第1話:夢見の島の眠れる女神
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- 第10章 悪夢に蝕まれる島(9)
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「
木花之佐久夜毘売 と木花知流比賣 ……花の開花と落花を表すという姉妹神か。だから急に花が咲いて、その花びらがこうしてここに散ってきたのか。さっきの夢術 は悪夢 を上書きするためのものじゃなく、落下による怪我を防ぐためのものだったんだな」
「うん。あの悪夢 を上書きするアイディアがどうしても思い浮かばなかったから。実はさっきの橋の時に思いついてたんだけど、さっきは使う暇が無かったんだよね」
ラウラはてへへ、と笑いながら答える。
「しかし、階段は全て泥に変えられてしまったな」
フィグは今まで階段の在った場所を眺め、溜め息をついた。虹色の階段は既に全て悪夢 に塗り替えられ、泥と化して崩落していた。ラウラは腕組みし、考え込むように唸り声を上げる。
「夢見の女神 様に頼めばもう一度階段を出してはもらえるだろうけど、また途中で悪夢 に襲われるのがオチだし、こんなことでこれ以上、女神 様の夢見の力を消耗してもらいたくはないんだよね。ただでさえ女神様の御力が足りなくて島に悪夢 が溢れちゃってる状況なわけだし」
「なるほどな。で、これからどうする?」
その問いにラウラは再び唸り声を上げた後、ぱっと顔を上げ明るくこう言った。
「うーん……。じゃあ、とりあえずご飯にしようか!」
「は !?」
「いっぱい歩いたり走ったりして疲れたし、お腹も空いたし、この辺で一休みしよう。大丈夫、あそこまで大規模な悪夢 が現れたんだから、次に襲ってくるまでにはしばらく時間が空くはずだから」
「お前は……本当に、暢気と言うか、ポジティブ過ぎると言うか……」
(でも、だから救われたりもするんだよな。こいつがこんな性格だから、こんな状況でも気が滅入らずにいられる)
心の中で思ったことを口には出さず、フィグはただ呆れたような表情で微笑 った。「ところで、お前が
夢見の女神 に届けるあるもの って何なんだ?」
渡された缶詰を缶切りで開けながらフィグが問うと、ラウラはあからさまにぎくりとした表情になった。
「えっと、えっとね……それは、その……ナ、ナイショ、だよ。えっと……真の夢見の娘 にしか明かされない最重要機密 だから」
いかにも『何か隠してます』と言わんばかりのしどろもどろな返答に、フィグは目を鋭くする。
「『最重要機密 』ってのはつまり、一般の島民に知られちゃならないような『何か』があるってことだよな?まさか、お前の身に危険が及ぶような何かがあるんじゃないだろうな?」
「や、やだなー。そんなことあるわけないよっ。フィグってば心配し過ぎ!」
不自然に明るく笑って誤魔化すラウラに、フィグは疑念を強める。だが、それ以上追及してもラウラが口を割らないだろうことは、幼馴染であるフィグには実際に試してみるまでもなく分かっていた。
(こいつ、変なところで頑固だからな。ま、言う気が無いならそれでもいいさ。最後まで一緒について行ってこいつを守ればいいだけのことだ)
フィグの脳裏にかつて夢の中で聞いた月下老人 の言葉が過ぎる。
――運命でつながれた唯一無二の相手を失ってしまうと、それはそれは深い絶望を味わうことになるでな。
胸の内で静かな決意を固めるフィグの様子には気づかず、ラウラは未だ動揺しているようにうろうろと視線を彷徨わせ続ける。その時、その視線がふとフィグの手に持つ缶に止まった。一瞬ぼーっと缶を眺めた後、ラウラは何かを閃いたようにパッとその目を見開き、グッと拳を握りしめた。
「そうだ!この手があった!」
唐突な叫びにフィグは反応しきれず、思わず缶を取り落としかける。
「な、何だ?何の話だ?」
「あそこまで登るいい方法を思いついたんだよ」
言ってラウラは世界樹の切株 の頂を覆い隠す分厚い雲 を指差す。その視線はじっと、フィグの手に持つ豆 の缶詰へと注がれていた。
このページは津籠 睦月による児童文学風オリジナルファンタジーWeb小説「夢の降る島」第1話の本文ページです。
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