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第1話:夢見の島の眠れる女神
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第10章 悪夢に蝕まれる島(5)

「じゃあ、今まで島に現れてきた悪夢(コシュマァル)も、全て“向こう側”の人間が生み出したものなのか !?」
 フィグは戦慄する思いでラウラに問う。
「……うん。今までは、こうして島に現れる前に女神様の御力で浄化されてきたんだけど、女神様の御力が不安定になっているせいで、浄化しきれなくなって、島になだれ込んで来ているんだよ」
「そんな……。俺だって、向こう側が夢と希望に満ちた世界だなんて思っちゃいなかったさ。けど、それにしたって……、こんなに醜くて、冷たいものなのか?向こう側は……」
「嫌わないであげて、フィグ。確かに悪夢(このこ)たちは、私たちを攻撃しているようにも見えるけど……だけど本当は、苦しくて、もがいているだけなんだよ。悪夢(コシュマァル)の源は、あらゆる人たちの心の悲鳴や、苦しくてどうにもならない気持ち。だから希望や救いを求めて、明るくてきらきらした“夢”に寄って来るんだよ。だけど私たちの紡ぐ夢は、悪夢(このこ)たちを救ってあげられるほど強いものばかりではないから……、取り込まれて、逆に悪夢(コシュマァル)を増大させてしまったりするんだけど」
 ラウラのその言葉を証明するかのように、よく耳を澄ませば悲鳴が聴こえる。冷たく攻撃的な言葉の中に、溶け混じって消えてしまいそうにか細く、悲痛な声が聴こえる。
『タスケテ』『ダレデモイイカラ僕ヲ見ツケテ』
『ドウシテ誰モ、タスケテクレナイノ』
『モウ誰モ、シンジラレナイ』
『イッソ全部、キエテシマエバイインダ。皆モ、僕モ』
 ラウラは魔法の絨毯の上に立ち上がり、決意を秘めた眼差しで口を開いた。
「助けるよ。……ううん、本当に助けられるかどうかは分からないけど、でも、私にできる限りのことをする。だから、私は夢を紡ぐよ」
 ラウラは大きく息を吸い込むと、嘲りと嘆きに揺れる花々へ向け銀の匙杖(シルヴァースプーンワンド)を一閃させた。
「夢より響き渡れ!“小さな世界(イッツ・ア・スモール・ワールド)”!」
 (ワンド)の先から七色の光が放たれ、四方へと飛び散っていく。それはまるで波紋が広がるように、花園の果てまで広がっていった。
 光を浴びた花々は、元の色を取り戻し弾むような声で歌を歌い出す。花園を満たしていく明るいメロディーに、フィグは呆然と聞き入った。
 それは、幼い頃に聴いたことのある歌だった。幼い頃、何の気無しに歌い、歌詞の意味など深く考えもしなかった歌だった。
 “世界は一つ”と歌う希望の声に包まれながら、ラウラはぽつりと呟いた。
「世界中、どこで生まれても、育ちも考えも何もかも違っていても、みんな、楽しいことがあれば笑うし、悲しいことがあれば泣く……根っこの部分は何も変わらない、同じ人間なのにね。誰もがみんな、それぞれに与えられた人生の中で必死に“今”を生きているだけなのにね。それさえ分かっていれば、どんな違いがあっても、結局は分かり合えなくても……、それでも、ままならない世界で一緒に足掻いている者同士、悲しみや喜びを共有できるはずなのに……。どうしてすれ違ったり、傷つけ合ったりしちゃうんだろうね……」
「ラウラ、お前は……この歌を、そんな風に聴いてきたんだな」
 フィグの声に、ラウラはそれまでの深刻な態度を照れくさく思ってか、誤魔化すように小さく笑った。
「子どもっぽい、かな?でも、私以外にもそんな風に思ってる人がいたからこそ、こんな歌が作られたんだと思うんだ。どんな時代にだってきっと、希望を信じて夢を謳う人はいるよ。私もそれを信じて、繋いでいきたいんだ。途絶えないように、消えてしまわないように、夢を伝えていきたいんだ」
 花たちの歌う“小さな世界(イッツ・ア・スモール・ワールド)”に送られて、魔法の絨毯は花歌の園を抜けていく。だが花園を出る間際、地からポッと黒い泡が湧いて、花々の一部を再び黒く染め上げた。
『信ジナイ。皆仲良クナレルナンテ、タダノ夢ダ。現実的ジャナイ』
 ラウラの言動を否定するかのようなその声に、フィグは気遣わしげにラウラを振り返る。だが、ラウラは傷ついたような様子も哀しげな顔も一切見せず、ただ静かに前を見つめていた。
「『ただの夢』か……。確かにそうかも知れないね」
 ラウラは花たちに語りかけるように静かに唇を動かす。
「だけど、どんなに具体的な目標も、どんなに途方もない理想も、叶えられるまではみんな『ただの夢』でしかないよ。今、当たり前に目の前にあるものだって、始まりはどこかの誰かの『夢』だったんだ。自動車も、飛行機も、電灯も、数多くの病気を治せる医療も、国の仕組みやルールを変えることさえも……。時には他人に嘲笑(わら)われて、時には壁にぶつかってくじけそうになりながらも、必死に夢を叶えてきた人たちがいるから、今のこの世界があるんだ。誰もが皆、叶うかどうかも分からないまま夢を追いかけて……、そうして積み重ねられてきた努力や苦労の一つ一つが、歴史や文明を紡いでいくんだよ。頑張っても叶えられない夢は確かにあるよ。でも、夢を見ることすらしなかったら何も始まらない。誰かが世の中を変えてくれるのを待ち続けて、期待を裏切られたと嘆くより、私は、笑われても夢を追いかける方を選びたい。そうじゃないと、少なくとも私は、後悔すると思うから……」
 黒く染まった花たちは、ラウラの言葉にふるり、と震えた。だがその後を見届けることなく、絨毯は花園を通り過ぎていった。


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このページは津籠 睦月による児童文学風オリジナルファンタジーWeb小説「夢の降る島」第1話夢見の島の眠れる女神の本文ページです。
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