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花咲く夜に君の名を呼ぶ

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第八章 雨下の攻防(5)

 俺たちの決心を聞いた泊瀬(はつせ)海石(いくり)は当然のことながら大いに喜び、すぐに水神解放へ向け準備を始めた。
鎮守神(ちんじゅしん)様は大宮の南西の方角(ほうがく)水波多(みずはた)の丘にある別宮(べつぐう)荒水宮(あらみのみや)』にいらっしゃいます。結界は八乙女の()んだ神か精霊に守られているでしょうから、どうしても(たたか)いを()けることはできませんが、そこに至るまでの間に()らぬ(さわ)ぎを起こしたくはありません。ですのでまず我々は、大宮からの使者を(よそお)うことにいたしましょう」
 水神の封じられている結界までの道筋は、元八乙女である海石が案内することになっていた。海石は大宮で得た知識を元にてきぱきと計画を立てていく。
「大宮からの使者を装うためには、まずはそれらしき装束(しょうぞく)と、門を守る衛士(えじ)に見せる割符が必要です。使者の名目は『贖物(あがもの)(ささ)げるため』とでもするのがよろしいかと存じますわ。衛士とは私が話をいたしますから、お二方は用意した装束をお召しになって私の後ろについてきてくだされば結構です」
 言って海石は花夜と泊瀬を見る。二人は神妙に頷いた。
「その他に用意しなければならないものは、別宮に入った後に辺りを照らすための松明(たいまつ)と、贖物(あがもの)に見せかけるための宝物(ほうもつ)……これはヤトノカミ様に大刀(たち)の形におなりいただければ丁度(ちょうど)良いかと存じます……それと、甘葛(あまずら)ですわ」
 最後にさらりと付け加えられた物に、泊瀬が思わず疑問の声を上げる。
「甘葛?甘葛が一体何に必要なんだ?唐菓子(とうがし)でも作るのか?」
「ええ。その通りです。唐菓子を作るのですわ」
「は!?」
「そのうち分かりますわよ。それまで楽しみにしていてくださいな」
 わけが分からないという顔の俺たちに、海石は悪戯(いたずら)っぽい笑みを向ける。
 こうして何やかやと準備にばたばたしているうちに、ついにその日はやって来た。
「ちょっと待て、何だこれは!聞いていないぞ!」
 渡された『大宮の使者の装束』を手に、泊瀬が悲鳴に近い声を上げる。
「あら、私はちゃんと申し上げましたわよ。『用意した装束をお()しになっていただく』と」
「女物の装束だとは聞いていない!」
「まぁ、何をおっしゃいますの。男子禁制の大宮に仕える者と言えば女に決まっていますわ。この国の王子(みこ)たるあなた様であればお気づきになられて当然のことですのに」
瑞穂国(ミヅホノクニ)のヤマトタケルの例でもあるまいし、叔母(おば)が実の(おい)に女装をさせてくるとは思わないだろう、普通は」
 泊瀬はげんなりと肩を落とす。その背後からおずおずと、その装束を身にまとった花夜が出てきた。
「あの……どうでしょうか?きちんと着られていますか?」
 それは水縹色(みはなだいろ)の絹地に青海波(せいがいは)の模様の背子(からぎぬ)が特徴的な衣裳だった。海石によるとこれは大宮に仕える采女(うねめ)の衣裳なのだと言う。
 采女(うねめ)とは大宮での雑務などをこなす下級巫女のことで、国内の有力氏族の姫達がそれぞれの一族を代表して宮に上がり務める。下級(・・)巫女とは言え、無事に大宮での修行を終え故郷へ帰った暁には、一族内での祭祀の一切を取り仕切る巫女として(あが)められることとなる、身分の高い少女(おとめ)達だ。
「あら花夜姫、それではいけませんわ。(えり)(あわ)せの結び(ひも)は、結ばずに胸の前で長く()らしておくのが今の流行(はや)りですのよ」
 海石はいそいそと花夜に歩み寄り、(ちょう)の形に()わえられていた胸元の紐を解き垂らす。
「髪にも少し飾りが要りますわ。花夜姫の清楚(せいそ)さを引き立てるには、あまり派手な花でない方がよろしいですわね。……小百合(さゆる)の花などはいかがでしょう?」
 海石はまるで自分のことのように甲斐甲斐(かいがい)しく花夜の世話を焼く。一方の花夜は恐縮(きょうしゅく)するばかりだった。
「あの、別宮へ入るためだけの仮の装束なのですから、そのように飾り立てていただかなくても……」
「あきらめて大人しく(まか)せた方がいいぞ。海石姫はかなり頑固(がんこ)だからな。あんた、すっかり気に入られたみたいだな」
 花を探しに庭へ出て行く海石を見送り、泊瀬が横からこっそり(ささや)く。
「気に入っていただけるのは(うれ)しいのですけど……」
 困惑した表情の花夜に泊瀬は苦笑して告げる。
「海石姫があそこまで楽しげなのは久しぶりなんだ。あの姫もあれで結構苦労してきたからな。あんた、海石姫のかつての友人に少し似ているんだよ」
「そうなのですか」
 『かつて』という部分に(ふく)みを感じたのか、花夜は気遣(きづか)わしげな顔で海石の去っていった方を見つめる。
「まぁとにかく、ここは一つ我慢(がまん)して海石姫に着飾られてくれ。俺も我慢して着るから」
 引きつった顔で采女(うねめ)の衣裳を手につまむ泊瀬をじっと(なが)め、花夜は元気付けようとでも思ったのか、にこりと笑って(くちびる)(ひら)いた。
「大丈夫です。泊瀬王子(はつせのみこ)様はまだお若いですから、伝説のヤマトタケルノミコトとまでは行かなくても、それなりには見えますよ。その衣裳」
 その花夜らしくも的外(まとはず)れな(なぐさ)めの言葉に、泊瀬は再びがくりと肩を落とした。
「いや、その言葉、全く(うれ)しくないんだが……」

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