第四章 ()てられた姫

 俺達は一旦(いったん)霧狭司(むさし)の兵士の手により拘束(こうそく)され、国府の奥にある倉の一つに監禁(かんきん)された。その扱いはとても神聖な巫女姫に対するものなどではなく、霧狭司が花夜のことを先代の社首(やしろおびと)でも姫でもなく、単なる侵入者としか見ていないことは明白だった。
 倉の中は昼でも隙間(すきま)から(かす)かな光が差し込むばかりで、(となり)にいる花夜の姿さえ暗がりにぼんやり沈んでいるように見える。(ひざ)(かか)えて座り込んだまま一言もしゃべらずにいる花夜に、俺はひっそりと問いかけた。
「お前、なぜ雲箇(うるか)の言葉を信じる?己の父が信じられないのか?」
 俺はこの時まだ、雲箇の言葉を信じきれてはいなかった。一国の首長(おびと)としての決断とは言え、血を分けた己の娘をそう簡単に見棄(みす)ててしまえるものなのかと疑問に感じていたからだ。まして、こんなにも健気(けなげ)に国を想う花夜のことを、非情に切り捨てるなど、できるものなのだろうかと。
「……もしかして、表情にでも表れていましたか?私が父を信じきれていないことが」
 それは彼女にしては珍しい、どこか皮肉混じりの声音(こわね)だった。
「ああ。お前のその瞳で分かった。口では(ちが)うと言いながら、瞳は(すで)に何かを(さと)ったような色をしていた。自分が()てられることさえも『有り()ること』と、初めから全てを(あきら)めているかのような……」
 その言葉に隣から苦笑するような気配が伝わってくる。花夜はうなずき、(つか)れたような声で言った。
「そうです。私は、父を信じていません。雲箇(うるか)姫の言葉を否定したかったのは本当です。でも、それが否定しきれぬ真実だと、あの時(すで)に分かっていました。私は、父にそうされても仕方がない人間です。私は……父に、(にく)まれているから……」
 ひどく思いつめた顔で花夜が話し出したその時、ふいに(やわ)らかな声が室内に響いた。
『それは、あなたのせいではありません』
 その声は花夜の腰に()るした五鈴鏡(ごれいきょう)から響いていた。それは()れてもいないのに勝手に裏返り、ほのかに光をたたえた鏡面(きょうめん)を表に向ける。光は次第に強さを増し、鏡面から盛り上がり、やがて鳥の形となって鏡から飛び出してきた。
「母さま!?」
 驚いたように名を呼ぶ花夜の前で、光はゆっくりと人の形をとっていく。
『改めまして、お初にお目にかかります、ヤトノカミ様。花夜の母・鳥羽(とわ)と申します』
 光の中から(あらわ)れたその姿に、俺は目を見張った。
「お前は……鳥神(とりがみ)の巫女だったのか」
 初めて目にした人の姿の鳥羽は、花蘇利のような小国では首長(おびと)(きさき)といえど決して身につけられぬはずの、高度な技術による衣裳(いしょう)を身につけていた。おまけに、独特な形の(そで)を持つ上衣は『(アメ)羽衣(ハネギヌ)』と呼ばれる、鳥神に(つか)える巫女に特有のものだ。
『はい。私はかつて、ここより西の海辺に()る『水鳥(みずどり)多集(すだ)羽真那国(はまなのくに)』の姫であり、国の鎮守神(ちんじゅしん)たる鳥神様に仕える社首(やしろおびと)でした』
「ばかな。なぜそれが花蘇利(かそり)の首長の妃になどなっているのだ?神に仕える巫女に手をつけるのは大罪。しかもそれが他国の姫ともなれば尚更(なおさら)のことのはず……」
『その理由は、これからお話しいたします。私がなぜ、あの人の妃となったのかを。そして花夜がこれまでこの国で、どのような目に()ってきたのかを……』
 そうして鳥羽は語りだした。己の過去を。そして、花蘇利国(かそりのくに)でかつて何があったのかを……。
