出す。
「でもさー、俺、撮影(さつえい)の後に『お礼でス』って、オシャレ〜なカフェーでこ〜んなでっかいフルーツパフェパフェとかおごってもらったしー。それって立派(りっぱ)デートじゃね〜?」
「お前……っ、何を普通(ふつう)におごってもらっているんだ!?そういう時は遠慮(えんりょ)するものだろう!」
「そうですよ!それにあなたのようなチャラチャラした男相手に飲食をおごるだなんて……。コーデリア様が周囲から“若い愛人(ツバメ)を囲うセレブ”のように見られでもしたらどうするのですか!」
「えー?俺、ツバメじゃねーし。インコだしー」
 二人の殺気に気づかないのか、アズライトはへらへら笑ってそんなことを言う。だがその表情は次の瞬間、別人のように変化していた。
「て言うかさー、“予感”がするんだよね。お嬢様(じょうさま)はレトとデートした方がいい。その方が今後のお嬢様のためになる」
 まるで預言者(よげんしゃ)神子(みこ)託宣(たくせん)のように(おごそ)かに告げられたその言葉に、アンバーとマイカの顔つきも変わる。
「……“予感”か。ならば、その方が良いのだろうな」
「そうですね。性格はともかくとして、アズライトの“予感”だけは(たよ)りになりますから」
「え?え?どういうこと……ですか?」
 エデンは話についていけず、戸惑(とまど)うばかりだった。
「アズライトの能力は“予感”。これから起こる“何か”を本能的に感じ取る能力なのですよ。“予言(よげん)”や“予知(よち)”のようにハッキリしたものでないことが難点(なんてん)なのですが、アズライトがその“予感”に基づいて言う言葉は信頼できます」
「そう……なんですか」
 思わずじっと見つめた視線の先で、アズライトは先ほどの神秘的(しんぴてき)にさえ感じられた顔がウソのように、再びへらりとした軽薄(けいはく)()みを()かべている。
「……と言うわけですので、エデンお嬢様。(さいわ)い明日は日曜日ですし、レトとデートしてみてはいかがでしょうか?」
「えぇえぇっ!?赤面汗で、でも……デート……なんて、したことないし……何すればいいのか分かんないし……汗
「べつに(かま)える必要はありませんよ。エデン様は新学期のためのお買い物、コイツはその荷物持(にもつも)ち、くらいに考えておけばよろしいのです」
「荷物持ちって……それはそれでどうなのかと……冷や汗
「お屋敷(やしき)にいたところでレトにつきまとわれることに変わりはないのですから、外へお出かけになった方が、人目がある分スキンシップが(ひか)えめになって、エデンお嬢様の精神衛生上(せいしんえいせいじょう)よろしいのでは?」
 マイカに(やさ)しい笑顔でそう言われると、その通りな気がしてきて、エデンは気が乗らないながらも流されるように首をタテに()っていた。
「そっか……。そうかもね……。ただのお買い物につき合ってもらうだけなら、アリ……かな?」

