TOP(INDEXページ) 小説・夢の降る島|もくじ 第1話: 小説|夢見の島の眠れる女神 :第12章(後)あとがき
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序 ()し日に()て去りし夢

 
『ねぇ、アメイシャ。あなたなら、(かな)えてくれるわよね?母様の果たせなかった夢を、あなたなら実らせてくれるわよね……?』
 闇の中から、声がする。甘く、優しく、けれど身にまとわりつくように重い、声。
 その声が言葉を(つむ)ぐたびに、胸の中に冷たいものが降りてくる。まるで雪が降り積もるように、少しずつ少しずつ、けれど確実に、私の心を冷たいもので満たしていく。
『他の子に何を言われたって、気にすることなんてないわ。あなたはこの島で一番優れた小女神なのだもの。あんな普通の子たちとは、住む世界が違うのよ』
 声は止まない。冷たいものはどんどん私の中を()()くしていく。冷たさに身が(こご)えて、動けない。
 これは何だろう。私の身の自由を奪っていく、この冷たく、けれどなぜか悲しいほどにキラキラ光って感じられる“これ”は、何なのだろう。
頑張(がんば)ってね、アメイシャ。母様は信じているわ。あなたなら必ず、史上最高の“夢見の娘”になれると……』
 そこまで聞いて、ふいに理解した。雪のように冷たく、硝子(ガラス)の破片のようにキラキラと輝きながら降りしきるものの正体が。
 これは――壊れた夢の欠片(カケラ)だ。私とあの人の、叶えられなかった夢の残骸なのだ。
『アメイシャ、あなたは私の夢。私の誇りよ。あなたがいれば母様は、他に何も要らないの』
「母様……」
 顔が強張るのが、自分でも分かった。
 震える手で耳をふさぐ。だがふさいでも、声は指の間をすり抜けて耳の奥まで()み込んでくる。
「……やめてください。もう、何もかも終わってしまったんです。もうこれ以上、何をしても無駄なんです」
 口にした途端、自分の吐いたその言葉さえもが、冷たい棘となって私の身に突き刺さった。冷たくて、痛くて、耐えられない。
「誰か、助け……」
 ()てついたように動きの(にぶ)い指を、それでも必死に動かして手を伸ばそうとする。助けを求めようとする。
 けれど、心のどこかで(あきら)めてもいる。……こんな私を救ってくれる者など、いるはずがないと。
『そんなこと、ないよ』
 ふいに、闇の中に柔らかな声が響いた。
 どこかで聞いたことがあるような気がする声。なぜか胸が()めつけられるような、不思議に(なつ)かしい声。
『全てを諦めてしまわないで。世界は毎日変わっていくんだよ。メイシャちゃんが思ってもみなかった未来が訪れることだって、きっとあるよ』
 赤子をあやす母のような、優しい、優しい声。
 (ひらめ)くように私は、その声の主の正体を悟った。
「あなたは…………!」

 

  

