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和風ファンタジー小説
花咲く夜に君の名を呼ぶ

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第七章 水響(みずとよ)宮処(みやこ)(5)

「あの……どこまで行くのですか?まさか、国王の宮殿(きゅうでん)へ行こうとしているわけではありませんよね?」
 不安に()られたように花夜が問う。宮処(みやこ)はいくつもの区画(くかく)に分かれており、各区画は(かべ)と門とで区切られている。門には衛士(えじ)常駐(じょうちゅう)しており、本来であれば門ごとに決められた通行手形(つうこうてがた)を見せなければ通してもらえないはずだった。なのに、少年は顔を見せ簡単(かんたん)に名乗っただけで、次々と門を通り()けていく。門を一つ抜けるたびに広く豪華(ごうか)になっていく周りの建物に、俺も言い知れない不安を(おぼ)えていた。
「さすがにそんな所へは連れて行かないさ。これから行くのは俺が今、居候(いそうろう)をさせてもらっている家だ」
 そう言って彼が案内したのは、国王の宮殿にほど近い、一見(いっけん)しただけで貴人(きじん)邸宅(ていたく)と分かる広大な(やかた)だった。玉砂利(たまじゃり)()きつめた庭園には(はす)の浮かぶ池が広がり、(しゅ)()りの唐橋(からはし)が美しい曲線を描いて()け渡されている。
「この池は元々ここにあった水沼(みぬま)を利用して(つく)られたんだ。このような水沼が多く()った場所だから、この辺りは水沼原(みぬまがはら)と呼ばれている」
 呆然(ぼうぜん)と庭に見入る花夜に少年が説明する。
「あの……それよりも、ここはどなたのお屋敷(やしき)なのですか?あなたは一体……」
「ああ、悪かった。まだ何も言っていなかったな。ここは霧狭司を(おさ)める二十二氏族の一つ、射魔氏(いるまし)の家だ。そして俺は……」
 その先の言葉は、(はげ)しい足音と甲高(かんだか)少女(おとめ)の声によってかき消された。
泊瀬(はつせ)様!また(だま)って屋敷(やしき)を抜け出されましたね!?」
「……しまった。見つかってしまったか」
「何度申し上げればお分かりになっていただけるのですか!?あなたはこの国にとって、かけがえのないお方……」
 ()け込んできた少女(おとめ)は、花夜と、その(うで)(かか)えられた俺の姿に気づき、はっと口をつぐむ。
「……海石姫(いくりひめ)。客人の前だ。小言(こごと)は後にしてもらえないか?」
 おそらくこの家の姫であろうその少女は、年の(ころ)十七、八。色(あざ)やかに染め上げられた(きぬ)の上に極彩色(ごくさいしき)背子(からぎぬ)(かさ)ね、高く()い上げた髪に象牙(ぞうげ)花簪(はなかんざし)()していた。
 彼女は食い入るように花夜とその(うで)()かれた俺を見つめた後、深々と頭を下げた。
「これは失礼いたしました。私は射魔海石(いるまのいくり)と申します。ハツセノミコ様にお(つか)えする宮女(きゅうじょ)ですわ。ようこそ我が家へいらっしゃいました。大刀(たち)に宿る神様、そしてその巫女様」
 一目で正体を見破られた花夜は(おどろ)きに目を見開き、思わずというようにつぶやきを()らす。
「え……?どうして、私達の正体を……」
海石(いくり)姫は元八乙女(やおとめ)だからな。それくらいのことは分かるさ」
「元八乙女!?それに、さっき、ハツセノミコとおっしゃってましたよね?ミコとはもしかして……」
「ああ。俺は王子(みこ)。霧狭司の国王の御子(みこ)だ。だが今さら(かしこ)まる必要はないぞ。宮殿へ上がれば王子(みこ)王女(ひめみこ)もうじゃうじゃいる。べつに(めずら)しい存在(もの)でも何でもないからな」

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