第一章 鳥追う少女 (1)
始まりは、一羽の鳥だった。鬱蒼 と繁る森の中、そこだけぽっかり丸く開 けた空を真っ直ぐに横切っていくそれは、まるで何もない碧 の世界に一筋 の白い線を描いているようにも見えた。
（何故 、このような所にあれが？）
それがただの鳥ではないことに、俺は一目で気づいていた。それは、高い霊力を持つ人の魂 が鳥の形をとったもの。人どころか鳥や獣ですら滅多に立ち入らないその場所では、まず見かけるはずのないものだった。
（いや……、珍しくはあるが、別段不思議なことではないか。高い霊力を持つ者……何処 かの国の巫 が、また勧請 に訪れたのだろう）
当時の俺が住処 としていたのは、後の世にカスミガウラ、キタウラという名の湖となる内海 に三方を囲まれ、かつては『立雨 零 る魚眼潟の国 』と呼ばれていた地。大国に攻め入られ、滅びて森に呑み込まれた小国のなれの果ての地だ。あまりに多くの血と怨みが染みついた大地は荒ぶる神や精霊 を呼び寄せ、人や獣の侵入を拒む。だが時折物好きにも、そんな荒ぶる神目当てにこの地を訪れる者達がいる。それが巫――まだ何処にも属さぬ神を自らの国の鎮守神 として迎えようと勧請 に訪れる巫女 や男巫 達だった。
（さて、今回はどのようにして追い出すべきか……）
思案する俺の耳に、ちりちりと微 かな鈴の音が聞こえてきた。次いで、軽い足音と荒い息遣い。何者かがこちらへ駆けてくる。
足音は、意外なことに一人のものだった。国の命運を背負う勧請の旅ともなれば、それなりの数の供人 が付き従ってくるのが普通であるというのに。
それでも油断無く身構える俺の前に、彼女は現れた。息を乱し、頬を真っ赤に染めて。
「あ……っ」
出逢った瞬間、彼女は言葉も無く立ちつくした。だが呆 けていたのは一瞬で、すぐにその場に膝 をつき、凛 とした声で名乗りを上げる。
「私の名は花夜 。『千葉 茂 る花蘇利の国 』の社首 にして、国の首長 ・萱津彦 の娘です。我が国の鎮守 となってくださる神を求め、この地にやって参りました。どうか私と共に花蘇利国 へおいで下さい」
十三、四才ほどに見えるその娘は、いかにも神住まぬ国の巫女らしく、素朴な衣裳 に身を包んでいた。袖なしの盤領 の上衣 と、たくさんのひだがついた緋色 の裳 。その上に重ねた白い麻の襲 を、幅広の三角模様 の帯で結び、肩には木綿 のタスキ。首と手足には勾玉 を連 ねた首飾りが揺れ、腰には縁 に鈴をあしらった丸い白銅鏡 を吊り下げている。縁に鈴を配した『鈴鏡 』は東国 の巫女の証。その中でも彼女の持つ五つの鈴がついた鏡は『五鈴鏡 』と呼ばれていた。
「先ほどの『鳥』はお前の何だ？」
俺は彼女の言葉には答えを返さず、そう切り出した。さっきの鳥と目の前の娘とでは、身にまとう霊力がまるで違っている。社首 と言えば、その国でも最高位の巫 であるはずなのに、霊力の高さで言えば先ほどの鳥の方がよほど、この娘よりも高く見えた。その問いに彼女の顔がくもる。
「あれは我が母・鳥羽 の魂 です。死してもなお、私を守り、導いてくれているのです」
俺は何の感慨もなくそれを聞いた。当時は今よりも更に人死 にの多い時代だ。戦争も疫病 も世の中に溢 れていた。だからこそ人々は、そんな災いから自分達を救ってくれる鎮守神 を求めたのだ。
「娘、俺の噂は知っているのだろう？森を燃やし、何人もの人間を焼き殺した、手のつけられぬ荒魂 だと。その歳 で生命 が惜 しくはないのか？」
わざと脅 すように低い声で問うが、娘は少しも怯 まない。
「私の生命は、自らが定めた道を貫 くためにあるものだと思っています。そのために失ったとしても、惜しいとは思いません。それに、今の私より若くして亡くなった人を、今までにもう何人も見送ってきました。生命とは儚 く、いつ終わるとも知れぬものだと理解しています。だから、毎日を悔いのないよう一生懸命に生きてきました。覚悟はできております」
（
それがただの鳥ではないことに、俺は一目で気づいていた。それは、高い霊力を持つ人の
（いや……、珍しくはあるが、別段不思議なことではないか。高い霊力を持つ者……
当時の俺が
（さて、今回はどのようにして追い出すべきか……）
思案する俺の耳に、ちりちりと
足音は、意外なことに一人のものだった。国の命運を背負う勧請の旅ともなれば、それなりの数の
それでも油断無く身構える俺の前に、彼女は現れた。息を乱し、頬を真っ赤に染めて。
「あ……っ」
出逢った瞬間、彼女は言葉も無く立ちつくした。だが
「私の名は
十三、四才ほどに見えるその娘は、いかにも神住まぬ国の巫女らしく、素朴な
「先ほどの『鳥』はお前の何だ？」
俺は彼女の言葉には答えを返さず、そう切り出した。さっきの鳥と目の前の娘とでは、身にまとう霊力がまるで違っている。
「あれは我が母・
俺は何の感慨もなくそれを聞いた。当時は今よりも更に
「娘、俺の噂は知っているのだろう？森を燃やし、何人もの人間を焼き殺した、手のつけられぬ
わざと
「私の生命は、自らが定めた道を
※このページは津籠 睦月によるオリジナル和風ファンタジー小説「花咲く夜に君の名を呼ぶ」
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