 それは花夜の父・萱津彦(かやつひこ)が父親を(いくさ)で亡くし、まだ二十歳(はたち)にもならぬ若さで首長の座に()いてから、しばらく()った頃のことだった。花蘇利の浜辺に一艘(いっそう)刳舟(くりぶね)が流れ着いた。中にいたのは気を失って倒れ伏した一人の少女。
 それは白鷺(しらさぎ)を思わせるほっそりとした首と真珠(しらたま)のように白い肌を持つ、繊細(せんさい)に整った顔立ちの少女だった。
 しかも彼女は花蘇利の民が今までに目にしたことも無いような衣裳(いしょう)に身を包んでいた。胸元を赤い(ひも)で結んだ白い上衣は極上(ごくじょう)の柔らかさを持つ練絹(ねりぎぬ)で織られ、しかもその(そで)は細かなひだを重ね、鳥の翼を()したかのような不思議な形をしていた。足先までを(おお)う長い()は色鮮やかな朱華(はねず)。肩に()けられた生絹(すずし)領巾(ひれ)には鳥の羽根の模様が()りつけられ、高く()った髪の根元にも、やはり大きな鳥の羽根が(かざ)られていた。幅広(はばひろ)の腰帯には五つの鈴を持つ鈴鏡(れいきょう)。高い身分を(うかが)わせるように、耳には金の耳飾りが()れ、首にも勾玉(まがたま)と丸玉の首飾りが二重に巻かれていた。
 腰に鈴鏡を()びるのは東国(とうごく)では巫女の(あかし)(どろ)(よご)れてはいても、その衣裳が神()まぬ国には到底(とうてい)作れぬような高度な技術で作られた上等な巫女装束(しょうぞく)であり、それを身に着ける少女が何処(どこ)かの国で神に仕える高貴な巫女姫であることは誰の目にも明らかだった。
 話を聞き()けつけてきた萱津彦は、少女の姿を見るなり言葉を失った。しばらくの間は少女以外は目に入らず、何も考えられないような有様(ありさま)だったと言う。そして敵国の(わな)を疑う臣下たちの反対も聞き入れず、彼は少女を自らの(やかた)に運ばせると、侍女(じじょ)たちに命じ彼女を手厚く看護(かんご)した。
 そんな萱津彦の姿に、臣下たちは悟らざるを()なかった。この若き首長が、美貌(びぼう)の少女に一目(ひとめ)で心(うば)われてしまったことを。しかもそれは、萱津彦にとって生まれて初めての恋。それまでに彼が経験してきた(たわむ)れの恋などとはまるで(ちが)う、自分でも制御(せいぎょ)しきれないほどの、狂おしく(あや)うい恋だったのだ。
 ()れて汚れた衣裳を着替えさせられ、きれいに整えられた寝床(ねどこ)の中で、やがて少女は目を覚ました。だが目覚めた彼女は一切を忘れ、自分が何者であるのかも分からなくなっていた。
 萱津彦は少女に記憶が無いことを知ると、彼女が花蘇利に流れ着いた時に身につけていた一切のものを、首長と臣下以外は立ち入ることの許されない米蔵(こめぐら)の奥深くに(かく)した。そして彼女に真実を思い出させぬよう、周りの者全てに口封じをした上で、(いつわ)りの過去を少女に教えたのだ。偽りの名を与え、偽りの身分を与え、少女がいづれ首長(おびと)の妃となる運命(さだめ)なのだと信じ込ませた。そして記憶を()くして不安がる彼女の心に付け込み、甲斐甲斐(かいがい)しく世話を焼き……ついには本当に彼女を己の妃としてしまった。
 神と(ちぎ)りを結んだ(カンナギ)はそのほとんどが、己の神以外に()れられると霊力を(うしな)ってしまう。それは大概(たいがい)の巫がその神を生涯(しょうがい)伴侶(はんりょ)とする契りを結んでいるからであり、神以外の者と契りを結ぶことが神に対する裏切りとなるからである。
 しかし神と巫との関係性はそれだけが全てではなく、たとえば伴侶としてではなく、親子や友人のような関係性を結んでいる神と巫も少なくはない。そうした場合は巫が神以外の人間と結ばれようと霊力を喪いはしないのだが、鳥羽もまた、そうした巫の一人だった。
