第七章 水響 む宮処 (4)
「市 を流 れる堀川 の、その源たる聖なる河よ――そこに宿りし女神・霊河比売尊 よ。霧狭司国が鎮守神 ・水波女神 に縁 ある神よ。泊瀬 の名において祈 がう。疾 く来たりて悪 しき盗人 を乗せたる舟を捕 らえ給 え」
その声に俺は戦慄 した。
(これは……言霊 。霊力を秘めた祈言 だ)
直後、その声に応 えるように舟の行く手でぶわりと水面が盛り上がった。それは見る間 にある形を形成していく。
それは、二本の腕 だった。水面から突 き出したあまりに大きな、しかし同時にあまりにも優美な女の腕 。
男達は悲鳴を上げ、舟の上を右往左往 する。水でできた二本の腕 は、舟の両端 をがっしりと掴 むと、そのままある方向へと運び始めた。その行く手、波打つ川の水の上に 、先ほどの声の主らしき人物がよろめくこともなく真 っ直 ぐに立っている 。
「まったく、騒 ぎを聞きつけて駆 けつけてみれば……。白昼堂々 、か弱き少女 から物を盗 むとはな。その上、舟で追っ手の届かぬ所へ逃げるとは。お前達、その知恵をもう少し違 うことに使ったらどうだ」
腕組 みをして待ちかまえていたその人物は、厳 しい眼差 しで男達を糾弾 する。男達はその姿を見て顔色を失った。
「み、水の上に立ってる!?」
「言霊 だけで水を操 る、水に愛されし者……。まさか、ハツセノミコ様!?どうしてこんな所に!?」
男達の悲鳴じみた声に、彼 はふっと唇 の端 を持ち上げた。
「どうしても何も、水辺 で悪事 を働けば、それは全て水神 様の知るところとなるに決まっているだろう。宮処で悪事を犯 して許されると思うな。水神様は全てをご覧 になっているのだからな」
彼は断罪 するようにそう言い放つと、川面に向かい何事か小さくつぶやく。すると水の腕 が再び動き出し、男達を乗せた舟を岸へと押しやり始めた。
彼はさらに二言三言 ささやく。すると今度は彼の足下に白波 が立ち、そのまま彼を乗せて舟の後を追うように動きだした。
俺は慄然 としたまま、眼力で彼を観察する。
ハツセノミコと呼ばれたその人物は、年の頃 十四、五ほどの少年だった。高貴な身分らしく、身につけた衣服は相当に上等な絹 で織り上げられている。しかし彼はそれを襷 と紐 でたくし上げ、ひどく乱雑 に着崩 していた。
(これが、ハツセノミコだと?どう見ても女ではない。巫女 でないのにミコ とは…………。まさか……)
「さすがミコ様!よくやって下さった!」
「ハツセノミコ様ーっ!ご立派 ですーっ!」
周りの人垣からわっと歓声 が上がる。彼は岸辺に降 り立つと、慣 れた様子で人々に手を振る。駆けつけてきた兵士に盗人達を引き渡した後、彼は舟の上に転がる俺の神体 を拾い上げた。途端 、その眉 が怪訝 そうにひそめられる。
「ん……?これは……。まさか……」
やはり、見破られてしまうのか、と俺は胸の内で苦 く思う。相手は祈 がいを口にしただけで神の助力を得られるような人物だ。並の霊力の持ち主ではない。
「あの……っ、その大刀 を、返していただけませんか?」
その時、やっと追いついた花夜が息を切らしたまま少年に声を掛 けた。少年は振り返り、不思議そうに花夜を眺 める。
「あんた、何者だ?どうしてこの大刀 を持っている?」
「あの、どういうことでしょう?ご質問の意味が分かりませんが……」
花夜は何とか誤魔化 そうとするが、その声は動揺 のためか明らかにぎこちなく震 えていた。そんな花夜の耳元に顔を寄せ、少年はひそめた声で告げる。
「あんた、他国の巫女じゃないのか?そしてこの大刀 には神が宿っている。違 うか?」
「え、いえ。私はそのような大層 な者では……。それにその大刀についても、何も知りませんが……」
顔面を蒼白 にしてしどろもどろに言い繕 おうとする花夜を見つめ、少年は苦笑した。
「誤魔化 さなくていい。あんた達が何者だろうと、害する気はない。だがまぁ、ここでは人目を集め過ぎたからな。一緒 に来てくれ。落ち着ける場所で話をしよう」
その声は、俺が霧狭司という国に抱 いていた印象とはほど遠く、思いがけず優しいものだった。
その声に俺は
(これは……
直後、その声に
それは、二本の
男達は悲鳴を上げ、舟の上を
「まったく、
「み、水の上に立ってる!?」
「
男達の悲鳴じみた声に、
「どうしても何も、
彼は
彼はさらに
俺は
ハツセノミコと呼ばれたその人物は、年の
(これが、ハツセノミコだと?どう見ても女ではない。
「さすがミコ様!よくやって下さった!」
「ハツセノミコ様ーっ!ご
周りの人垣からわっと
「ん……?これは……。まさか……」
やはり、見破られてしまうのか、と俺は胸の内で
「あの……っ、その
その時、やっと追いついた花夜が息を切らしたまま少年に声を
「あんた、何者だ?どうしてこの
「あの、どういうことでしょう?ご質問の意味が分かりませんが……」
花夜は何とか
「あんた、他国の巫女じゃないのか?そしてこの
「え、いえ。私はそのような
顔面を
「
その声は、俺が霧狭司という国に
※このページは津籠 睦月によるオリジナル和風ファンタジー小説「花咲く夜に君の名を呼ぶ」のモバイル版本文ページです。
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