藤花

「……とは言ったものの……男の人と二人きりで出かけることに変わりはないんだよね……冷や汗
 翌日(よくじつ)、日曜日の朝。エデンは姿見(すがたみ)の前でアレでもない、コレでもない、と服を取り出し身体(からだ)に当ててみては元に(もど)す、ということをくり返していた。
(う〜ん……。(なん)か、コドモっぽいような……。小学生の時はフツーに()てたんだけどな……ため息
 音符(おんぷ)音符 やネコ猫 やリボンリボン のポップなプリントが()りばめられたレースの(えり)()きのミントグリーンのトップスを手に、エデンはため息ため息をつく。女子小学生に人気(にんき)のブランド物で、お気に入り()ぎてほとんど(そで)(とお)していないほどの一着(いっちゃく)ではあるのだが、あのレト(なら)んだところを想像(そうぞう)すると、(なん)ともつり合わない気がしてならない
(……と言っても、(ほか)に着ていけそうな服なんて無い、か……。あとは普段着(ふだんぎ)ばっかりだしため息
 ベッドの上に(なら)べた、やや着古(きふる)した感のある他の服たちを見渡(みわた)した後、エデンは(ふたた)びため息ため息をついて手にしていた服に着替(きが)えだした。
 春らしいミントグリーンのトップスと、歩くたびにふわりと広がる、アイボリーシフォンプリーツ水玉模様(みずたまもよう)チュール(かさ)ねたスカート。足には、はき(ぐち)レース のふちどりと細いサテンリボンのついた水色と白のボーダー(がら)のソックス。おかっぱ頭のサイドにはレース素材(そざい)のリボン(がた)スリーピンをとめる。
「だいじょぶ、だいじょぶ!本気(ほんき)のデートじゃないんだし!お買い物に行くだけだし!」
 (かがみ)の前で自分に暗示(あんじ)をかけるようにそう言い聞かせ、エデンは「いざ、出陣(しゅつじん)!」というキャッチコピーでも()いていそうなくらいに気合いの入った顔でドアを(ひら)く。その(とびら)の先には……
「あ、姫君(ひめぎみ)……よくお似合(にあ)いです赤面!まるで春の妖精(ようせい)のように可憐(かれん)です!(おれ)のためにそんなオシャレしてくださるなんて……感激(かんげき)です赤面
 うれしさが(おさ)えきれない、と言うように、はにかみはにかみ言葉(ことば)(つむ)ぐレトがいた。その姿(すがた)一旦(いったん)、頭のてっぺんからつま先まで(なが)め回した後、エデンは廊下(ろうか)へ出ることなく、無言(むごん)のままドアを()める。
「えぇっ!?ちょ……っ!姫君……っ!?汗
「何なの!?何なの、そのカッコは……!赤面汗何でそんなコジャレたカッコしてんの!?ただでさえ緊張(きんちょう)してるのに……そんなにハードル()げないでよ……っ!汗
 昨日(きのう)までは白シャツにジーンズという、ごくごくラフな格好(かっこう)だったレトが、今日はロング(たけ)スプリング・コートに、見るからに上質(じょうしつ)そうな素材(そざい)のカラーシャツ、折り目のぴっしりしたベージュのパンツ、前髪(まえがみ)も一部セットしてきっちり感を出しつつも、首元にフリンジ付きのストールをゆるく()いたりしてさりげないルーズをかもし出している。まるでファッション()のメンズモデルかと思うような、エデン以上にばっちり気合いの入った姿(すがた)だ。
「あの……マイカ先輩(せんぱい)見立(みた)ててもらったんですが……ダメですか?」
「ダメとかじゃないくて……!一緒(いっしょ)に歩く私がコドモっぽ()ぎていたたまれないよ……っ汗。やっぱヤダ!お出かけ、やめる!」
「そんなっ……姫君〜っ!お(かんが)(なお)しください!」
「……何ヲさわいでいるノですカ?」
 廊下(ろうか)から聞こえた母の声に、エデンは(すく)いを求めるようにドアを()け、(うった)える。
「ママっ!いくら魔法(まほう)の力を高めるためだって、デートなんてやっぱりヘンだよね!?汗デートってそういうものじゃないよね!?汗
 だがコーデリアはにっこり微笑(ほほえ)んで、その必死の(うった)えをあっさりと退(しりぞ)けた。
「エデン、デートは“場数(ばかず)”でス。(こい)相手(あいて)でもナイ男の人相手にそんなニ怖気(おじけ)づいているようデハ、本命(ほんめい)相手とのデートで上手(うま)くいくコトはムズカシイのでス。主人に危害(きがい)(くわ)える(おそ)れのナイ契約の獣(エンゲージド・ビースト)ならバ、“練習相手(れんしゅうあいて)”には最適(さいてき)なのでス。アナタもそろそろ年頃(としごろ)のレディー。この機会(きかい)に男の人とのコミュニケーションを(まな)んでくるのでス」
 有無(うむ)を言わせぬ口調(くちょう)でそう(さと)すコーデリアに、エデンは((おこ)ると(こわ)いが)いつも(やさ)しい母の顔ではなく、男を翻弄(ほんろう)する百戦錬磨(ひゃくせんれんま)の“魔女(まじょ)”の顔を見た……ような気がした。
「ホラ、おこづいかいをあげまスから、行って来るのでス。コドモっぽい服がイヤなら、ついでにもっと大人(オトナ)っぽい服を買ってくればイイのでス」
 母にまでこう言われてしまえば、もうエデンに抵抗(ていこう)する(すべ)などない。エデンは注射(ちゅうしゃ)をガマンする子供(コドモ)のような顔で、しぶしぶおこづかいを()()った。