 妃となり、娘を産んでもなお、彼女の霊力は(うしな)われることがなかった。それどころか、記憶を失い、巫女としての行いを一切していないにも関わらず、彼女はその存在自体により、知らず知らずのうちに自らの()る国に恵みをもたらしていた。
 神と契りを()わした巫女には、その神の属性に応じた加護(かご)が与えられる。そしてその加護は巫女本人のみならず、その周囲にも及ぶ。霊力の強さによっては、国一つを丸ごと加護してしまえるほどだ。
 彼女が花蘇利に来て以来、ありとあらゆる鳥の害がなくなった。里の田が(すずめ)に食い荒らされることも、漁で()った魚が水鳥(みずどり)(かす)め取られることも一切なくなった。それが彼女のもたらした恵みであるということは、誰が教えるまでもなく自然と国中に浸透(しんとう)していった。花蘇利の国は富み、国の民は皆、彼女のことを女神のように(あが)め、(した)うようになった。当初は鳥羽を妃とすることに反対していた臣下たちも次々に態度を(ひるがえ)し、むしろ鳥羽が決して記憶を取り戻さぬよう、萱津彦に協力するような有様となっていった。
 だが、そんな鳥羽が全てを思い出す時が、ある日突然(おとず)れる。それは七歳になった花夜が、出入りを禁じられた米蔵に忍び込んで遊んでいた時のことだった。花夜はその蔵の奥深く、厳重(げんじゅう)(かく)されていた鳥羽の巫女装束を、偶然に見つけ出してしまったのだ。
 幼い少女が今までに目にしたこともないような美しい衣裳(いしょう)を見つけて、身にまといたくなるのは自然なこと。そして、その姿を誰かに見せたいと思ってしまったのは無理も無いことだっただろう。しかしそれが鳥羽の、花蘇利の、そして花夜のその後の人生を狂わせてしまった。
「ねぇ母さま、見て見て。こんなきれいな(ころも)を見つけたの」
「まぁ……本当ね。きれいな衣」
 鳥羽は初めのうち、ただ無心に衣裳に見惚(みと)れていただけだった。だが、花夜が衣裳とともに見つけてきた五鈴鏡(ごれいきょう)を振り鳴らした途端(とたん)、表情が変わった。彼女はしばらくの間、食い入るようにその鏡を見つめていたが、やがて両手で顔を(おお)い、その場にうずくまってしまった。
「母さま!?どうしたの!?どこか痛いの?」
 たまたま鳥羽の元へと向かっていた萱津彦は、その声を聞きつけ部屋に飛び込み、花夜の姿を見るなり血相(けっそう)を変えた。
「何をしている、花夜!その衣裳をどこで見つけた!?蔵には入るなと言ってあったはずだろう!」
 思わず手を上げかけた萱津彦を、鳥羽は無言で制した。それから静かに立ち上がり、告げた。
「……思い出しました。全てを。私は、行かねばなりません。巫女として、国を救いに戻らねば」
 萱津彦は愕然(がくぜん)として妃の顔を見つめる。彼女は哀しげに微笑んで言った。
「私の真の名は、鳥羽(とわ)。ここより西の海辺にある『水鳥(みずどり)多集(すだ)羽真那国(はまなのくに)』の姫にして、鳥神様に仕える社首(やしろおびと)です。あの日、羽真那は隣国の兵に襲われて……私は一時難を(のが)れるため、舟に乗って神社を逃げ出したのです。いずれ機を見て再び(やしろ)に戻り、鳥神様をお助けするはずでした。けれど不幸にも嵐に()い、舟が沖に流され、供人(ともびと)も皆波にさらわれ、私も気を失ってしまいました。気がつけば花蘇利の浜に流れ着き、全てを忘れていて……。こうして何年もの月日が()ってしまいました」
「そうだ。あれからもう長い時が経つ。残念だが、お前の故郷が羽真那だと言うなら、その国は(すで)(ほろ)ぼされてなくなってしまったと聞いている。今更(いまさら)戻ったところで無駄(むだ)なことだ。(あきら)めて、このままここに居てくれ、花名女(かなめ)
 己が付けた(いつわ)りの名を呼び、萱津彦が必死の表情で取りすがる。だが彼女は首を横に振った。
