それは、まるで“夢”のような光景だった。
「きれーい」
「すごいね。こんな雪、はじめて」
そこかしこから、ため息のような感嘆の声が上がる。キルシェは耐えきれず、そっと礼拝堂から抜け出した。
『すごいよ、キルシェちゃん!見て見て!雪が虹色!まるでプリズムに反射した光が雪になって
頭の中に響くのは、いつでも隣にいた親友の声。
あまりにも長い間一緒に過ごしてきたから、こんな時にはこんなことを言うだろうと、すぐに想像できてしまう。……どんなに上手く想像ができたところで、本物にはもう会うことができないのに。
「ラウラ……」
回廊のバルコニーに身をもたせかけ、キルシェは失ってしまった親友の名をつぶやく。
七色の雪は中庭の木々にも降り積もり、まるでクリスタルガラスの花が咲いたかのように枝々を彩っていた。
「……きれいね。まるで、あんたに捧げる花束みたいよ」
誰に聞かせるでもなく
「あんた、なんで私を置いていっちゃうのよ。こんな別れ、ありえないでしょ?想像もできるわけないでしょ?だって私達、まだ十四才じゃない」
知らず涙があふれる。ぶつける相手もいない恨み言を繰り返しながら、キルシェは寒々とした廊下で一人泣き続けた。
やがて涙が
ハッとして目を動かすと、視界の端に赤い色が映る。白いローブを裾から徐々に染めていくその赤に、キルシェはすぐに事態を悟った。
「……そうか、私……“女”になったのね……」
この島には“女の子”が存在しない。
この島で生まれた“男の子”でない存在は全て、初潮を迎え“女性”となるまで、島を守る“夢見の女神”の代理人“小女神”として扱われる。
それはヒトであってヒトでない――それゆえ
小女神達は六才になると強制的に都の“小女神宮”に集められ、初潮を迎えるまでの数年間、小女神と尼僧だけの共同生活を送ることになる。それは思春期前の小女神達にとって、あまりにも長く、濃密な数年間となるのだ。
「……何か変な感じね。何だかもう、小女神宮に居るのが当たり前になっちゃってたから、離れることになっても、まだ実感が湧かないわ」
大きなトランクを手に、キルシェはしみじみとそう言って
「行くあてはあるの?」
涙混じりに問いかけてきたのは、アプリコット・アプフェル。小女神宮に唯一残された、キルシェと同期の小女神だ。
「とりあえずは、おじいちゃんの所へ帰るわ。今までも里帰りの時にはそうしてたし。……そんなに泣かないで、アプリ。一人残されて心細いでしょうけど、あんたもすぐに卒業になるわよ。そうしたら、またいつでも会えるでしょ。……ラウラと違って」
「……そうね。会えるわね。たとえこの先、どんなに道が違ってしまったとしても、
言葉をつまらせ、アプリコットは再び涙をあふれさせる。キルシェはその肩を慰めるように何度も叩いてから、やっと小女神宮を後にした。
「行くあて、か……」
小さくつぶやき、キルシェは行く手を見つめる。
島中を覆うどんよりとした雲からは、今も絶え間なく雪が降り続いている。
「……
彼女の前に広がるのは、一面七色の雪に埋めつくされた、どこまでもまっさらな平原。そこには道らしきものなど何一つ見えはしなかった。
――それは、彼女の親友が彼女の前から消えて九日後のこと。そして、彼女が