藤花

 “あくまでお買い物”が前提(ぜんてい)のエデンが“デート(仮)(カッコかり)”の場所に(えら)んだのは、エデンの住む月浦市(つきうらし)において最大級の売り場面積(めんせき)(ほこ)商業施設(しょうぎょうしせつ)ワオンモール月浦”だった。
 アンバーに書いてもらった経路(ルート)メモとにらめっこしながらバスを乗り()ぎたどり()いたそこは、映画館も併設(へいせつ)された大型ショッピングモールだけあって、カップルの姿(すがた)がそこかしこに見受けられた。
「けっこう人が多いですねー。あ、あの人達(ひとたち)デートでしょうか?」
「……『も』って、何?私たちはべつにデート…赤面とかじゃないでしょ?お買い物だもんっ。ただのお買い物っ赤面汗
 はしゃぐレトの横で、緊張(きんちょう)で顔も()げられないエデンは、ひとり(ごと)のような小さな声でボソボソとツッコミを入れることしかできない。
(おれ)姫君(ひめぎみ)も、(ほか)の人達から見たらデート中のカップルに見えますかね……赤面?」
「……たぶん、兄と妹くらいにしか見られないと思うけど」
 鏡張(かがみば)りの壁面(へきめん)(うつ)る自分とレトの姿を見て、エデンはこっそりため息ため息をつく。
 今は大学生くらいに大人(おとな)びて見えるレトと、まるで小学生のままのような自分の姿はまるでチグハグで、他人(ひと)から見たら変に思われるのではないかと、エデンは不安でならなかった。
「あ!姫君、ここのフロア、女性物(じょせいもの)(ふく)がたくさんありそうですよ。新しいお洋服を買われるんですよね?」
「……うん」
 エデンはぎこちない足取(あしど)りで婦人服(レディースファッション)のショップを回る。
 女性客(じょせいきゃく)の多い店内でレトの容姿(ようし)注目(ちゅうもく)(まと)で、エデンはいたたまれなさが()すばかりだった。
「……なかなかお気に()りのものが見つからないようですね。お洋服選びって(むずか)しいんですね」
「…………うん」
 言葉少(ことばすく)ななエデンにも、レトは積極的(せっきょくてき)に話しかけてくれる。だが、エデンは(みじか)返事(へんじ)をするだけで精一杯(せいいっぱい)だった。
ママとのショッピングは、いつもすっごく楽しいのに……。全然(ぜんぜん)楽しくない。なんか、足もお(なか)(いた)くなってきちゃったし……(かえ)りたい……)
 ()ずかしさに身体(からだ)不調(ふちょう)を言い出すこともできず、()きたい気持ちで歩き(つづ)けるエデンの前に、その時思わぬ(すく)いの手が()()べられた。
「おい、お前たち、こんな(ところ)で何をしているんだ?」

