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第1話:夢見の島の眠れる女神
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第11章 悪夢の卵(1)

「ここの出口は“雲の果て(クラウズ・エンド)”って呼ばれててね、雲海の上に出るための“天使のはしご”があるんだよ」
 記憶を探るように沈黙した後、ラウラは教えられた説明をそのままなぞるような口調でそう言った。
「……“天使のはしご”って言ったら普通は雲の切れ間から差し込む光のことじゃないのか?まぁ、こうして雲の中を歩けてるくらいだからな。何があっても不思議じゃないか」
「うん。この島は半分そういうもの(・・・・・・)でできてるからね」
「……そういうもの(・・・・・・)?半分って、どういう……」
 引っかかりを覚えて聞き返そうとしたフィグだったが、その言葉はラウラの歓声によってかき消された。
「あったぁ!フィグ!見てっ、天使のはしご!」
 ラウラの指差す先にあるものは、白霧を切り裂くように差し込む幾筋かの光だった。金色のスポットライトのようなその光の中に足を踏み入れると、ふわりと身体が宙に浮き、上へ上へと昇っていく。
「何か、これ……天へ召されてるみたいでアレだな」
 自分で想像したイメージに自分でげんなりするフィグの表情には気づかず、ラウラは満面の笑みでうなずく。
「うん!楽しいね!」
「いや、そういうんじゃなくて……」
 フィグは説明しようと口を開いたが、ラウラのあまりに楽しそうな顔にそのままその口を閉ざした。
「……ま、いっか」
 二人の身体は白霧に包まれた空間を抜け、ふわふわした雲の大地の上にゆっくりと着地した。そこに広がる光景に、二人とも思わず言葉を失い、見惚れる。
 その場所は今、ただ一つの色に染め上げられていた。見渡す限りの雲海も、雪の積もった山の頂も、二人の頭上に広がる空も、全てが沈み行く太陽の光を浴びて茜色に輝いている。
「フィグ!見て見て!雲の上のお花畑!」
 ラウラがはしゃぎ声を上げて雲海の上を駆け回る。そこには雪のように白銀に輝き、タンポポの綿毛のようにふわふわと柔らかい不思議な花が群れ咲いていた。
「……この花、夢雪(レネジュム)に似てるな」
 しゃがみ込んでじっと観察し、フィグはそっとその花に触れてみる。
「うん。これは夢雪(レネジュム)と同じものだよ。“夢雪花(レネージュ・ブルーム)”って名前で、夢雪と違って溶けないから便利なんだ。雲の上でしか育たないのが難点だけどね」
「しかし、もう夕暮か。暗くなってからの登山は危ないし、今夜はここで野宿するしかないか?」
「いいね!いいね!お花の寝台(ベッド)に横になって、星を見ながら眠るんだね!」
「お前な、少しは不安とか緊張感とか無いのか?『寝ている間に悪夢(コシュマァル)に襲われたらどうしよう』とか」
 どこまでもポジティブなラウラの発言に、フィグはついツッコミを入れずにはいられなかった。
「うーん……、確か雲海が障壁(バリア)になってくれてるから、ここまでは悪夢も上ってこれない……、っていうようなことを夢見の女神(レグナリア・レヴァリム)様に聞いた気がするんだけど、うろ覚えだから、本当かどうか分からないな」
 ラウラはいかにも自信が無いというようにうつむいて見せる。
「お前な、そういう重要なことをどうしてちゃんと記憶してないんだ」
「だって夢の中でいっぺんに説明されたんだもん。全部をちゃんと覚えきるなんて無理だよ。でも大丈夫!いざという時のために二人でかわりばんこに眠ればいいよ。ちょうど私はさっき雲海の中で一休みしてたから全然眠くないし。フィグが寝てる間はしっかり見張りしておくから!」
「一休みどころか熟睡してたじゃないか。だが、そういうことなら先に休ませてもらうことにするか。さすがに俺も疲れたしな」
 文句を言いながらもフィグの手は既にてきぱきと野営の準備を進めている。雲の上だというのに山から吹き下ろす風は春のようにあたたかく、肌寒さを感じない。野外調理で作った夕飯を不味いだの美味しいだの言いながら二人でつつき、花の海に横になって柔らかな風に頬を撫でられるうちに、フィグの頭に常に居座っていた緊張感はとろとろと溶け出していった。代わりに昼の間の疲れがどっと襲ってきてまぶたを重くする。
「……いいか、ラウラ。何かあったらすぐに俺を起こすんだぞ。自分一人で解決しようとか思うなよ。絶対に……」
 眠りに落ちる直前、フィグはラウラにそう念押しした。
「うん。分かってるから、大丈夫だよ」
 返ってきた声はどこかラウラらしくなく硬いものだったが、それに疑問を覚えるよりも先に、疲労感と眠気が波のようにひたひたと押し寄せてきた。暴力的なまでに抗いがたく、それでいて全身を真綿でくるまれていくかのようにふわふわと心地良いその感覚に、フィグは逆らうこともできず眠りに堕ちていく。その姿をすぐそばでラウラが、思いつめたような顔で見守っていることも知らずに……。


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このページは津籠 睦月による児童文学風オリジナルファンタジーWeb小説「夢の降る島」第1話夢見の島の眠れる女神の本文ページです。
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