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第1話:夢見の島の眠れる女神
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第10章 悪夢に蝕まれる島(8)

 整然と並んだ石の階段とは言え、それは山を取り巻き延々と続いている。初めのうちこそ軽口を叩き合っていた二人も次第に口数が減り、今はひたすら黙々と階段を上り続けていた。
 階段の真下には世界樹の切株(ユグドラシル・スタンプ)を取り囲む深い谷、そしてその谷を覆う緑の森が見えている。そしてそのさらに外側には谷をドーナツ状に取り囲む山々が、折り重なるように青々と連なっていた。
 これまでに見たこともなかった高所からの絶景に、フィグは思わず足を止めた。まるで天上からの眺めのようなその景色、吹き渡る涼やかな風は、一時フィグに疲労や不安を忘れさせた。これまでずっと歩き通しで休憩もとっていなかったせいもあり、フィグはしばらくの間、時も忘れてその景色に浸っていた。だから、気づくのが遅れた。
「フィグ……っ!あれ……!」
 後ろからやや遅れてついてきていたラウラの鋭い声にフィグがハッとして振り返ると、遥か後方の階段からポッと黒い泡が湧き出しているのが見えた。
 泡は見る間に増殖し、その一段を黒く埋め尽くす。浸蝕された階段は虹色の輝きを失い、灰色の泥の塊と化してぼろぼろと崩れ去っていった。
「また悪夢(コシュマァル)か……!走れ、ラウラ!」
 フィグはラウラの元へ駆け下りると、すぐにその手を取って階段を駆け上り始めた。
「ま、また、走るの……っ !?」
 ラウラは既に泣きそうな顔になっていた。
 これまでに相当な段数を上ってきた二人の足は、思うように動いてはくれない。そして悪夢の黒い泡は二人を追うように、階段を一段一段浸蝕しながら上へ上へと上ってくる。
「待っ……、フィグ!」
 ろくに距離を稼ぐこともできぬまま、ラウラは足をもつれさせて転んでしまう。
「ラウラ……っ!」
 フィグは咄嗟にその手を引き、抱き支える。階段を転げ落ちずに済んだことにほっとしたのも束の間、その時二人の行く先――これから上ろうとしていた十数段先の階段の上にもポッと黒い泡が湧き出すのが見えた。
「な……っ !? 挟み撃ちかよ !? 卑怯だぞ!」
 言ってもどうにもならない文句を叫びながらも、フィグは必死に頭を回転させる。
(くそ……っ、どうにかこの場を切り抜けないと、このままじゃ階段を泥に変えられて谷まで真っ逆さまだ。……あの悪夢(コシュマァル)を上回る夢は何だ?どんな夢術(レマギア)をぶつければアレを上書きできるんだ……?)
 だが、どれほど頭をひねっても、有効そうなアイディアは浮かばない。その時、フィグの隣で無言で悪夢(コシュマァル)を見つめていたラウラが、おもむろに銀の匙杖(シルヴァースプーンワンド)を取り出した。
「夢より紡ぎ出されよ!日本神話より“木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤヒメ)”“木花知流比賣(コノハナチルヒメ)”!」
 だがその夢術(レマギア)にフィグは唖然とした。
「何やってんだ、ラウラ !? そんな夢術(レマギア)を今紡いで一体何になるって言うんだ !? 」
 フィグにはラウラの夢術(レマギア)の意図がまるで理解できなかった。だがそうして問いつめている間も悪夢(コシュマァル)の進攻は止まらない。上下からじわじわと近づいていた悪夢(コシュマァル)たちは、ついに二人まであと数段の所まで迫っていた。
「フィグ、私と一緒に斜面へ向かって飛び下りて」
 ラウラが石と土ばかりの世界樹の切株(ユグドラシル・スタンプ)の斜面を指差し、静かに告げる。フィグは目を剥いた。
「正気か、ラウラ!あんな岩だらけの急斜面に飛び下りたら怪我だけじゃ済まないぞ!もし谷底まで転がり落ちでもしたら……」
「大丈夫!私を信じて!もう時間が無い!」
 悪夢(コシュマァル)はもう目の前まで迫っていた。フィグは覚悟を決めると、ラウラの身を再び引き寄せ、あらゆる衝撃から守ろうとするかのようにその全身を自分の身で包み込んだ。そのまま階段を蹴り、斜面へと飛び下りていく。
 斜めに傾きながら落下していくフィグの目に、周りを取り囲む深い谷が、そしてそれを埋める緑の森が映る……はずだった。
 だが、その目に映った森の姿は、つい先刻まで目にしていたものとはまるで違っていた。フィグは思わず状況も忘れて目を見張る。
 先ほど眺めた時には緑一色だったはずの森の木々は、いつの間にか鮮やかな色彩で塗り替えられていた。そしてそこから二人めがけて、色とりどりの何かが一斉に飛んでくる。まるで蝶の群れのようにも見えるそれは――おびただしい数の花びらだった。
「……花びら、だと?花が咲くような時季でもないのに、どうして急に……」
 花びらは岩山の斜面に何千重、何万重にも散り重なり、分厚いクッションとなって二人の身を受けとめた。衝撃は全て花びらに吸収され、二人は痛みもなく、斜面を滑り落ちることもなく、花びらのベッドに転がった。
 全身花びらまみれで宙を見上げると、そこには舞い散る花に囲まれて二つの影が浮かんでいた。その姿を見とめ、ラウラは満面の笑みで口を開く。
「ありがとう!“木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤヒメ)”“木花知流比賣(コノハナチルヒメ)”!」
 容姿のよく似た二柱の女神はラウラの礼に微笑んで頷くと、七色の光を散らして消えた。


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このページは津籠 睦月による児童文学風オリジナルファンタジーWeb小説「夢の降る島」第1話夢見の島の眠れる女神の本文ページです。
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