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和風ファンタジー小説
花咲く夜に君の名を呼ぶ

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第七章 水響(みずとよ)宮処(みやこ)(3)

「ヤト様、大丈夫(だいじょうぶ)ですか?窮屈(きゅうくつ)ではありませんか?」
 物陰(ものかげ)(かく)れて大刀(たち)に変化した俺は、目立たないよう領巾(ひれ)神体(からだ)をぐるぐるに巻かれ、花夜の(うで)(かか)えられながら川沿(かわぞ)いの道を進んでいた。
『ああ。大丈夫だ。それよりも花夜、慎重(しんちょう)に行くのだぞ。早く宮処(みやこ)を出るに()したことは無いが、決して走ったりはするな。大通りを()けているとは言え、ここも人目が無いわけではない。おかしな動きをすれば(あや)しまれるし、必要の無いうちに走って疲労(ひろう)してしまうと、いざと言う時に逃げられぬからな』
 神体(しんたい)としての大刀(たち)は布に全身を(おお)われていたが、俺は神としての眼力(がんりき)を使い、常に周囲に目を光らせていた。
 (いち)(はし)を流れる川には、今もたくさんの荷を積み込んだ舟が(せわ)しなく往来(おうらい)していた。自然の川のように蛇行(だこう)せず、どこまでも()()ぐに整備されたこの川は、市へ荷を運びやすくするために霊河(ひかわ)の水を引き込んで(つく)られた堀川(ほりかわ)なのだ。
「はい。分かっています。()げているなどとは思われないような足取りで、けれどできる限り速く行けば良いのですね」
 花夜は言葉通り、平素(へいそ)と変わらぬ足取(あしど)りで、しかしいつもよりほんのわずかに足を速めて門への道を目指していく。
 その足運びは自然そのもので、とても何かから逃げようとしている人間のものには見えなかった。当然のことながら、特に誰かから見咎(みとが)められええることも声をかけられることもなく、そのまま無事(ぶじ)に門へたどり着くかと思われた、のだが……。
「きゃっ!?」
 唐突(とうとつ)に、俺の身に衝撃(しょうげき)が走った。
 花夜が悲鳴を上げ、その場に(こし)をつく。何が起きたのか理解できない呆然(ぼうぜん)とした表情の後、花夜は蒼白(そうはく)な顔で(さけ)びを上げた。
物盗(ものと)りです!誰か!あの人を(つか)まえて下さい!」
 俺を(うば)い逃げているのは薄汚(うすよご)れた(ころも)に身を包んだ一人の男だった。この時代、人を(おそ)い物を奪う(やから)は珍しくなかったが、まさか宮処で、しかもこのような昼日中(ひるひなか)から(おそ)ってくる人間がいるとはさすがに想定していなかった。
 花夜の叫びに道を行く人々の注目が集まる中、男は俺の身を川に浮かぶ舟の一つへと投げる。舟の上にいた仲間らしき男が器用に俺を受け止め、別の男が素早(すばや)(かい)を取り舟を()ぎ出した。初めに花夜から俺を略奪(りゃくだつ)した男も、走ってきた勢いそのままに岸辺を()り舟に飛び乗る。そのまま男達は手にした武器で周りの舟を威嚇(いかく)しながら水の上を悠々(ゆうゆう)()けていく。
上手(うま)くいったな。ここまで来ればもう大丈夫だろう」
「で、モノは何なんだ?身なりの良い(むすめ)が大事そうに(かか)えていたのだから、相当な値打ち物だろう」
 男達は逃げ切れると確信しきったように、ゆるんだ表情で俺を包む領巾(ひれ)(ほど)く。その顔が次の瞬間(しゅんかん)感嘆(かんたん)したように(ほう)けた。
「これは……、思っていた以上だ。何と美しい大刀(たち)なんだ。これは相当な匠が作ったに違いないぞ」
「見てみろよ、この豪華(ごうか)刀装(とうそう)黒漆(くろうるし)に金に琉璃(べにるり)……。これはかなり高く売れるぜ」
 男達の興奮(こうふん)した声を聞きながら、俺はしばし(なや)んだ。
 相手は盗人(ぬすっと)とは言え、何の霊力も持たぬただの人間だ。霊力を使えば逃れることなどたやすい。だがそんなことをすれば、俺達の存在が知られたくない相手――霧狭司(むさし)(カンナギ)にすぐに知れてしまうだろう。
 深く思案(しあん)をめぐらせていたその時、俺の眼力が(はる)か後方で必死に俺を追ってくる花夜の姿を(とら)えた。
「待……っ、ヤト様……っ」
 花夜は川沿(かわぞ)いの道を息も()()えに走ってくる。
 髪はほつれ、衣裳(いしょう)は乱れ、顔にも首筋(くびすじ)にも滝のような(あせ)が流れている。そして目尻(めじり)にはうっすらと(なみだ)が浮かんでいた。その姿を、道行く人々が(おどろ)いたような目で見つめている。
 その姿を()た瞬間、俺の頭からはためらいも後先への憂慮(ゆうりょ)も、何もかもが吹き飛んでいた。
(貴様ら……俺の巫女をああまで苦しませてただで()むと思うな)
 花夜にあのようなみじめな姿をさらさせたこの男達を(ゆる)しておけない、一刻(いっこく)も早く花夜の元に行って、(たお)れそうなその身を支えてやりたい――その時の俺の頭には、ただそれしか浮かばなかった。
 俺はそのまま、衝動(しょうどう)(おもむ)くままに霊力を()るおうとした。神体がうっすらと光を()び、男達を打ちのめすための火の霊力が身の内に(ふく)れ上がっていく。
 だが、その霊力が神体から()(はな)たれようとする寸前、(あた)りにふいに、(りん)()んだ声が(ひび)(わた)った。

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