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ファンタジー小説|夢の降る島

第1話:夢見の島の眠れる女神
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第10章 悪夢に蝕まれる島(10)

「じゃあ行くよ!夢より紡ぎ出されよ!『ジャックと豆の木』より“雲まで伸びる豆の木”!」
 ラウラが銀の匙杖(シルヴァースプーンワンド)を大きく振ると、その軌跡を描くように虹色の光の粒が次々と現れ、地面に吸い込まれていった。直後、土の中からひょこりと緑色の芽が顔を出す。それは凄まじいスピードで生長し、天へ向かって伸びていった。
「よ……っ、と」
 茎がある程度まで太くなったところで、二人は素早く豆の木に飛びついた。そのまま両手両足でしっかりとしがみつく。あとは生長する豆の木が自然と二人を雲の高さまで押し上げてくれるはずだった。
「自分で紡いでおいて何だけど……これ、思ったより怖いね」
 上昇のスピードに耐えるように必死に蔓につかまりながら、ラウラは恐怖を押し隠すように強張った笑みを浮かべていた。
「落ちるなよ、ラウラ。今は両手がふさがっていて助けられないからな」
 高みの景色を眺めるような余裕も無く、悪夢(コシュマァル)に妨害される間も無く、二人は気づけば雲の真下まで来ていた。
「あ、そうだフィグ。気をつけて。雲の中はきっと……」
 ラウラはそこでやっと思い出したというように口を開く。だが言い終わるよりも早く、二人は雲の海へと突入していた。
 密度の違う空気の層を突き破るような感覚とボフッという音とともに、視界が白一色に染まる。濃い水蒸気が体中の孔という孔からなだれ込んでくるようで、フィグは思わずきつく目を閉じていた。
 それからどれだけ経ったのか、ふいにフィグの手足から豆の木の感触が消え失せた。何が起こっているのか把握する間もないうちに、フィグの身体は空中に投げ出され、直後、妙にふわふわした綿のような物体の上に転がり落ちた。
「な、何だ !?」
 目を開けて辺りを見渡すが、そこはほんのわずかの先も見通せぬ深い霧の中だった。地面は綿のようにもこもこしていて柔らかく、おまけに水に浮いているかのように微妙に揺れていて安定感が無い。
「まさかここはあの雲の中なのか……!? おい、ラウラ。さっき言いかけてた、雲の中がどうのっていうのは何なんだ?ここのことを言ってたのか?」
 さっきまですぐそばにいたはずのラウラに、フィグは当然のように話しかける。だがいくら待ってみても答えは返らない。
「ラウラ……!?」
 立ち上がり、手探りで辺りを探ってみる。だが四方を探してもラウラの姿どころか気配さえも感じられない。
「ラウラ!おい、いないのか !? どこへ行ったんだ !?」
 一瞬で血の気が引く。フィグは突き動かされるように走り出していた。
「ラウラ!どこにいる !? 俺の声が聞こえないのか !?」
 両手で霧を掻き分けながら、走っては叫び、叫んでは走る。だがどこまで行っても白一色の世界の中、漂う霧が濃くなったり薄くなったりする程度で、景色は全く変わらない。真っ直ぐ走っているのか、そもそも先へ進んでいるのかどうかすら分からなかった。
 方向感覚も時間の感覚もまるで無く、ただ闇雲に走り回り、やがてフィグは疲れ果ててその場にへたり込んでしまった。
「くそ……っ!」
 苛立って地を叩くが、その拳はふわふわした綿のような物体にやんわりと受け止められ、物を殴りつけたという感触すら得られなかった。
(このままじゃ埒が開かない。考えろ、何か方法はあるはずだ。ラウラを見つけ出す方法……)
 頭を掻きむしりながら考えるが、どうしても使えそうな方法が思いつけない。
「くそ……っ、そもそも何で命綱の一本くらい結んでおかなかったんだ!」
 今更どうにもならないと知りつつ過去の自分をなじって叫び――、その自分自身の叫びにフィグはハッと目を見開いた。
命綱(・・)――二人を結ぶ(ロープ)、か……!もしあの夢(・・・)が本当なのだとしたら……)
 フィグは立ち上がり、自分の足首をじっと見つめた。母に渡されたペンダントを銀の匙杖(シルヴァースプーンワンド)に変化させ、腰に下げた瓶に手をかける。
(だが、あれが本当にただの夢だったらどうする?俺の相手があいつだっていうのが、単なる俺の願望が見せた夢なのだとしたら……)
 心に湧いた不安と迷いが、フィグにその先の行動を躊躇わせる。だがフィグは頭を激しく振ってそれを吹き飛ばした。
(考えても仕方のないことだろうが!今はこれしか方法が無いんだ。やってみるしかないだろう!)
 フィグは改めて銀の匙杖(シルヴァースプーンワンド)を構え直すと、そこに瓶の中の夢雪(レネジュム)を振りかけ、叫んだ。
「夢より紡ぎ出されよ!『太平広記(タイピンクァンチィ)』より“紅線(ホンシェン)”!」
 直後、白銀の光がフィグの片足に絡みつき、その足首に微妙な重さが加わった。だが光が弾けた後そこに現れたのは、いつかの夢の中でみたあの赤色の縄ではなかった。
(これは……足枷と、鎖 !? どういうことだ !? 紅線(ホンシェン)は赤い縄のはず……。確かにこの足枷と鎖も赤い色をしているが……)
