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第1話:夢見の島の眠れる女神
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第10章 悪夢に蝕まれる島(6)

 世界樹の切株(ユグドラシル・スタンプ)はその周囲を夢鉱石の谷や流星の谷などから成る円形の深い谷に囲まれ、その谷をさらに小高い山々が円く囲んでいる。ラウラは夢鉱石の谷の外側にある山の一つで絨毯を止めた。
 そこは草木の一本も生えない岩山で、斜面にはぽっかりと暗い洞窟が口を開けている。それは人の手により少しずつ掘り進められてできた坑道で、通称“瑠璃洞穴”。山の一部がとてつもなく巨大なラピスラズリでできており、時折それを削り出しに訪れる者はあるが、普段はほとんど人の行き来の無い場所だ。内部は蟻の巣穴のように枝分かれしており、その中には岩山を貫いて反対側の斜面へと繋がるトンネル状の道もできている。
「おい、こんな所に入ってどうするんだ?トンネルを抜けたところで谷の真上に出るだけだぞ」
「大丈夫。ここが一番の近道なんだよ。ついて来て」
 ラウラは躊躇もなく洞穴に足を踏み入れる。粗く削られただけの坑道には灯りなど一切無く、暗闇に包まれていた。
「夢より紡ぎ出されよ!“ウィル・オー・ザ・ウィスプ”!」
 ラウラは叫び、銀の匙杖(シルヴァースプーンワンド)を振る。杖の先からはいくつもの光球が生まれ、ラウラの周囲を明るく照らした。それを見て、フィグも銀の匙杖(シルヴァースプーンワンド)の先に夢雪(レネジュム)を振りかけ叫ぶ。
「夢より紡ぎ出されよ!“イグニス・ファトゥス”」
 杖の先からは妖しげにちらちら揺れる鬼火のような光の球が飛び出してくる。
 身体の周りをふよふよと漂う光の球を松明代わりに、二人はトンネルを奥へ奥へと進んでいった。
 周りの壁は全てラピスラズリ。まるで宵闇の空のような藍色の石の壁の中で、パイライトの微細な粒が光に照らされ、金の星を散りばめたかのようにきらめく。まるで夜空の中を散歩しているような不思議な空間を一時間ほど歩き続け、二人はやっとトンネルを抜けた。
 そこは、山の斜面を平らに整備して造った小さな展望台だった。眼下には急峻な崖とその下に広がる夢鉱石の谷、谷を挟んだ向こう側には世界樹の切株(ユグドラシル・スタンプ)――。景色は絶景と言うにふさわしいものだったが、つまりはこの先どこへも行けない行き止まりだ。空を飛んで向こう側へ渡ろうにも谷の上には不規則な風が逆巻いていて、下手な乗り物では風に煽られ墜落しかねない。
 フィグが「どうするんだ?」という顔で振り返ると、ラウラは崖の手前まで歩を進め、杖を振った。
「夢より紡ぎ出されよ!七夕伝承より“カササギの渡す橋”!」
 杖から飛び出した七色の光が次々と鳥に変わり、谷の上に一直線に並んでいく。無数に並べられた翼は、やがて谷の両岸をつなぐ一本の橋となった。七夕の夜、織姫と彦星が再会できるよう天の河に架けられるという伝説の橋だ。
 まるで手すりの無い吊り橋のようなその橋に、ラウラはごくりと唾を呑み込んだ。
「……すごく、高い。しかも長いよ……」
「でも行くしかないだろ。自分で紡いだくせに何ビビッてんだ。マイナスイメージは夢晶体(レクリュスタルム)に悪影響を及ぼすんだからしっかりしとけよ」
「うん。それは分かってるんだけど……。でも高い所恐いっていうのは本能的なものだし……」
「だったら恐くないように橋の横幅をもうちょい補正しろよ。あと、この橋は一人や二人渡ったくらいでびくともしない頑丈なものだってちゃんとイメージしとけ」
 厳しい口調で次々と注文を出しながらも、フィグは当たり前のようにラウラに手を差し出す。
「ほら、手ぇ引っ張ってってやるから。行くぞ」
 ラウラは一瞬目を見開いた後、満面の笑みでフィグの手を握りしめた。
「うんっ」

 何の気なしに手を差し出し、それに応えてラウラがおずおずと手を握ってきた瞬間、触れた手のひらから痺れるような甘酸っぱい感覚が走り抜け、フィグは戸惑った。
 同時に、祭前日の浜辺での光景が脳裏に閃くように蘇る。
 忘れていたわけではないが、これまで無意識のうちに考えないようにしてきたことをうっかり意識してしまい、フィグは今更ながらに動揺する。
「じゃあ……行く、か」
 心の内を悟られぬよう、わざと素っ気なくそう言って、フィグは橋を渡りだす。心臓がやけに大きく脈打っているが、それが高い橋の上を歩いているせいなのか、別の何かのせいなのか、フィグには判別できなかった。
「うん」
 答えるラウラの声には何故かいつもの元気さが足りないように感じられた。振り返れば、フィグの耳が真っ赤に染まっていることに気づいたラウラの、恥じらいと照れを何とか噛み殺そうとして、しかし全くできていない表情を確認できたはずだが、ラウラの姿を極力見ないよう前だけを向いて進むフィグはそれに気づくことができなかった。
(何だ、今の元気無さげな声。もしかして俺、嫌がられてないか?……やっぱ、あの時はいろいろとやらかしちまったよな。あのこと結局、こいつはどう思ってんだ?『結婚してもいいくらい好き』とは言われたけど、こいつ精神的にはまだまだお子ちゃまっぽいしな……)


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このページは津籠 睦月による児童文学風オリジナルファンタジーWeb小説「夢の降る島」第1話夢見の島の眠れる女神の本文ページです。
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