藤花

 聞き(おぼ)えのある声に(かお)を上げると、そこには(わす)れようもない、あの日エデンを助けてくれたサラサラつやめく黒髪(くろかみ)の少年の姿があった。
「……猫神(ねこがみ)……先輩(せんぱい)……っ赤面
 日曜日のショッピング・モールにいるだけあって、さすがに猫神は以前(いぜん)見た制服姿(せいふくすがた)ではない。
 とは言ってもレトのような気合(きあい)の入ったオシャレ()というわけでもなく、年相応(としそうおう)の少年らしい、黒地(くろじ)に白ラインの入ったスポーツ・ウェアだった。
 やや(くず)気味(ぎみ)に着こなされたその服の袖口(そでぐち)(すそ)からは、猫の手足を思わせるほっそりとした手首やくるぶしがのぞいている。
 その姿(すがた)イケメン()ぎて直視(ちょくし)できないレトとは(ちが)い、『学校で(あこが)れている運動部の(さわ)やかな先輩』とでも言うようなほど良い親近感(しんきんかん)(ただよ)っていて、エデンは素直(すなお)なときめき赤面を感じてしまった。
「あ……あの……っ、一昨日は、ありがとうございました……っ!今日は、その……お買い物で……っ。猫神先輩も、お買い物……ですか……っ?赤面汗
「あの日攻撃(こうげき)してきた元・(てき)翌々日(よくよくじつ)には一緒(いっしょ)に買い物、か。短期間(たんきかん)のうちにずい分と仲良くなったみたいだな」
 猫神の言葉には()める様子(ようす)皮肉(ひにく)の色もなかった。ただ、(あき)れともあきらめともつかぬ微妙(びみょう)雰囲気(ふんいき)(ただよ)っていて、エデンは戸惑(とまど)った。
(猫神先輩、何が言いたいんだろう冷や汗?……って言うか、アレ?先輩って、レトの人間姿、見たことあったっけ?……あの時一緒に(たたか)っただけあって、不思議(フシギ)な力とかで分かるのかな?)
「何の用だ?俺は姫君(ひめぎみ)(きずな)を深めるための大事(だいじ)デート最中(さいちゅう)だ。ノラネコジャマをしないでくれないか?」
 (けん)のある目でピリッ威嚇(いかく)ピリッするレトに、エデンはあわてた。
「ちょ……っ、レト!汗先輩は私の恩人(おんじん)なんだよ。そんな(きら)ってるみたいな言い(かた)、やめて汗
 だが猫神は気にする素振(そぶ)りも見せず、未熟(みじゅく)な子どもでも見るようにレトを(なが)め、ため息をつく。
(きずな)を深める、な。それならお前、もっと相手(あいて)様子(ようす)に気を(くば)ったらどうだ?……エデン、お前、ずっと歩きっぱなしだろう。そろそろ休憩(きゅうけい)なり化粧直(けしょうなお)しなり、したいんじゃないか?」
 その言葉に、エデンはすがりつくような目で猫神を見、もじもじとうなずいた。
「お前、ただでさえ緊張(きんちょう)すると調子(ちょうし)(わる)くなるんだから、相手に合わせてムリするんじゃないぞ。ほら、さっさとその泣きそうな顔を直して来い」
 言い方こそぶっきらぼうだが的確(てきかく)にエデンの()()んだその言葉に、精神的(せいしんてき)限界(げんかい)だったエデンは『何で私のこと、こんなに知ってるんだろう?』という疑問(ぎもん)(いだ)余裕(よゆう)すらなく、化粧室(けしょうしつ)の方へと()け出していった。
 (あと)(のこ)ったレトに、猫神はこれ見よがしにため息ため息をついてみせる。
契約の獣(エンゲージド・ビースト)のお前と、人間の、しかも女で子どものエデンとでは、そもそも体力が全然(ぜんぜん)(ちが)う。それにあいつの性格上(せいかくじょう)()れない人間と二人きりなんて状況(じょうきょう)は精神に負担(ふたん)がかかりやすい。その上、それで体調(たいちょう)が悪くなっても、()ずかしくて言い出せなかったりするんだ。……できたばかりの主人(しゅじん)に気に()られようと一生懸命(いっしょうけんめい)なのはいいが、お前、自分をアピールするのに必死(ひっし)で、相手のことをちゃんと見られていなかったんじゃないのか?」
 猫神の言葉に、レトは一瞬(いっしゅん)(おのれ)()じるように(くちびる)()みしめる。だがその(ひとみ)はまたすぐに(けわ)しいものへと変わり、まるで(てき)でも見るようにピリッ(するど)く猫神に向けられた。
「……“ノラ”のくせに先輩面(センパイづら)か。お前のことはコーデリア様の契約の獣(エンゲージド・ビースト)たちに聞いているぞ。どういうつもりで姫君(ひめぎみ)に近づいて来るんだ?」
 その()いに、猫神はすぐには(こた)えなかった。
「……べつに。あいつの父親(ちちおや)(たの)まれているだけだ。あいつを見守るように、とな」