 名を叫ぼうとして、目が覚めた。
 そこはもう、闇の中ではなく、明るい日の光に包まれた幌馬車(ほろばしゃ)の中だった。
 周りには、私と同年代の男女が緊張した面持ちで座している。
「……夢、か」
 吐息混じりに呟くと、隣でそれを聞き(とが)めた人物がいた。 
「あぁ~ら、自分のこれからの人生を決めることになる大切な日に居眠りだなんて、さすが百年に一人の天才様は度胸が違いますこと。うらやましいですわぁ」
 典型的な皮肉に無視を決め込むと、相手は一瞬むっとした表情になった後、()りずに(なお)も言葉を続けてきた。
「でも、そんな余裕でよろしいのかしら?数ヶ月前までのあなたでしたら、どの夢術師も引く手数多(あまた)で待ち(かま)えてくれていたのでしょうけど、今のあなたは“運命に選ばれなかった”元小女神として有名ですもの。選考会であなたを推した審査官の方々は、その座を辞さざるをえなかったそうですわよ。それはそうですわよね。あなたに惑わされたせいで審査を誤り、“夢見の女神”の意向を裏切るような結果を出したしまったのですもの」
 こんな風にあからさまに、こちらを傷つけようという意図で言葉を投げつけられるのには慣れている。今回も、無視して聞き流せば良いだけだ。……それは分かっている。
 けれど、どうしても聞き流すことのできない、どうしようもなく胸に突き刺さる言葉がいくつも、そこには含まれていた。
「君の方こそ、他人の心配をしてくれるとは随分(ずいぶん)と余裕だな。そんなことより自分の心配をしたらどうだ?まぁ、私より優れた夢晶体を紡ぎ出せる自信があるなら、何も言うことは無いが」
 心とは裏腹に、そんな虚勢混じりの皮肉を返す。相手は何も言い返す言葉が見つからなかったのか、怒りに顔を赤く染め、無言で私から離れた位置へと移動していった。
 ほんの一瞬だけ胸がすっとした後、すぐに後悔にも似た(むな)しさに襲われる。悪意に対し、それ以上の悪意で返すことしか知らない自分の(いた)らなさに、心が(しず)みかけたその時、ふいに頭上から声が降ってきた。
「すっげー。本当に本物のアメイシャ様だ。こんな近くで見られるなんて……うわー、どうしよう。マジ、やべぇ……」
 誰に向かって言っているのか、そもそも何が言いたいのか本気で分からないその声に顔を上げると、見覚えのない青年が、天井のさほど高くない幌馬車の中、窮屈(きゅうくつ)そうに身を(かが)めて私の顔を(のぞ)き込んでいた。
 細身だが身の引き締まった、スポーツか格闘技でもやっていそうな体格の青年だ。
「何だ、君は」
 知らない者同士とは思えぬ距離感から、ぶしつけにじろじろ(なが)められ、私は不快感丸出しに問う。
 だが彼は、そんな明らかに険のある声にも臆することなく、それどころかひどく嬉しそうに目を輝かせた。
「俺、リモン・リモート。アメイシャ様と同じで、今日、新弟子試験を受けに行くんだ!まさかあの(・・)アメイシャ様と同じ馬車に乗り合わせるなんて!感激過ぎて、ちょっと言葉が見つからないんスけど……」
 そう言って向けられた笑顔に、私は正直、戸惑った。
 彼の言葉には一切悪意が感じられない。こんな風に真っ直ぐに明るい感情をぶつけられるのは、あの子(・・・)以来かも知れない。
 この青年は、何なのだろう。どうしてこの私に、こんな顔を向けてくるのだろう。
 ……とりあえず、何か言葉を返したい。けれど何を言ったら良いか分からない私の耳に、到着を(しら)せる御者(ぎょしゃ)の声が聞こえてきた。
「おっ、着いたみたいっスね。よっしゃァ!いっちばん乗りぃぃ~!」
 リモンと名乗った青年は、わけの分からない奇声を発し、興奮したように馬車の外へと飛び出していった。
「あ……」
 引き止める間も無く行ってしまった彼の背中に、何か自分でもよく分からない感情が、胸の中で(うず)く。
 だがそれが何なのかよく吟味する(ひま)も無く、私は人波に流されるようにして馬車の外へと押し出された。
 そこは、流星の谷と呼ばれる場所。網目のように張り巡らされた白い道の間に、無数の蒼い湖沼がきらめく谷。
 そしてそこに待ち受けていたのは、それぞれ思い思いの色と形のローブに身を包んだ男女の群れだった。
「夢術師志望者の諸君。ようこそ流星の谷へ。我々は君達を同志として歓迎する。ただし、君達の実力が我々の眼鏡(めがね)にかなったらの話だが……」
 ……そう。私は今日、夢術師となるためにここへ来たのだ。
 失った、かつての夢の代わりに……。

 
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このページは津籠 睦月によるオリジナル・ネット小説「夢の降る島」
第?話「アメイシャと不思議のラビリンス」の先行公開ページです。
物語のジャンル(構成要素)はファンタジー・恋愛・冒険・アクションなど(の予定)です。

著作権は放棄していませんので、無断転載等はおやめください。
 

 
 
※この物語はフィクションです。
実在の人物・団体・事件・歴史的事実等とは関係ありません。
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