ファンタジー小説サイト|言ノ葉ノ森

ファンタジー小説|夢の降る島

第1話:夢見の島の眠れる女神
TOPもくじ
(※本文中の色の違う文字をタップすると別窓に解説が表示されます。)

第9章 悪夢の宴(8)

 ラウラは閉じていたまぶたを上げ、真っ直ぐにアメイシャを見つめた。アメイシャは怯えたように身を震わせ後ずさる。ラウラはそんなアメイシャへ向け再び手を差し伸べ、唇を開いた。
「ねぇ、メイシャちゃん。私がメイシャちゃんに手を差し出すのは、『憐れみ』なんかじゃないよ。だって、私もその悪夢を知ってるから。苦しいよね。辛いよね。すぐには希望を信じられないよね。でもね、世界がそんな悪夢だけじゃないことも、私はもう知ってるよ」
 それは母が赤子に語りかけるような、優しい、優しい声だった。
「この世界は、全ての夢が叶うような世界じゃない。自分自身のせいだけじゃなくて、他人の都合や運命のせいで夢が壊されることもある。だけどね、きっと誰にも壊せない夢だってあるよ。他人の作った夢、誰かに用意された夢じゃなく、自分自身で描きあげた夢なら。それはきっと、自分が諦めない限りは誰にも壊せない。だから、大丈夫だよ。安心して夢を見ていいんだよ」
 それでもアメイシャは首を横に振る。駄々をこねる子のように、どこか幼げな仕草で懸命に首を振る。
「……無理だ。私にはもう夢など見られない。私の中は空ろだ。もう何もかも失われてしまったのだ」
 強張った顔で訴えるアメイシャに、ラウラは微笑みかけた。
「ねぇ、メイシャちゃん。夢って、破れてしまえばそれでお終いなのかな?もう何の価値もなくなっちゃうものなのかな?メイシャちゃんは『もう何もかも失われた』って言ったけど、私はそうは思わないよ。だって、今のメイシャちゃんには“力”があるはずだから。夢を追う日々の中で、努力して、苦しんで、少しずつ身につけてきた力が確かにあるはずだから。それは自分でもあるかどうか信じられないような種類の力かも知れない。目に見える実力とかじゃなく、感性(センス)とか精神力とかそういう自分でもその存在に気づけないような力かも知れない。でもきっと、何かの力になってるよ。何一つ生み出さない努力なんて無いよ」
 アメイシャの顔が泣きそうに歪む。
「力、だと?そんなもの、今更もう何の役にも立たないではないか。私は既に夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)の資格を喪失してしまったのだから」
「役に立つか立たないかはメイシャちゃん次第だよ。その力は夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)という夢を叶えることはできなかった。でも、別の新しい夢を叶える力にはなるかも知れない。きっとどんなすごい力だって、メイシャちゃんが諦めてしまえば何も果たせずに朽ちていくだけだよ。でも、そんなのもったいないよ。悲しいよ」
 頬に微笑を刻んだまま、ラウラは切なげに眉を寄せてアメイシャを見つめる。それは夢破れる苦しみや痛みを知ってなお、そこから何かをすくい上げようともがいたラウラがたどり着いた、精一杯の微笑みだった。
 アメイシャは一瞬、その笑みに吸い寄せられるように手を伸ばしかけた。だが、すぐにその手を引っ込め、きつく握り込む。その身を包む黒い泡が、彼女の動揺を表すように激しく音を立てて泡立った。
「嫌、だ……。君に救われるのは嫌だ。どんなに苦しくても、君に救われるくらいなら……っ!」
 アメイシャにとって、ラウラに救われることは『負け』を意味していた。今だけでなくこれまでもずっと、アメイシャは他の誰でもない、ラウラにだけは絶対に負けたくなかった。
 だが、ラウラは静かに首を横に振る。
「ううん、違うよ。メイシャちゃんを救うのは私じゃない。メイシャちゃん自身だよ。今、そんな風に泣いて苦しんでいるメイシャちゃんを救ってあげられるのは、きっと未来のメイシャちゃんだけだから」
 ラウラは世界の全てを見通し、慈しむかのような眼差しで言葉を続ける。
「メイシャちゃんの追ってきた夢の軌跡は、きっとメイシャちゃん自身にしか分からない。メイシャちゃんが今までどれだけ努力して苦しんできたのかは、メイシャちゃんだけしか知らない。たとえどんなに近くにいた人でも、親しい友達でも、決してその全部を知ることはできないよ。だからせめて自分だけはちゃんと覚えていて、愛しんであげなきゃ、一生懸命頑張ってきたこれまでの自分が可哀相だよ。その努力や苦しみを無駄で無意味なだけの思い出にしちゃわないで、何かに活かしてあげようよ。そうすれば、いつかの未来でその日々を振り返った時、自分自身に言ってあげられるよ。『あの時の涙や苦しみは無駄なんかじゃなかった』って。だから、ねぇ、いつまでも悪夢の中でもがかないで、夢を見よう。新しい夢を探そう。夢見ることは無駄になんてならないから。(それ)はきっと、お星様みたいに人生を照らしてくれるから」
 差し伸べられたままの小さな手のひらを、アメイシャはじっと見つめた。在りし日の記憶が、その脳裏に蘇ってくる。

 小女神宮(レグナスコラ)で出会ったばかりの頃、アメイシャはラウラのことを本気で馬鹿にし、見下していた。
『君の夢術(レマギア)は欠点だらけだな。そんなことでは到底、夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)になど選ばれまい』
 アメイシャにとって、同世代の小女神(レグナース)は全て夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)を狙う(ライバル)でしかなかった。だからその欠点をつつき、夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)を目指す気など失くしてしまうほど心を傷つけることに何のためらいも抱いてはいなかった。落ちこぼれで欠点だらけのラウラはそんなアメイシャにとって恰好の標的(ターゲット)に見えたのだが……。
『そっかぁ……欠点だらけかぁ。じゃあ、その欠点を一個一個克服していかなきゃ、だね!』
 アメイシャの言葉に、初めのうちこそ落ち込んだように項垂れていたラウラだったが、次の瞬間にはもう前向きなことを言い笑っていた。予想外の反応に面食らいながらも、アメイシャは攻撃の手をゆるめなかった。
『なぜそんな風に笑っていられる?私は君に夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)の可能性が無いと言ったのだぞ』
『え?だって、今はそうでも将来は分からないでしょ?欠点があるってことは、それを乗り越えれば、その分確実に成長(レベルアップ)できるってことだし。自分のやるべきことがはっきり分かってるってことだから、何て言うか、えっと……『便利』な気がするけどな』
 そう言ってへらへらと笑ったラウラを、アメイシャはただ白けた顔で見るばかりだった。
(『便利』って、この子、馬鹿なのか?)
『分かっていないな。欠点をいくら克服したところで、所詮やっと人並みになれるだけだ。他人と同じ才能で選ばれるわけなどない』
 止めを刺すくらいのつもりで言い放った言葉は、だがラウラにきょとんとした顔で受け止められただけだった。ラウラは不思議そうな表情で何事か考え込んだ後、ぱっと顔を輝かせた。その後告げられた言葉は、完全にアメイシャの理解を超えていた。


もどるもくじすすむ

このページは津籠 睦月による児童文学風オリジナルファンタジーWeb小説「夢の降る島」第1話夢見の島の眠れる女神の本文ページです。
個人の趣味による創作物のため、全章無料でお読みいただけますが、
著作権は放棄していませんので、無断転載等はおやめください。

 
inserted by FC2 system