藤花

 エデンが化粧室(けしょうしつ)から(もど)ると、レトと猫神は(まった)く同じ体勢(たいせい)のまま、一言(ひとこと)も口をきかずピリッ険悪(けんあく)雰囲気(ふんいき)ピリッでその場に立っていた。
(……うわぁ……声、かけづら……っ汗。でも、行かないわけにはいかないよね……冷や汗
「えぇ……っと、あの……お()たせ……しました……汗
 エデンがなけなしの勇気を()(しぼ)るようにして声をかけると、途端(とたん)にレトが表情(ひょうじょう)を変えた。
「姫……っ!(もう)(わけ)ありませんでした青ざめ汗!ご不調(ふちょう)に気づかず、ご無理(むり)をさせてしまうなど……っ冷や汗
 そのままその場にひざまづきかねない(いきお)に、エデンの方があわてて汗 しまう。
「い、いいから……っ!べつに気にしてないしっ!そもそも私が勝手(かって)緊張(きんちょう)して具合(ぐあい)悪くなっちゃっただけだし……っ!汗
「これでコイツの気が()むんだから、素直(すなお)(あやま)られておけ。それよりエデン、しばらく休憩(きゅうけい)していたいだろう?上のフードコートでも行くか?」
 猫神は平謝(ひらあや)するレトを無表情(むひょうじょう)(なが)めると、そう言って3階へとつながるエスカレーターを(ゆび)さした。エデンは(なん)となくホッとしてうなずく。
(なん)かいいなぁ赤面、猫神先輩(せんぱい)って。(つか)れないって言うか、自然体(しぜんたい)でいていい気がするって言うか……。何だか、ずっと前から一緒(いっしょ)にいて、何でも分かり合ってる“(おさな)なじみ”みたいなカンジ……。)
 そのまま自然(ナチュラル)に“デート”に合流(ごうりゅう)してきた猫神を、エデンは何の疑問(ぎもん)(いだ)かず、むしろ当然(とうぜん)のように()け入れる。
「お前はとりあえず(せき)でも取っていろ。……冷たいものより身体(からだ)(あたた)めるものの方が()いな。……ホットの紅茶(こうちゃ)ティーカップ にミルクと砂糖(さとう)、でいいか?」
 フードコートに()いてからも、猫神は(みずか)主導権(しゅどうけん)(にぎ)り、テキパキと物事(ものごと)(すす)めていく。だがその(すべ)てが、エデンの(この)みから今一番()しいものまで何もかも把握(はあく)しているかのような完璧(かんぺき)なリードぶりだった。
 エデンはまるで母親(ははおや)世話(せわ)をされる幼児(ようじ)のように、安心して全てを(ゆだ)ねることができた。
 だから、そんな猫神がエデンとレトの二人を残し飲み物を買いに行こうとした時、エデンは心細(こころぼそ)さから思わず声を()らしてしまった。
「あ……っ汗
 だが、その先の言葉(ことば)(つづ)かない。
 まだここにいて()しい。レトと二人きりにしないで欲しい――だが、それをレトの目の前で(くち)にするのはさすがにはばかられた
 猫神は引き()めるようなエデンの(ひとみ)を見つめ(かえ)した後、その目をレトへと(うつ)した。そのまましばらく言葉も()視線(しせん)()わし合う。
 猫神の目に無言(むごん)圧力(あつりょく)を感じたレトは、しばらくの間、(あらが)うように無言の笑顔(えがお)(こぶし)(にぎ)りしめていたが、結局(けっきょく)は何かをあきらめるようなため息とともに立ち上がった。
「……姫君(ひめぎみ)、お茶なら(おれ)が買って来ます。貴女(あなた)はここで待っていてください」
 エデンに向けられた精一杯(せいいっぱい)の笑顔は、どこか痛々(いたいた)しかった。
「ありがとう、レト。…………ごめんね」
 エデンは心の(そこ)から申し訳なく思って頭を()げる。ぺこり
 レトが悪いわけではない、むしろ一生懸命(いっしょうけんめい)()くそうとしてくれていることは分かっている。けれど、それをすんなり受け入れるには、エデンには対人(たいじん)経験(けいけん)――(とく)異性(いせい)に対する経験が少な()ぎた。
 どこかしょんぼりして見えるレトの背中(せなか)を見送り、エデンは重いため息ため息をつく。そんなエデンの頭を、猫神が無造作(むぞうさ)ぽん()でてきた。
「……あまり気に()むな。出会って2、3日でそこまで距離(きょり)をつめられるほど、お前は器用(きよう)じゃないだろう?人にはその人なりの人づき合いのペースがある。無理をすれば(つか)れてしんどくなるだけだ。少しずつ、お前のペースで進めばいいんだ」
