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ファンタジー小説|夢の降る島

第1話:夢見の島の眠れる女神
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第10章 悪夢に蝕まれる島(2)

「……何だ、これ。いつの間にこんなことに !?」
 いつもであれば朝日に碧く煌めいているはずの海は、泥のような原油の膜に覆われ黒く澱んでいた。白い砂浜は灰色のコンクリートで固められ、岬を彩っていた草花たちは皆枯れて茶色く変色していた。そして、変わり果てた景色のそこかしこから立ち上るのは、昨夜の祭で見た黒い泡。
「……悪夢(コシュマァル)、なのか?どういうことだ?悪夢(コシュマァル)は昨夜、全部消えたんじゃなかったのか !?」
 叫び、フィグはハッと顔色を変える。
悪夢(コシュマァル)は確か、夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)を狙っていたはず……!ラウラは今、無事なのか !?)
 フィグは机の引出しから千里眼鏡(セカンドサイト・テレスコープ)を引っ張り出し、夢鉱石(レム・ストーン)で作られた目盛調節器(ダイヤル)に触れながら叫んだ。
「花曇りの都の小女神(レグナース)ラウラ・フラウラの姿を映せ!」
 覗き込んだレンズに映し出されたのは、小女神宮(レグナスコラ)の窓の一つだった。慎重に目盛調節器(ダイヤル)を回すと、ぼやけていたピントが合っていき、ガラス窓の向こうでラウラが忙しなく動き回っているのが見えた。とりあえずの無事を確認したフィグは、ほっと安堵の息を吐く。
 だが、レンズ越しにラウラの行動を見ていくうちにその表情はだんだん険しいものへと変わっていった。
(何だ……?大きなカバンに、ランタン、地図、方位磁石(コンパス)に、携帯食料……?これじゃまるで旅支度じゃないか)
 ラウラは黙々とカバンに荷物を詰め込んでいた。しかもその顔には、ひどく思いつめた表情が浮かんでいる。まるで、二度と帰って来られない旅にでも出掛けるように……。
 それ以上黙って見ていることができず、フィグは部屋を飛び出し階段を駆け下りた。そのままカバンとデッキブラシを手に、家を飛び出そうとする。だが直前で制止の声がかかった。
「待って。どこへ行くつもりなの?外がどんな状況なのか分かってる?」
 振り向いた先に母親の姿を見つけ、フィグは凍りついたように動きを止める。
「分かってる。でも、ごめん。どうしても行かなきゃ駄目なんだ。今すぐラウラの所へ行かなきゃいけない気がするんだ」
 その言葉に母親は深々と溜め息をついた。
「やっぱりあんた、ラウラ様と会ってたのね。……って言うか、まぁ知ってたけどね」
「…………え?」
「だってラウラ様のあんたに対する態度、一年に一度里帰りでしか会えない相手にする態度じゃなかったもの。小さい頃、駆け落ちまでした仲だものね。今は恋愛御法度でも、あの子がいずれ小女神宮(レグナスコラ)を出た後、うちに嫁に来てくれるならいいかって、釘は刺しつつ知らないふりをしてあげてたのよ」
「そう……だったのか」
 バレていないと思っていたフィグは後ろめたさを隠すように目を逸らす。母親はそんなフィグの態度に苦笑し、おもむろに項に手をやった。首にかけていたものを外し、フィグの手に渡す。それは母親が肌身離さず身につけていた羽根の形をしたペンダントだった。
「持って行きなさい。母さんが小女神(レグナース)だった頃使っていた銀の匙杖(シルヴァースプーンワンド)よ」
「こんな大事な物……!それに、行っていいのかよ !?」
 止められると思っていたフィグは驚きを隠せない。母親は苦笑したまま告げる。
「本当は止めたいわ。今外へ出れば、何が起こるか分からないもの。もしかしたら、もう二度と会えないかも知れない。……でもあなた、いくら止めたって行ってしまうでしょう?あなたが七才の時、ラウラ様を連れて駆け落ちしたあの日のように……」
 フィグを見つめる母親の眼差しは、何もかもを悟っているかのような深い色をしていた。
「いいのよ。あなたの人生はあなただけのもの。あなたがそう決めたのなら行きなさい。私はただ、あなたの選んだ道を受け入れるわ」
 フィグは母の顔を見つめ返すことしかできなかった。言いたいことは沢山あるような気がするのに、上手く言葉にできない。しばらく言葉を探して……それでも結局、フィグが口にできたのはたった一言だけだった。
「……ありがとう、母さん」

「今までありがとう、キルシェちゃん」
 大きく膨らんだカバンを肩にかけ、ラウラは深々と頭を下げる。
 キルシェはそんなラウラの両手を引き止めるようにつかんだ。
「待ってよ。本当に行っちゃうの?一緒に行っちゃダメなの?こんなのっておかしいじゃない!あんた一人に危険な役目を負わせるなんて!」
 必死に訴えるその顔は、今にも泣き出しそうに歪んでいた。ラウラは苦笑し、ただ静かに告げる。
「ごめんね。でも仕方ないんだよ。これは真の夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)にしかできないことだって言われたし」
 数百年に一度、夢見の女神(レグナリア・レヴァリム)の力が弱まるたびに、島では一人の小女神(レグナース)が選ばれ、ある重大な役割を担ってきた。
 “夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)”とは本来、その役割を負わされた小女神(レグナース)に与えられる称号であり、島ではその功績と感謝の気持ちを忘れぬために年に一度、最も強い夢見の力を持つ小女神(レグナース)夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)()を演じさせ、称えるのだ。
「……もう行かなきゃ。早くしないと、どんどん島が壊れていっちゃう」
 言いながら、ラウラは天を仰ぎ、きゅっと拳を握る。夢見(レヴァリム)島の上空では今、明らかな異変が起きていた。
 それは青い空に縦横無尽に走る、数えきれないほどの白い線。一見、空に描かれた模様か一面に張った蜘蛛の巣のようにも見えるそれは、“亀裂”だ。
 それはゆっくりと、だが確実に島の空を蝕んでいく。
「これが、“夢現剥離(むげんはくり)”……」
 ラウラの視界の先では、まるで卵の殻が剥がれていくように、一箇所、また一箇所と空が剥がれ落ちていく(・・・・・・・・)。剥がれた空は白銀の光の粒となって霧散し、後には一点の光も無い深淵の闇がぽっかりと口を開けていた。
 ラウラは昨夜の夢の中で聞いた話を脳裏に蘇らせていた。
『この島は、夢見の女神(レグナリア・レヴァリム)の箱庭。女神(レグナリア)の夢見の力によって支えられています。ゆえに、女神の力が弱まれば、島を構成する要素はバラバラに分解された上、二つに引き裂かれ、島はその存在自体を保っていられなくなります。それが“夢現剥離”……。それを防ぐことができるのは、ラウラ……あなただけなのです』
 ラウラはキルシェの手を握り返し、安心させるように微笑んだ。
「大丈夫だよ。私、絶対にこの島と皆を守ってみせるから。キルシェちゃん達は安全な場所にいて、私がちゃんとこの役目を果たせるよう祈ってて」
 キルシェは何も言えず、ただきつくラウラの身を抱きしめた。
 必死に嗚咽をこらえる気配に気づき、ラウラもただ何も言わず、震える腕にすがりついて泣いた。


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このページは津籠 睦月による児童文学風オリジナルファンタジーWeb小説「夢の降る島」第1話夢見の島の眠れる女神の本文ページです。
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