「それでも、戻らねばなりません。あなたが花蘇利の首長(おびと)としてこの国を守らねばならぬように、私にも羽真那の最後の巫女として最期(さいご)(つと)めがあるのです」
「行けば殺されるぞ!敵国に()らわれた巫女がどんな目に()わされるか知っているのか!?」
「覚悟の上です」
「行かせない!行かせるものか!どうしても行くと言うなら、行けないように閉じ込めるまでだ!」
 萱津彦は鳥羽の手首を(つか)み、強引に宝物庫へと引きずっていった。そのまま鳥羽はそこに閉じ込められ、花夜もまた自室での謹慎(きんしん)を命じられた。だが、全てを思い出し、鳥神の巫女としての力を取り戻した鳥羽にとって軟禁(なんきん)場所を抜け出すことなど造作(ぞうさ)も無いことだった。鳥羽は時を見計(みはか)らって宝物庫を抜け出し、花夜の元へ別れの挨拶(あいさつ)(おとず)れた。
「花夜。これを渡しておきます」
 かつての巫女装束(しょうぞく)に身を包み、すっかり旅支度(たびじたく)を終えた姿となった鳥羽は、そう言って花夜に一面(いちめん)の鏡を渡した。鳥羽が花蘇利の浜に流れ着いた時に腰に()びていた五鈴鏡(ごれいきょう)だ。
「私はもう、あなたのそばにはいられません。これを私と思い、大切にしなさい」
「いやだ、母さま!行ってはいや!行かないで!」
 泣いて引き止める花夜の頭を()で、鳥羽は(こま)ったように微笑(ほほえ)んだ。
「そういうわけにはいきません。これは、私が私であるためにしなければならない(つと)め。私は羽真那の最後の社首(やしろおびと)。私が解放して差し上げなければ、鎮守神(ちんじゅしん)たる鳥神様は国と()わした鎮守(ちんじゅ)の契約により()の地に永久に(しば)られたまま、何処(どこ)へも行くことができません。私のことを実の娘のように可愛(かわい)がってくださっていた鳥神様を裏切ってこの国で平穏(へいおん)に生きることなど、私にはできないのです。……(ゆる)してね、花夜。あなたやあなたの父さまを(かな)しませるのはとてもとても(つら)いけれど、それでも、私は()の地へ戻ることを選ぶのです……」
 鳥羽がどんなに言葉をつくしても、花夜が納得(なっとく)することはなかった。とにかく鳥羽を行かせまいと、必死に衣を(にぎ)り続けた。鳥羽はそんな花夜を無理に振り払うことはせず、ただ彼女が泣き(つか)れて眠るまで、ずっと(ほお)や頭を()で続けた。
 次の朝、花夜が目覚めた時、(すで)に鳥羽の姿はどこにもなかった。そして彼女が生きた姿で花蘇利に戻ることは、二度となかった。
 最愛の妃を失った萱津彦の(なげ)きようと(いか)りは(すさ)まじいものだった。彼は花夜の頬を張り飛ばし、罵声(ばせい)を浴びせた。
「お前のせいだ!お前があの衣裳を引っ張り出してなど来なければ、花名女(かなめ)がこの国を去ることは無かったものを!」
「ごめんなさい、父さま。ごめんなさい。ゆるして……」
 泣きながら取りすがる花夜を、それでも萱津彦は許さなかった。これ以降彼は娘に対し、言葉をかけることも()れることもなくなった。父だけでなく周りの人間も、鳥羽の加護が無くなり秋の収穫(しゅうかく)が減ったことで、花夜に対する目を冷たくしていった。今まで自分たちが、真実を(いつわ)って鳥羽を花蘇利に引き止めていたことからは目を()らし、ただ鳥羽がいなくなったことに対する責任を、全て花夜一人に背負わせ責めたのだ。
 だがその一方で、鳥羽の娘である花夜が何らかの霊力を受け()いでいることに期待し、幼い花夜を社首(やしろおびと)に祭り上げようとする人間たちもいた。しかし、巫の加護は神と(ちぎ)りを結んで初めて効力を発揮(はっき)するもの。たとえ血を受け()いでいたとしても、鳥神と契りを結んでいない花夜がその加護を(あらわ)せるはずもなかった。
