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第1話:夢見の島の眠れる女神
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第10章 悪夢に蝕まれる島(7)

 そんなことをぐるぐると考えながら橋の三分の二ほどまで渡った時、ふいにラウラが後ろから硬い声で問いかけてきた。
「……ねぇ、フィグって、走るの得意だったよね?」
「は !? ああ、まぁ、得意な方だが……」
 質問の意図がまるで分からないままとりあえず答えると、ラウラは硬い声のまま言葉を続ける。
「あのね……、ちょっと橋を渡るスピード、速めた方がいいかも。私達が通ってきた後ろの方……なんかちょっとずつ、黒くなってる気がするんだけど」
「は !? 」
 驚いて振り向くと、橋の出発地点の辺りに見覚えのある黒い泡がぷくぷくと浮いているのが見えた。
「“悪夢(コシュマァル)”か !? まさか、この橋を染める気なのか !? 」
 見ている間にも泡は橋を構成するカササギたちに取りついていく。その躯は黒く染まり、別のものへと変貌していく。
「カササギたちが……カラスに変わってく!」
 ラウラが悲鳴のような声を上げた。
 カラスに変わった鳥たちは、橋の形を保つことを放棄し、次々と空に飛び立っていく。
「走って!フィグ!橋がなくなっちゃう前に向こう岸に渡らないと!」
「ああ!」
 フィグはラウラの手を強く握り直すと、カササギの橋の上を必死に走り出した。
 ふたりの激しい足音と荒い呼吸、背後で飛び去るカラスたちの羽音ばかりがその場に響く。
「フィグ、手を放して……っ。私を引っ張ってたら、フィグまで遅くなっちゃう……っ」
「ばかっ!そんなこと、できるわけないだろ……っ!」
 悪夢(コシュマァル)の浸蝕は徐々に速度を上げていく。フィグも全力で走ってはいるが、元々運動の得意ではないラウラの手を引いているため思うようにスピードを出せてはいなかった。
「大丈夫っ、私なら、夢術(レマギア)で何とかするから……っ。足場がなくなっても落ちて死なないように頑張るから……っ」
悪夢(コシュマァル)に追いつかれること前提で言うなよ!」
 フィグは舌打ちすると、腰にぶら下げていたガラス瓶の蓋を走りながら片手で器用に開け、中に詰まっていた夢雪(レネジェム)をつかみ出して叫んだ。
「夢より紡ぎ出されよ!『西遊記』より“如意棒”!」
 フィグの手の中で白銀の光が弾け、美しく装飾された一本の棒が出現する。フィグはそれを片腕で構え、再び叫んだ。
「伸びろっ!如意棒!」
 如意棒は白銀に光りながら世界樹の切株(ユグドラシル・スタンプ)へ向け矢の速度で伸びていく。やがてそれは山の斜面に到達し、深々と地に突き刺さった。
「つかまれ!ラウラ!」
「う、うんっ!」
 促され、ラウラはつないでいた手を離し、両腕で如意棒にしがみついた。
「縮め!如意棒!」
 フィグの叫びに応じて、如意棒はふたりをぶら下げたまま世界樹の切株(ユグドラシル・スタンプ)の方へと猛スピードで縮んでいく。
「ひゃぁああぁあぁっ!」
 ラウラはその速度にたまらず悲鳴を上げた。
「やだっ!ちょ……っ、速過ぎるよっ!つかまってられない……っ!」
「我慢しろ!もう少しで着く!」
「でも、汗で手が滑って……っ、あ……っ!」
 あとほんの数mで斜面に到達するという寸前で、ラウラは手を滑らせた。その指が如意棒から離れ、ラウラは谷底へ向け落ちていく。
「嫌ぁあぁぁぁぁぁっ!」
「ラウラっ!」
 先に斜面に辿り着いたフィグはすぐさま如意棒から手を離し、再び腰のガラス瓶に手を突っ込んだ。
「夢より紡ぎ出されよ!“髪長姫(ラプンツェル)”!お前の髪を垂らしてくれ!」
 その場に夢雪(レネジュム)をばら撒くと、光が弾け、途方もなく長い髪の乙女が現れた。彼女が頭を振ると、その髪は白銀の光を振り撒きながら谷底へ向かって零れ落ち、落下していくラウラの身を絡め取るように巻きついていく。
 フィグはラプンツェルと二人がかりで何とかラウラの身を引き上げる。
「……ありがとう、フィグ、ラプンツェル」
 ラウラが礼を言うと、ラプンツェルは微笑みながら白銀の光の中に消えていった。 

「さて、と。ようやく世界樹の切株(ユグドラシル・スタンプ)に着いたわけだが……」
 フィグは言いながら雲に包まれた世界樹の切株(ユグドラシル・スタンプ)の頂上付近を見上げ、しばらく沈黙した。
「これからどうするんだ?地道に登山していくのか?」
 なるべくなら他の手段があって欲しい、と言いたげな顔でフィグはラウラを見た。
 世界樹の切株(ユグドラシル・スタンプ)は草木の一本も生えていない岩山で、しかもその斜面はかなりの傾斜を持っている。普通に登山するとしたら、とてつもない苦難が待ち受けていることは目に見えていた。
「ううん、道を開いてもらうから大丈夫。ちょっと待ってて」
 落下の衝撃から立ち直り、ようやく呼吸を整えたラウラがその場に立ち上がり、世界樹の切株(ユグドラシル・スタンプ)の頂へ向け声を張り上げる。
夢見の女神(レグナリア・レヴァリム)様!夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)・ラウラが来ました。あなたの元へ続く道を開いてください!」
 直後、何もなかったはずの虚空から蛍火のようにふわふわと無数の虹色の光が湧き出してきた。それは螺旋状に世界樹の切株を取り巻き、何かの形を成していく。
 やがて光が治まると、そこには世界樹の切株(ユグドラシル・スタンプ)の頂へ向かって伸びる螺旋階段が出来上がっていた。しかもその材質は鉄でもコンクリートでもなく、オパールのように光の加減で虹色にきらめく白い石。おまけにその階段は何の支えも無く宙に浮かんでいた。
「これが……夢見の女神(レグナリア・レヴァリム)の元へ続く道?」
「うん。行こう、フィグ。ぐずぐずしてたら、また悪夢(コシュマァル)に襲われちゃうし」
「ああ」
 頷き、フィグはラウラに続いて虹色の石の階段を上り始めた。


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このページは津籠 睦月による児童文学風オリジナルファンタジーWeb小説「夢の降る島」第1話夢見の島の眠れる女神の本文ページです。
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