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第1話:夢見の島の眠れる女神
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第4章:紡ぐ小女神(レグナース)(4)

 シスター・フレーズは何も言わず、ただ静かな目でラウラの言葉を待つ。
「上手く言えないし、自分でもよく分からないんだ。でも、何か違う気がして、モヤモヤするんだ。私が皆に見てもらいたいのは、本当にこれなのかなって……。ただ私が好きなもの、綺麗だと思ったものを並べるだけでいいのかなって。だって、その景色を見た人が、私と同じように好きだ、綺麗だって感じてくれるとは限らないし」
 その言葉に、シスター・フレーズは軽く目を見開いた。
「……あなたは、その夢術(レマギア)を見る人に、あなたがその景色を見た時に感じたのと同じ感動を味わってもらいたいのですね」
「え?うん。感動っていうほど大袈裟なものじゃないけど、楽しんではもらいたいよ。私、何かヘンなこと言ってるかな?」
「いいえ、あなたらしいと思いますよ」
 シスター・フレーズは心の内を口にすることなく、ただにっこりと微笑んだ。評価の高低や結果を気にするのではなく、ただ純粋に見ている人間を楽しませようと思って課題に打ち込む――それは人生に関わるような重大な課題であればあるほど、難しいものだ。それをあっさりと、しかも無邪気に無自覚に口にする目の前の小女神(レグナース)を、シスター・フレーズは赤子を慈しむ母のような眼差しで見つめた。
「とは言え、人間の好みや価値観は、生来の資質や生まれ育った環境により変化するものです。ある人にとっては最高の景色であっても、別の人からすれば、何とも思わないただの平凡な風景に映るかも知れません。何を見て感動するかは、その人の心次第、全ての人に受け入れられる夢術(レマギア)というのは難しいでしょう。ですからあなたは、あなたが良いと思ったものを貫き通せば良いのではないですか?」
「うん、ありがとう。……でもやっぱり、何か物足りないままなのは悔しいな。だから、もう少し考えてみる」
 そう言うと、ラウラは顎に手を当て、首をひねりながら何ごとか呻きだした。
「う〜ん。そっか、何が最高の景色かは人によって違う、かぁ……。そうだよね、よく考えれば当たり前なことだよね。それじゃ、人って何を基準に最高の景色を決めてるのかなぁ?私はどうやって決めてたっけ?好きな景色とそうじゃない景色の違いって何だろう?……う〜ん……思い入れが違う、とか?」
「納得のいくまで悩むのは良いことですが、あまり遅くまでこんな所にいると風邪をひきますよ」
 言われてラウラはハッとしたように匙杖(スプーンワンド)を元の形に戻し、あわてて自分の前髪にとめた。
「そっか、そうだね。肝心の選考会に病欠なんて洒落にならないし。じゃあ、もう部屋に戻るね。おやすみなさい、シスター・フレーズ」
 そう言って階段を下りて行こうとするラウラを引き止めるように、シスター・フレーズが問いかける。
「一つ、訊いても良いですか?」
「え、何?」
「あなたは一体何を(・・)目指しているのですか?ただ単純に夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)を目指しているのとは違うように思えますが」
 その問いに、ラウラは何度か瞬きを繰り返した後、何かを悟ったように大きく頷いた。
「うん、そう言われてみれば、そうなのかも。私は“夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)”になりたいわけじゃない。この島で最高の小女神(レグナース)になりたいんだ。誰よりも強い夢見の力を持った小女神(レグナース)に。それがたまたま“夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)”だったから、自然とそれを目指してるだけなんだ」
 その答えを聞いてなお、シスター・フレーズは問いを重ねる。その表情は真剣そのもので、まるで人の生き死にに関わるような重大事を見極めようとしているようにさえ見えた。
「なぜそれを目指すのか、訊いても良いですか?」
「えっと……何でだろう。うーん……たぶん、最高の小女神(レグナース)じゃないと敵わない、吊り合わない人がいるから、かな」
「それはもしかして、以前言っていた、あなたの幼なじみの少年ですか?」
「うん!フィグってね、すごいんだ。何でもできるし、何でも知ってるし、夢術(レマギア)も上手だし。きっとフィグが小女神(レグナース)だったら、メイシャちゃんにだって負けてないと思う。それに何より、すごく大きな夢を持ってるんだ。他の誰も見られないような、すごく大きくて、素敵な夢」
 フィグのことを語るラウラの瞳は輝きに満ちて、本当に心から彼のことを尊敬しているのだと雄弁に物語っていた。
「その夢を教えてもらった時、私、すごく焦ったんだ。だってその時の私には、将来の夢なんて全然なかったから。だから、フィグに負けないように、私も大きな夢を目指すことにしたんだ。って言っても、フィグの夢に比べたら全然ちっぽけなんだけど……」
 照れたように笑うラウラを難しい顔で見つめ、シスター・フレーズは何かを探るようにさらに問う。
「あなたの夢は、彼と競うためのものなのですか?彼と吊り合うためだけに、夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)を目指すのですか?」
「うん。最初はそうだったよ。でもね、夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)がどういうものなのか知ってからは、本気でなりたいって思うようになったよ。それに、夢を追いかけること自体が楽しくなってきたから」
 責めているようにも聞こえる硬い声の問いにあっけらかんとそう答えて、ラウラは無邪気に笑った。
「夢を追いかけるのって、すごく幸せ。だって夢に近づくためにいっぱい物を考えて、いっぱい努力して、一つ何かを乗り越えるたびに、新しい“自分(わたし)”が生まれるんだ。それまでどんなに頑張ってもできなかったことが、ある日突然、がんじがらめになってた糸が解けるみたいに、するっとできるようになったりして、毎日毎日少しずつ、自分が成長していくのが分かるの。なりたい自分(わたし)に……ううん、違う。それよりもっとすごい、今まで思いもしなかった自分(わたし)に近づいてく。時には壁にぶつかって、苦しくて、何日も、何週間も立ち直れないこともあるけど、それでも私、明日が来るのが楽しみで仕方がない。きっと明日になれば、今日よりもっとずっとすごい自分(わたし)になれているはずだから。こんな気持ち、夢を追いかけてなかったら、きっと味わえなかった。今の私が在るのは、夢を追いかけていたおかげ。だから、この夢はもうフィグのためじゃなく、私のための夢になってるの」
 シスター・フレーズは言葉もなくラウラを見つめた後、感嘆するかのような吐息をこぼした。
「……何年経っても変わりませんね、あなたは。人間は大人に近づくにつれ、未来が恐くなるものだというのに、幼い頃と変わらず、無邪気に明日を夢見て……」
 シスター・フレーズはそこで一度言葉を切り、愛しげに、それでいてどこか哀しげに微笑んだ。
「そんなあなただから、私はあなたを……」
「……え?」
 その時ちょうど九つの鐘の音が鳴り響き、ラウラはその言葉を最後まで聞き取ることができなかった。聞き返すラウラにシスター・フレーズはただ深淵な笑みを返し、そのまま鐘楼を立ち去っていった。


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このページは津籠 睦月による児童文学風オリジナルファンタジーWeb小説「夢の降る島」第1話夢見の島の眠れる女神の本文ページです。
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