 社首にはなったものの、鳥羽のような霊力を一切(あらわ)すことのできない花夜は、やがて全てから見放され、かと言って首長(おびと)の姫という立場ゆえ、あからさまに冷遇(れいぐう)することも、一度()けた社首の座から特別な理由もなく()ろすこともできず、ハレモノのように(あつか)われることとなった。唯一の(なぐさ)めは、無事に務めを果たした鳥羽が死の間際(まぎわ)、残りの霊力の全てを(つい)やし、娘を見守る霊鳥へと姿を変えて舞い戻ったことだった。そうして花夜は、母の霊だけを唯一の味方とし、(たよ)る者の誰もいない国の中で一人、生き抜いてきたのだ。
 淡々(たんたん)と話されたその内容に、俺は激昂(げっこう)した。
「なんという身勝手な話だ。花夜、お前は国の(みな)(にく)まなかったのか?なぜ、お前をそんな目に()わせた国のために、危険な勧請(カンジョウ)の旅など引き受けたのだ!?」
「憎んでいないと言ったら、(うそ)になるのかも知れません。でも、私は皆を憎みたいわけではありません。だって、(だれ)かを憎むのは苦しいことだから……。憎まれるだけでも苦しいのに、自分まで憎しみに()まってしまったら、心の内が痛くて、苦しくて、自分で自分を傷つけてばかりで、とても生きていけません。私はきっと、ただ(かな)しいだけなのです。憎まれるのが、哀しくて、(つら)くて、憎しみではなく愛を向けて欲しくてたまらないのです」
 それは皮肉も(にが)みも何もかもが消えた、ただひたすらに静かで(おだ)やかな声だった。絶望などもはや味わい()くし、憎しみも何もかも(すで)に乗り()えてしまったとでもいうような声だった。
「私は、これまでずっと母のようになろうと努力してきました。言葉や仕草(しぐさ)真似(まね)てみたり、母のような霊力を得ようと巫女の修行に(はげ)んだり……。母のようになれれば、(みんな)が母に向けていたのと同じ想いを、私にも向けてくれると思ったからです。けれど、どれほど努力を(かさ)ねても、誰も私のことを(かえり)みてはくれませんでした。もうこれ以上、何を努力すれば良いのか分からなくて、苦しくて……ですから、父から勧請(カンジョウ)の旅を命じられた時、私は何のためらいもなくそれを承諾(しょうだく)したのです。鎮守神(ちんじゅしん)をお(むか)えすることができれば、皆が私を見る目を変えてくれると思ったから……」
 そこまで言って、花夜は顔を()せた。
「ごめんなさい、ヤト様。私はこのように卑小(ひしょう)な人間です。国のため、(いくさ)()けるためと言いながら、本当は国民に私のことを認めさせたいだけだったのです。……私のことを、軽蔑(けいべつ)なさいますか?」
 泣きそうな顔で、おそるおそる花夜が問う。俺は深々とため息をついた。
「するわけがないだろう。一緒にいたのは短い間だが、お前の心根(こころね)(ゆが)んでいないことくらい、とうの昔に知っている。皆に認められたい、愛されたいと思うことの何が悪いと言うのだ。お前が国を守り、争いを無くしたいと望んでいるのは本当のことだろう。そこに少しばかり個人的な望みが加わったところで大したことではない」
「ヤト様……」
 花夜は(うる)んだ目で俺を見た。遠慮(えんりょ)がちに俺の衣を(にぎ)り、花夜は()め息のように(ささや)いた。
「ありがとうございます。……ヤト様が、私の神様で良かった」

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倭風(和風)ファンタジー小説・花咲く夜に…
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