第11章に登場する若き鍛冶師「真大刀」は「常陸国風土記」の行方郡の記述に登場する「箭括麻多智」を元としています。
もっとも、かなりアレンジされているので、常陸国風土記と共通するのは名前(しかも音だけ)と「ヤトノカミと対峙する」という部分だけなのですが…。
「常陸国風土記」における「箭括麻多智」は鎧を身につけ、矛を手にとりヤトノカミと戦った武人でした。
角を持つ蛇神・ヤトノカミが群れを成して人々が田を耕すのを妨害していた時、麻多智は武装してこのヤトノカミの群れと戦い、人間の土地から追い払い、山の登り口に境界線を設けて「神の土地」と「人間の土地」とを分けました。
さらに自らヤトノカミを祀る祝人となり、ヤトノカミの社を設け、その後も子孫代々その祭祀を継いでいったのです。
(この社は現在の茨城県行方市(旧・行方郡玉造町新田)にある「夜刀神社」であるとされています。)
ただ相手と戦って追放したり滅ぼしたりして終わり、というのではなく、相手に神としてのリスペクトを持って接し、さらには神社を建てて自らそこを守っていくという自分のみならず子孫の人生をも左右するような決断まで下す(しかも本人は神を追い払うほどの力を持っているにも関わらず)……そんな麻多智の男前っぷりが素晴らしいので、名前だけでもということでキャラクターに利用させていただいたのですが、津籠の実力ではなかなかその魅力を活かせているかどうか分からず、申し訳ない限りです……。
ちなみに「花咲く夜に君の名を呼ぶ」の物語中では「ヤハズ」は「マタチ」の父親の名ということになっていますが、常陸国風土記では氏族の名となっています。
(武人ではなく鍛冶職人に設定をアレンジしたため、家名でなく父の名ということにしたのです。)
さらに言えば、「ヤハズ(矢筈)」は矢の上端にある弓の弦を受ける部分のこと、「マタチ(真太刀)」は真剣のことを意味し、使う側・作る側いずれにせよ武器と関係する名前なのです。