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第1話:夢見の島の眠れる女神
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第10章 悪夢に蝕まれる島(3)

「あなたはお別れを言わなくてもいいの?」
 小女神宮(レグナスコラ)の門前で抱き合うふたりを窓越しに眺めていたアメイシャに、アプリコットが声を掛ける。
「そう言う君はどうなんだ?」
 言いながら振り返ったアメイシャの瞳に映ったのは、涙で目を赤く腫らしたアプリコットの姿だった。
「私はもう済ませたわ。最後は親友のキルシェに譲ろうと思って」
「……私などが挨拶に言ったところでラウラは喜ぶまい。大事の前にラウラの心を乱したくはない」
 目を伏せ、自嘲気味にそう言うアメイシャに、アプリコットは苦笑する。
「まったく、最後まで意地っ張りなんだから。ラウラはあなたのこと、悪く思ってなんかいないわよ」
「あの子がどう思っていようが、私があの子にしてきたことは変わらない」
 言ってアメイシャは再びラウラに視線を向け、寂しく微笑んだ。
「私はあの子に救ってもらった。それだけでもう充分だ。これ以上は望まない。私はただ、ここから祈るだけでいいんだ」
 アプリコットはアメイシャのその頑さに「仕方がないわね」とでも言いたげにため息をつくと、黙ってその隣に寄り添った。

 キルシェと別れ、小女神宮(レグナスコラ)を出、ラウラは潤んだ目をこすりながら都を囲む小川を渡った。
 花の香りの漂う砂漠をひとり歩き、しばらく行ったところでラウラは立ち止まった。
 カバンを探り、中から予め用意しておいたピンク色の紙ヒコーキをいくつも取り出す。
「島風よ、この手紙を届けて。皆へのお別れの手紙を。お母さんと、お父さんと、フィーガのおじさん、おばさんと、それから……」
 言いながら、紙ヒコーキを天高くへ向け次々と放っていく。だが、最後のひとりの名を口にしようとしたところで、ラウラはぴたりと動きを止めた。
「フィグ……には、まだ出せないよね。今から追いかけて来られたら、追いつかれちゃうかもしれないし……」
 手の中にひとつだけ残った紙ヒコーキを壊れないようにそっと握りしめ、ラウラは何かを振り切るように表情を変え、再び歩き出した。
 痛々しいほどに張り詰めたその背中に、ふいに声が掛けられる。
「どこへ行くんだ、ラウラ」
 ラウラはハッとして視線を上げた。そこには一本の傘にぶら下がり、ふわふわと空から降りてくるフィグの姿があった。
「フィグ…… !? どうして……?」
「お前なぁ、俺を出し抜いて一人で旅に出ようなんて甘いんだよ。旅立つ時は二人一緒って約束しただろ?」
 その言葉に幼い日の情景が蘇り、ラウラは泣きそうな顔で首を横に振った。
「違うよ、フィグ。これはあの時約束したような楽しい冒険なんかじゃないんだよ。それに、フィグはもうその夢、諦めたって……」
 フィグはふわりと葬花砂漠に降り立ち、ラウラの頭をぽんと叩いた。手に持っていた傘は一瞬のうちに柄に銀の羽根飾りのついた匙杖(スプーンワンド)に変わる。
「夢はそう簡単に諦められるもんじゃないって言ったのはお前だろ、ラウラ。それに俺の夢より何より、お前が一人でどこかへ行っちまうのが嫌なんだよ。どうしても行かなきゃいけない旅だって言うなら、俺も一緒に連れて行けよ」
「ダ、ダメだよ。私一人で行かなきゃダメなの。危ないし、それに……」
 ラウラはしどろもどろに拒絶しようとする。だがその瞳は迷うように揺れていた。
 フィグに会わずに行こうとしたのは、会えば心が揺らぐことが分かっていたからだ。会ってしまえば、離れがたくなることが分かりきっていたからだった。
「危ないなら余計にお前一人で行かせられないだろう。ダメだと言っても俺はついて行くぞ」
 ラウラの顔がくしゃりと歪む。それまで必死に堪えてきた不安や心細さが一気に溢れ出してしまう。
「どうして来ちゃうの?一人で耐えなきゃって思ってたのに……そんなこと言われたら、我慢できなくなっちゃうよ。ダメなのに、危ないのに……一緒にいて欲しいって思っちゃう……っ」
 涙の浮かんだ瞳でなじるラウラに、フィグは悪戯っぽい笑みを返した。
「べつにいいだろ。こんな状況じゃ一人で行こうが二人で行こうが誰も見てる奴なんかいないさ。それでも、もしバレて怒られそうになったら、俺だけが叱られてやるよ」
 ラウラはしばらく迷うようにフィグの顔を見つめた後、何かを決意したような表情でうなずいた。
「ありがとう。フィグのことは絶対に私が守るから、一緒に来て欲しい」
 その言葉にフィグはぴくりと片眉を跳ね上げる。
「ばっか。お前、夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)になったからって調子に乗るなよ。俺が(・・)お前を守ってやるんだろうが」


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このページは津籠 睦月による児童文学風オリジナルファンタジーWeb小説「夢の降る島」第1話夢見の島の眠れる女神の本文ページです。
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