第1話:夢見の島の眠れる女神
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- 第9章 悪夢の宴(10)
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「えっと……一体、何がどうなってそうなったの?」
アメイシャの手を引き戻ってきたラウラを、キルシェが疑問符 だらけの顔で迎える。
「うん。だから、メイシャちゃんを悪夢 から取り戻したんだよ」
「それは分かってるけど、あんた一体何したのよ?皆があんなに苦戦してる悪夢 をあんな風に消しちゃうなんて」
「うん、だからね、悪夢 を消すにはそれに負けないくらい素敵な“夢”を紡げばいいってことだよ。不安には安心を、絶望には希望を、ストレスには癒しを与えれば消えるでしょう?だから悪夢には“夢”をぶつければいいんだよ」
言いながらラウラはアメイシャとつないだままの手をキルシェとアプリコットの方へ差し出す。
「キルシェちゃんとアプリちゃんも手伝って。この島の全ての悪夢 を夢で上書きするには、私とメイシャちゃんだけじゃ足りないから。一緒に夢見の娘 になって夢追いの祭のフィナーレをやり直そう」
頷いて手を重ねようとし、キルシェはふと引っかかりを覚えて動きを止めた。
「『一緒に夢見の娘 になって』……ってあんた、まさか私とアプリまで夢見の娘 にするつもり!?」
「うん。だって私とメイシャちゃんだけじゃ不公平だし」
「そういう問題じゃないでしょ!って言うか、夢術 に協力するだけならわざわざ夢見の娘 になる必要なんてないじゃない!」
「必要はないかもしれないけど、その方が楽しいと思うし。楽しい夢を紡ぐには、まず夢の紡ぎ手が思いきり楽しまないとダメだもん。キルシェちゃんはなりたくないの?夢見の娘 に」
キルシェはぐっと詰まった後、くしゃくしゃと髪をかき混ぜ叫ぶ。
「ああ、もうっ!あんたには負けたわ。なりたいに決まってるでしょ。ずっと憧れてたんだから!」
「アプリちゃんは?」
「なりたくないと言ったら嘘になるけど……いいのかしら?前代未聞よ。夢見の娘 が一度に四人なんて」
「良いではないか。前例などいつかは破られるものだ」
ためらうアプリコットにアメイシャが笑いかける。キルシェとアプリコットは顔を見合わせた。
「なんか……アメイシャ、感じが変わった?」
「ええ。何だか雰囲気が柔らかくなったみたい」
「べつに何も変わってはいない。ただ、今まで囚われていた些細なこだわりを一つ捨てただけだ」
言ってアメイシャは眩しいものでも見るようにラウラを見つめる。ラウラは四人の手を無理矢理一つに重ね、空いた方の手で杖を振り上げた。
「じゃあ行くよ!夢より紡ぎ出されよ!“夢見の娘 になったキルシェ・キルク及びアプリコット・アプフェル”!」
重ねられた手を中心に七色の光を帯びた風が巻き起こり、キルシェとアプリコットを一瞬で夢見の娘 の姿に変える。
四人の夢見の娘 は右手を高く掲げ、四本の銀の匙杖 の先を重ね合わせた。杖の先で光が渦巻く。キルシェ、アプリコット、アメイシャの杖の先から立ち上る三本の光の帯を、ラウラの杖の先から出る七色の光が一つにまとめ、より合わせ、一本の巨大で眩い光の束に変え、高く高く上っていく。
「夢より紡ぎ出されよ!」
ラウラは微笑みを浮かべて叫ぶ。
「“空飛ぶ島 の浮かぶ天空 の海を泳ぐ、カンブリアの海洋生物 、そしてその中に漂う思い出の幻影 ”!」
ラウラが叫び終わるのと同時に四人の真上で光がはじけた。それは島全体を覆いつくすような巨大な閃光だった。誰もが眩しさに視力を奪われる。そして光が止み皆が視力を取り戻したその時、誰もが言葉を失った。
広場は一瞬のうちにすっかり変貌を遂げていた。周囲を取り囲んでいた悪夢 たちは跡形もなく消え去り、それどころか地面も会場も谷の建物も何もかもが消え、そこにはただ果てもなく広がる星の海が在った。彼方には無数の灯りを点したラピュータが浮かび、間近には三葉虫やオバピニアなどカンブリア紀を生きた海洋生物たちがゆったりと泳ぎ回る。そして……。
「うわ!これ、昔なくした超合金ロボじゃん!何でこんな所に浮いてんだよ!?」
「あれ!?あのアノマロカリスの背中にいるの、俺のひいばあちゃんだ!何で!?」
リモンとカリュオンが不思議そうに何もない空間を指差す。その周りで他の島民たちも、口々に何か騒ぎながら辺りを見渡している。
「これは……“思い出の走馬灯 ”の変化形 だね。その人の記憶の中にある、今は失くした懐かしく愛しいものたちが幻影として辺りに投影されているんだ」
ビルネは他の人間には見えない懐かしい何かを見つめながら、そんな考察を口にする。フィグは汗を拭い、その場にへたり込みながら口を開いた。
「天の海に、ラピュータに、カンブリアの生物に、思い出……。つまりこれは選考会で四人が紡いだ夢の『全部盛り』ってことか。さすが、ラウラらしいと言えばラウラらしい発想だが……なんて混沌 な光景なんだ」
呆れたようなフィグの隣でビルネが笑う。
「でも、今まで見た夢追いの祭の中でも最高のフィナーレだと思うけどな。皆、さっきまでの戦いも忘れて夢中だし」
「そうかぁ?」
懐疑的な声とは対照的に、フィグの目は優しく細められていた。
その視線の先には昔なくしたオモチャや絵本、憧れていたヒーローや小さい頃に紡いだことのある数々の夢晶体 に混じり、一緒に時狂いの森を冒険した日の幼いラウラとフィグの姿があった。
幼いラウラとフィグは当時と変わらぬ無邪気な笑顔で、周りのオモチャや夢晶体 と戯れている。見つめていると、記憶とともにその頃の気持ちまでもが自然と蘇ってくる。夢を見ることに何の不安もなかった頃のこと、自分の力や可能性を何の疑問もなく信じていられた頃の気持ちが……。
フィグはにじんでくる涙もそのままに、忘れかけていた愛しい思い出たちを飽きることなく見つめ続けた。その夜、ラウラは夢の中でシスター・フレーズと再会した。
彼女はラウラに己の正体を明かし、島の悪夢が未だ収まってはいないことと、この悪夢を終わらせるためにラウラが果たすべき真の役割を告げる。
それは淡い恋心を支えに新しい夢へ向け歩み出そうとしていたラウラにとって、あまりにも重く、過酷な役割だった。
このページは津籠 睦月による児童文学風オリジナルファンタジーWeb小説「夢の降る島」第1話の本文ページです。
個人の趣味による創作物のため、全章無料でお読みいただけますが、
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