「……猫神先輩」
 (むね)にじわりとあたたかいものを感じ、エデンは()きそうな顔で猫神を見つめた。
 猫神の手がエデンの(かみ)から(はな)れていく。
 その瞬間(しゅんかん)ちりん という(かす)かな鈴の()とともに、猫神の服の袖口(そでぐち)(あざ)やかな赤い色の何か(のぞ)いた。
「それは……っ」
 何か予感(よかん)めいたものに()き動かされ、エデンは気づけば猫神の(うで)()らえていた。腕をとられた拍子(ひょうし)(そで)がずれ、金の鈴がついた赤い組紐(くみひも)ブレスレット(あらわ)になる。
「この、ブレスレットは……?」
 エデンの脳裏(のうり)にかつての愛猫の面影()ぎる。黒い毛並(けなみ)によく似合(にあ)う、赤い組紐(くみひも)に金の鈴の首輪(くびわ)。首の(うし)ろで(はし)ちょうちょ結びにしたその首輪が、かつての愛猫“ななちゃん”のトレードマークだった。
 今目の前にあるブレスレットは、その首輪によく()ている。
(……あれ?でも、よく見ると、ちょっと……(ちが)う?ななちゃんの首輪の(ひも)赤一色(あかいっしょく)だったけど、この紐には黒が()じってる……。)
 猫神の(うで)()かれたそれは、(はし)から数センチにかけての部分が、まるで空気に()れて酸化(さんか)した血のような黒い色をしていた。
 猫神はエデンの顔から目を()らそうとでもするように、ブレスレットに視線を落とし、(ひも)の赤い部分をそっと()でた。
「これか……。これはオレの……“生命線(せいめいせん)”だ」
「え……?」
エデンがその意味をくわしく()こうとしたその時、まるで二人をジャマしようとするかのように足音(あら)くレトが(もど)って来た。
「お()たせしました!お茶をお持ちしました!」
 声は(あら)く、だが手つきはあくまで丁寧(ていねい)に、レトがテーブルに紅茶(こうちゃ)ティーカップ()ったトレーを()く。
 エデンは思わずビクッとして、猫神から手を(はな)した。
「……姫君がお心を(ゆる)しているからと言って、少々気安(きやす)くし()ぎじゃないのか?姫はお前の主人じゃないんだ。ベタベタと(さわ)らないでもらおうか
「その口振(くちぶ)り……、まるで主従(しゅじゅう)だったならベタベタ(さわ)って良いとでも言いたげだな。お前の方こそ、契約の獣(エンゲージド・ビースト)としての()をわきまえているのか?」
 すぐにまた険悪(けんあく)雰囲気(ふんいき)(ただよ)わせ始める二人に、エデンは(あせ)る。
「もう……っ、だから、何でそんなケンカ(ごし)なの?二人とも……っ!汗
 エデンが思わず声のボリュームを大きくしたその時、ちょうどその(せき)(うし)ろを通ろうとしていた少女が思わずというように声を()らした。
「……え?……鈴木さん……?」
 (おぼ)えのあるその声にエデンがハッとして()り向くと、そこにはエデンより見た目2〜3才ほど年が上に見える大人(おとな)びた印象(いんしょう)の少女が立っていた。()()ぐな黒髪(くろかみ)(あたま)の高い位置でポニーテールにし、白のトップスに紺色(こんいろ)無地(むじ)のハイウエスト・スカートを合わせたその立ち姿(すがた)は、どこか凛として()”の雰囲気(ふんいき)(ただよ)っている。
 最近(さいきん)顔を(おぼ)えたばかりのその少女の名を、エデンは呆然(ぼうぜん)としてつぶやいた。
ピ……じゃなくて……高梨(たかなし)……さん」
 それは、まだ二言三言(ふたことみこと)くらいしか言葉(ことば)()わしたことのない、花ノ咲理学園(はなのさかりがくえん)のクラスメイトの少女だった。
(どうしてココに……っ、って言うか、市内のショッピング・モールにクラスの子がいても、べつに(なん)不思議(フシギ)もないか冷や汗。うわぁあ……っ、油断(ゆだん)してたよ……っ汗イケメン二人(かこ)まれた、すっごく状況説明(じょうきょうせつめい)のしづらいこの場面(ばめん)を、思いっきり見られちゃったよ……っ!赤面汗
 エデンが赤面(せきめん)赤面 してうろたえていると、少女の横からサングラスをかけた若い男が不思議(ふしぎ)そうに顔を出してきた。
「ん……?どしたんだ、モモキチ。その子、お前のトモダチか?」
(あ……、高梨(たかなし)さんも()れがいたんだ。でも……(だれ)だろう?お兄さん?まさかカレシ、とかじゃない……よね?)