 フィグの足首には血のように鮮やかな赤色をした足枷が、がっしりとはまっていた。さらにその足枷からは、同じく赤い色をした鎖が白い地を這い遠く霧の向こうまで伸びている。
(足枷と、鎖……。これはどういう意味なんだろうな。縄より強い運命で結ばれているということか?それとも…………。いや、考えたところで答えなんて分かるはずもないか。とりあえずはこれを辿っていってみるだけだ)
 フィグは地面から鎖を拾い上げ、それを手繰るようにして歩き出した。どれくらい歩いたのか分からない。数時間にも、永遠のようにも思える時間の果てに、フィグはようやく見覚えのある輪郭を霧の向こうに見出した。
「ラウラ……!」
 その姿が地に横たわっているのに気づき、フィグは蒼白になって駆け寄る。抱き起こそうと肩に手をかけ……、だがすぐにフィグは脱力してその場に座り込んでしまった。
「……まったく。どこまで暢気な奴なんだ、お前は」
 口では文句を言いながらも、フィグは深い安堵の息を漏らす。そんなフィグの目の前で、ラウラはふわふわした地面の上に身を丸め、安らかな寝息をたてていた。フィグはそっとその頬に触れ、あたたかな血が通っていることを確かめる。そしておもむろにその耳元に口を寄せ、たっぷりと息を吸い込んでから、叫んだ。
「ラウラ!おい、ラウラ!起きろ!いくら何でもマイペース過ぎるぞ、お前!」
「え……っ !? 何、何……っ !? 何事……っ !?」
 ラウラはびくっと身体を揺らし、慌てふためいて跳ね起きた。そして寝ぼけ眼で辺りを見回した後、不思議そうにフィグを見つめる。
「ん……?あれぇ?フィグ?どうしてここにいるの?」
「どうしてって、お前の方こそ、どうして思いきり寝てるんだ。こっちは必死に探し回ってたってのに」
 それまでの焦燥感と苦労を思うと、ついつい口調が厳しくなる。そのあからさまな叱責口調にラウラは頬をふくらませた。
「私だってちゃんと探し回ってたよ。でもそのうちに歩き疲れて、少し休もうと思って横になったら、地面があまりにふかふかで気持ち良くて………………その、気がついたら眠っちゃってた、みたい……?」
 言いながら、さすがに自分でも悪いと思ったのか、ラウラの視線は申し訳なさそうに下へ下へと下がっていった。その目がふと、足首にはまった赤い足枷をとらえる。
「あれ……?何、これ」
 ラウラは不思議そうに赤い鎖を持ち上げる。フィグはぎくりとしたようにラウラから目を逸らした。それに呼応するように、赤い鎖と足枷も白銀の光を散らして消滅する。
「フィグが紡いだ夢晶体(レクリュスタルム)だったの?何かの神話とか伝説に由来するもの?足と足をつなぐ鎖なんて、そんな話あったっけ?」
「えーと……それは、その……な。いわゆるアレだ。運命の赤い糸ってのは、大元のオリジナルでは小指じゃなくて足首に結ばれてるものらしいぞ。本当は鎖じゃなくて縄のはずなんだが。つまり、その……そういうことだ!」
 誤魔化すように早口に説明するフィグの顔は、真っ赤に染まっていた。ラウラは初め意味が分からないというように呆けた顔をしていたが、すぐにその顔がフィグと同様真っ赤に染まる。だがそれは一瞬のことだった。すぐにその顔は思いつめたような険しいものへと変化していったが、目を逸らしたままのフィグには全く見えていなかった。
「足枷と鎖、か……。まるで、呪いみたいだね」
 呟かれたその囁きはラウラにしては珍しく、暗く翳りを帯びていた。
「ラウラ?」
 思わず聞き返すフィグに、ラウラはわざとのように明るい笑顔を向ける。
「ううん、何でもない。ゴメンね、説明が間に合わなかったよね。ここは“迷いの雲海”。普通の島民が無闇に夢見の女神(レグナリア・レヴァリム)様に近づかないように創られた雲の迷宮なんだ。ただ一つだけある正しい出口に辿り着かないと、先へは進めないんだよ」
「迷宮……?これが、か?霧でよく見えないが、さっき走り回った時には何も無いだだっ広い空間としか思えなかったんだが」
「でも、すぐそばにいたはずの私ともはぐれちゃったでしょ?この迷宮の霧の壁にはいくつもの転送門(ワープゲート)が仕込まれてて、知らずにくぐると全然別の場所へ転送されちゃうんだよ。だから正しい道順で行かないとダメなんだ」
 言いながらラウラは前髪からヘアピンを引き抜き、銀の匙杖(シルヴァースプーンワンド)に変化させて叫んだ。
「夢より紡ぎ出されよ!ギリシャ神話より“アリアドネの糸”!」
 (ワンド)から飛び出した虹色の光は一本の長い麻糸を束ねた糸玉へと変化し、ラウラの手の中に落ちてくる。
「“アリアドネの糸”……英雄テセウスミノタウロス迷宮(ラビュリントス)を脱出する時に使った糸、か」
 呟くフィグの目の前で糸はひとりでにするすると解け、道筋を示すように二人の行く先に向かって伸びていく。
夢見の女神(レグナリア・レヴァリム)様がアリアドネの糸を使って正しい道を教えてくれてるよ。行こう、フィグ」
「ああ。だが、その前に……」
 フィグは歩き出そうとするラウラの手をとっさに捕まえ、握りしめた。
「……フィグ?」
 きょとんとした顔で振り向くラウラに、フィグはそっぽを向いたまま口を開く。
「……またはぐれたら困るだろうが」
 そのぶっきらぼうな物言いに、ラウラはこっそり笑った後、ぎゅっと手を握り返した。
「うん、そうだね」


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