TOP(INDEXページ) 小説・夢の降る島|もくじ 第1話: 小説|夢見の島の眠れる女神 :第12章(後)あとがき
 ヘルプ・マーク ビジュアルガイド(ページの見方)
 

序 彼女の見失った

 
 それは、まるで“夢”のような光景だった。
 組鐘(カリヨン)の奏でる鎮魂歌(レクイエム)に、幾重にも重なり礼拝堂を満たす尼僧達の祈りの声、そして、薔薇窓(ばらまど)の外には七色にきらめきながら舞い降りてくる雪。
「きれーい」
「すごいね。こんな雪、はじめて」
 そこかしこから、ため息のような感嘆の声が上がる。キルシェは耐えきれず、そっと礼拝堂から抜け出した。
『すごいよ、キルシェちゃん!見て見て!雪が虹色!まるでプリズムに反射した光が雪になって()りてくるみたい!きれーい……』
 頭の中に響くのは、いつでも隣にいた親友の声。
 あまりにも長い間一緒に過ごしてきたから、こんな時にはこんなことを言うだろうと、すぐに想像できてしまう。……どんなに上手く想像ができたところで、本物にはもう会うことができないのに。
「ラウラ……」
 回廊のバルコニーに身をもたせかけ、キルシェは失ってしまった親友の名をつぶやく。
 七色の雪は中庭の木々にも降り積もり、まるでクリスタルガラスの花が咲いたかのように枝々を彩っていた。
「……きれいね。まるで、あんたに捧げる花束みたいよ」
 誰に聞かせるでもなく(ささや)いて、キルシェはその場にうずくまった。
「あんた、なんで私を置いていっちゃうのよ。こんな別れ、ありえないでしょ?想像もできるわけないでしょ?だって私達、まだ十四才じゃない」
 知らず涙があふれる。ぶつける相手もいない恨み言を繰り返しながら、キルシェは寒々とした廊下で一人泣き続けた。
 やがて涙が()れ、(のど)横隔膜(おうかくまく)が引きつれるように痛みだした頃、キルシェはふと、下肢の異変に気がついた。
 ハッとして目を動かすと、視界の端に赤い色が映る。白いローブを裾から徐々に染めていくその赤に、キルシェはすぐに事態を悟った。
「……そうか、私……“女”になったのね……」

 

  

 この島には“女の子”が存在しない。
 この島で生まれた“男の子”でない存在は全て、初潮を迎え“女性”となるまで、島を守る“夢見の女神”の代理人“小女神”として扱われる。
 それはヒトであってヒトでない――それゆえ容易(たやす)く“子ども”扱い――否、それどころか“ただの人間”扱いすらできない存在だ。小女神という名が表す通り、島の誰もが小女神に対しては、まるで小さな女神を相手にしているかのように接する。
 小女神達は六才になると強制的に都の“小女神宮”に集められ、初潮を迎えるまでの数年間、小女神と尼僧だけの共同生活を送ることになる。それは思春期前の小女神達にとって、あまりにも長く、濃密な数年間となるのだ。
「……何か変な感じね。何だかもう、小女神宮に居るのが当たり前になっちゃってたから、離れることになっても、まだ実感が湧かないわ」
 大きなトランクを手に、キルシェはしみじみとそう言って微笑(わら)う。初潮を迎え“小女神”でなくなった彼女は、もう小女神宮を“卒業”しなくてはならないのだ。
「行くあてはあるの?」
 涙混じりに問いかけてきたのは、アプリコット・アプフェル。小女神宮に唯一残された、キルシェと同期の小女神だ。
「とりあえずは、おじいちゃんの所へ帰るわ。今までも里帰りの時にはそうしてたし。……そんなに泣かないで、アプリ。一人残されて心細いでしょうけど、あんたもすぐに卒業になるわよ。そうしたら、またいつでも会えるでしょ。……ラウラと違って」
「……そうね。会えるわね。たとえこの先、どんなに道が違ってしまったとしても、私達は(・・・)……」
 言葉をつまらせ、アプリコットは再び涙をあふれさせる。キルシェはその肩を慰めるように何度も叩いてから、やっと小女神宮を後にした。
「行くあて、か……」
 小さくつぶやき、キルシェは行く手を見つめる。
 島中を覆うどんよりとした雲からは、今も絶え間なく雪が降り続いている。
「……帰る(・・)あてはあるけど、行く(・・)あてはちょっと、分からないのよね……。ねぇ、ラウラ。私、この先どこへ行ったらいいの……?」
 彼女の前に広がるのは、一面七色の雪に埋めつくされた、どこまでもまっさらな平原。そこには道らしきものなど何一つ見えはしなかった。
 ――それは、彼女の親友が彼女の前から消えて九日後のこと。そして、彼女が()と出逢う二年前のことだった……。

 
前のページへ戻る もくじへ戻るクリックで次回予告を表示します。

このページは津籠 睦月によるオリジナル・オンライン小説「夢の降る島」
第?話「白地図上の未知なる道」の先行公開ページです。
物語のジャンル(構成要素)はファンタジー・恋愛・冒険・アクションなど(の予定)です。
 
既に完結済みの第1話をご覧になりたい方は、上の「もくじ」をクリックして、
もくじページへ移動してください。
個人の趣味による創作物のため、全章無料でお読みいただけますが、
著作権は放棄していませんので、無断転載等はおやめください。
 

 
 
※この物語はフィクションです。
実在の人物・団体・事件・歴史的事実等とは関係ありません。
inserted by FC2 system