 エデンがきょとんとしていると、少女はどこか気まずそうに連れの男を()(かえ)り、言葉少(ことばすく)なに説明(せつめい)する。
「クラスメイト。鈴木さん」
 その短過(みじかす)ぎる説明に、エデンは何だか(なつ)かしいものを感じて数日前を()り返る。
(あいかわらず無口(むくち)なんだなぁ、高梨さん。学校でもこんな感じで、なかなか仲良くなれないんだよね……冷や汗
 彼女は実はエデンが(ひそ)かに「友達になりたいなぁ」と思ってアプローチを(こころ)みている相手だった。
 独特(どくとく)雰囲気(ふんいき)を持った和風美人である彼女はエデンとは別の意味で他のクラスメイトたちから注目(ちゅうもく)され、何かと話しかけられている。
 だが、いつでも、(だれ)が相手でも、二言三言の(みじか)い言葉で会話(かいわ)終了(しゅうりょう)してしまい、それ以上話が続かない。
 エデンとはまた別の意味で“コミュニケーションが上手(うま)くいっていない感”が(ただよ)う少女なのである。
 エデンが「この先の会話、どうしよう冷や汗困惑(こんわく)していると、少女の連れの男が口元をほころばせてエデンの方へ身を()り出してきた。
「そっかぁ〜。モモキチのクラスメイトかぁ! こんな所で会うなんて奇遇(きぐう)だねー! このコさぁ、どうせガッコでもこんな感じで人との間に(カベ)作っちゃってるっしょ?でもさ、口下手(クチベタ)なだけで(ワル)いコじゃないんだよね。この機会(きかい)にキミ、友達になってやって……」
 男の怒涛(どとう)(もう)アピールは、だが、ドスッという(おも)い音と(とも)()()まれた少女のヒジによりムリヤリ中断(ちゅうだん)させられた。
「うるさい」
「……ッ、ヒド……っ!汗 何でここでヒジ打ちとかすんのさ!汗 (おれ)はただ、モモちゃんの学校生活を心配(しんぱい)してだな……」
余計(よけい)なお世話(せわ)()ずかしいからやめて」
 少女は不機嫌(ふきげん)さ丸出しの顔でそう言うと、(おどろ)(かた)まっているエデンを()り返り、(みじか)()う。
「鈴木さん、身体(からだ)具合(ぐあい)はもういいの?」
 感情(かんじょう)()めないその問いに、エデンはぼんやり思い出す。
(あ……、そっか。私、一昨日(おととい)早退(そうたい)したから……)
「うん。もう大丈夫(だいじょうぶ)。ありがとう高梨さん」
 にっこり微笑(ほほえ)んで(れい)を言うと、少女は一瞬(いっしゅん)沈黙(ちんもく)した後、表情(ひょうじょう)の無い顔で片手をひらひらさせた。
「じゃあ」
 あいかわらず短過(みじかす)ぎるあいさつと(とも)()っていく少女に笑顔(えがお)のまま手を()り、エデンは(むね)ほっこり したものを感じていた。
(たし)かに、悪い子じゃなさそう。私が早退(そうたい)したの(おぼ)えててくれて、気遣(きづか)ってくれたくらいだもん。……友達に、なれるかなぁ?なれるといいな……)
 だが、一人ほっこりしているエデンとは対照的(たいしょうてき)に、猫神はやけに(けわ)しい目で少女の()凝視(ぎょうし)している。
「……エデン、あの(むすめ)、お前のクラスメイトだと言ったな?」
「え……?うん。そうだけど。同じクラスで、出席番号(しゅっせきばんごう)が2コ後ろの高梨さん」
「クラスメイト……と、言うことは……学校の敷地内(しきちない)で目をつけられたのでしょうか……」
 レトまで深刻(しんこく)な顔で何事(なにごと)(かんが)()み始める。
「え?え?汗 何?高梨さんがどうかしたの?」
 一人“おいてけぼり”状態(じょうたい)のエデンが戸惑(とまど)いながら問うと、猫神とレトが同時に重々(おもおも)しくうなずいた。
「……あぁ。“どうか”している。あの(むすめ)災厄の獣(カラミタス・ビースト)(ねら)われているぞ」

藤花

 

次のページへ進みます。
 
 
 
 
初回アップロード日:2017年4月9日 
 
 
 
ティアラ(装飾)

このページは津籠 睦月によるオリジナル・ファンタジー小説の本文ページです。
構成要素は恋愛(ラブコメ)・青春・魔法・アクションなどです。
個人の趣味によるネット小説(ネット・ノベル)のため、全章無料でお読みいただけますが、
著作権は放棄していませんので、無断転載等はおやめください。

ティアラ(装飾)
inserted by FC2 system