ファンタジー小説サイト|言ノ葉ノ森

ファンタジー小説|夢の降る島

第1話:夢見の島の眠れる女神
TOPもくじ
(※本文中の色の違う文字をタップすると別窓に解説が表示されます。)

第9章 悪夢の宴(9)

『そっか。他人に言われたからって、自分でもダメだと思い込んですぐに欠点扱いしちゃうのって、良くないよね。もしかしたらその中に、思ってもみなかったスッゴイ長所に化ける“何か”があるかもしれないのに』
 その時アメイシャは、自分の言った台詞を思いもよらなかった方向へ曲解されたことよりも、ラウラのその言葉の内容の方にすっかり気を取られていた。
『何を言っているのだ、君は。他人からけなされたことが長所に化けるだと?そんなこと、あるものか』
『え?あるものかも何も、普通にあることだよね?アヒルの子としてはみにくくて、周りから馬鹿にされてばかりだったヒナが、大きくなったら他のヒナたちよりずっと美しい白鳥になった、みたいなこと』
 間髪入れずにあっさりとそう返され、アメイシャは絶句した。すぐには言い返す言葉も見つからず、アメイシャは、今の今までただの馬鹿だと思っていた相手の顔をまじまじと凝視することしかできなかった。
(この子は、もしかしたら……我々とは全く違う次元で物事を視ているのかもしれない)
 ただ幼く考えなしなだけだと思っていた小女神(レグナース)が、アメイシャにはその時、得体の知れない化け物のように見えた。
 その時からアメイシャは、密かにラウラのことを畏れていた。だが、そんな畏れを抱いていることすら認めたくなくて、アメイシャは徹底的にラウラを拒み、ことあるごとにわざと傷つけるような言葉ばかりぶつけてきた……つもりだった。
(なのに君は、私の悪意にさえ気づかない。出会った頃と変わらぬまま、こうして私に手を差し伸べて……)
 差し伸べられた手のひらを見つめたまま、アメイシャは覚悟を決めたように深く溜め息をついた。出会って以来、何度も何度も拒んできたその手のひらに、アメイシャは初めて自らの意思で触れる。想像していた以上に小さく、頼りなく、けれどひどくあたたかな手のひらだった。
(……ずっと知っていた。君が、私が決して持ちえぬ“何か”を持っていることを。だからこそ、私は君にだけは絶対に負けたくなかった)
 負けたくないと、頑ななまでに思うのは、心のどこかで『この子には負けるかもしれない』という思いがあったからだ。アメイシャは今まで必死に目を背けてきたその心に向き合い、受け入れる。
(今更なことだな。私はもう、とっくの昔に君に負けていたのだ。それを認めたくなくて、君という存在を拒絶してきただけのことだ)
 次の瞬間、つないだ手を伝って虹色の光がなだれ込んできた。その光に包まれて、アメイシャの身を覆っていた悪夢(コシュマァル)の黒い泡は洗い流されるように消えていく。そうして悪夢が消え去った後、アメイシャの姿はそれまでと全く違うものに変わっていた。
 黒い泡のドレスは金銀の星のラメを散りばめた夜空の色のドレスに、そして足には透明な革靴、耳にはフクシアの耳飾り、頭上には涙珠宝冠(ティアドロップ・クラウン)。それはアメイシャが身につけるはずだった、夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)の衣裳だった。
「……“夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)になったアメイシャ・アメシス”か」
 アメイシャは己の姿を見下ろし、小さく呟く。それは悪夢(コシュマァル)に呑み込まれる直前にラウラがアメイシャにかけた夢術(レマギア)だった。
「なぜ、私にこの夢術(レマギア)をかけた?」
 それが単なる憐れみによる施しなどでないことは既に知っている。だがそうでなければ何なのか、ラウラの真意がどうにもつかめず、アメイシャは問いかけた。
「え?だって、運命とか他人の都合とか、そんな自分ではどうにもならないことで夢が失われるなんて、他人事だとしてもやっぱり許せないと思ったから。元々、夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)が一人じゃなきゃいけないなんて規則(ルール)はないはずだし、小女神(レグナース)じゃなくなったって夢見の力を失うわけじゃないんだもん。皆でなっちゃえばいいんじゃないのかなって思ったんだよね」
 ラウラはあっさりととんでもないことを言い放つ。
「それに、そもそも皆それぞれ夢術(レマギア)の個性も得意分野(ジャンル)も違うんだもん。無理に取捨選択することばっかり考えるんじゃなくて、全部を上手く活かせる方法を考えてみてもいいんじゃないかな。この世に万能(パーフェクト)な人なんていないから、ひとりだけじゃ足りない部分がきっとあるはずだし、それを皆で補い合っていけば、今までに誰も紡げなかったようなすごい夢が紡げるかもしれないでしょ?それこそ、夢追いの祭のフィナーレにふさわしいって思うんだけどな」
 あまりにもラウラらしい言葉に、アメイシャは一瞬沈黙した後、思わず下を向いて吹きだしていた。あまりにも珍しいその笑いに、逆にラウラの方がきょとんとした顔になる。
「……まったく君は本当に、常識に囚われないにもほどがあるな」
「え?え?何、それ。私、何かヘンなこと言ったかな?」
 ラウラはなぜ笑われているのか分かっていないというようにうろたえる。アメイシャはそんなラウラから顔を背け、なおも笑い続けた。その頬を涙が一滴、そっと流れ落ちる。
「本当に……そんなだから私は、君が『嫌い』なんだ」
 いつも繰り返してきた言葉を、アメイシャはラウラに聞こえないように小さく告げる。だがその声音は言葉の内容とはうらはらに、ひどく優しくあたたかい響きをしていた。


もどるもくじすすむ

このページは津籠 睦月による児童文学風オリジナルファンタジーWeb小説「夢の降る島」第1話夢見の島の眠れる女神の本文ページです。
個人の趣味による創作物のため、全章無料でお読みいただけますが、
著作権は放棄していませんので、無断転載等はおやめください。

 
inserted by FC2 system