『ねぇ、アメイシャ。あなたなら、
闇の中から、声がする。甘く、優しく、けれど身にまとわりつくように重い、声。
その声が言葉を
『他の子に何を言われたって、気にすることなんてないわ。あなたはこの島で一番優れた小女神なのだもの。あんな普通の子たちとは、住む世界が違うのよ』
声は止まない。冷たいものはどんどん私の中を
これは何だろう。私の身の自由を奪っていく、この冷たく、けれどなぜか悲しいほどにキラキラ光って感じられる“これ”は、何なのだろう。
『
そこまで聞いて、ふいに理解した。雪のように冷たく、
これは――壊れた夢の
『アメイシャ、あなたは私の夢。私の誇りよ。あなたがいれば母様は、他に何も要らないの』
「母様……」
顔が強張るのが、自分でも分かった。
震える手で耳をふさぐ。だがふさいでも、声は指の間をすり抜けて耳の奥まで
「……やめてください。もう、何もかも終わってしまったんです。もうこれ以上、何をしても無駄なんです」
口にした途端、自分の吐いたその言葉さえもが、冷たい棘となって私の身に突き刺さった。冷たくて、痛くて、耐えられない。
「誰か、助け……」
けれど、心のどこかで
『そんなこと、ないよ』
ふいに、闇の中に柔らかな声が響いた。
どこかで聞いたことがあるような気がする声。なぜか胸が
『全てを諦めてしまわないで。世界は毎日変わっていくんだよ。メイシャちゃんが思ってもみなかった未来が訪れることだって、きっとあるよ』
赤子をあやす母のような、優しい、優しい声。
「あなたは…………!」
名を叫ぼうとして、目が覚めた。
そこはもう、闇の中ではなく、明るい日の光に包まれた
周りには、私と同年代の男女が緊張した面持ちで座している。
「……夢、か」
吐息混じりに呟くと、隣でそれを聞き
「あぁ~ら、自分のこれからの人生を決めることになる大切な日に居眠りだなんて、さすが百年に一人の天才様は度胸が違いますこと。うらやましいですわぁ」
典型的な皮肉に無視を決め込むと、相手は一瞬むっとした表情になった後、
「でも、そんな余裕でよろしいのかしら?数ヶ月前までのあなたでしたら、どの夢術師も引く手
こんな風にあからさまに、こちらを傷つけようという意図で言葉を投げつけられるのには慣れている。今回も、無視して聞き流せば良いだけだ。……それは分かっている。
けれど、どうしても聞き流すことのできない、どうしようもなく胸に突き刺さる言葉がいくつも、そこには含まれていた。
「君の方こそ、他人の心配をしてくれるとは
心とは裏腹に、そんな虚勢混じりの皮肉を返す。相手は何も言い返す言葉が見つからなかったのか、怒りに顔を赤く染め、無言で私から離れた位置へと移動していった。
ほんの一瞬だけ胸がすっとした後、すぐに後悔にも似た
「すっげー。本当に本物のアメイシャ様だ。こんな近くで見られるなんて……うわー、どうしよう。マジ、やべぇ……」
誰に向かって言っているのか、そもそも何が言いたいのか本気で分からないその声に顔を上げると、見覚えのない青年が、天井のさほど高くない幌馬車の中、
細身だが身の引き締まった、スポーツか格闘技でもやっていそうな体格の青年だ。
「何だ、君は」
知らない者同士とは思えぬ距離感から、ぶしつけにじろじろ
だが彼は、そんな明らかに険のある声にも臆することなく、それどころかひどく嬉しそうに目を輝かせた。
「俺、リモン・リモート。アメイシャ様と同じで、今日、新弟子試験を受けに行くんだ!まさか
そう言って向けられた笑顔に、私は正直、戸惑った。
彼の言葉には一切悪意が感じられない。こんな風に真っ直ぐに明るい感情をぶつけられるのは、
この青年は、何なのだろう。どうしてこの私に、こんな顔を向けてくるのだろう。
……とりあえず、何か言葉を返したい。けれど何を言ったら良いか分からない私の耳に、到着を
「おっ、着いたみたいっスね。よっしゃァ!いっちばん乗りぃぃ~!」
リモンと名乗った青年は、わけの分からない奇声を発し、興奮したように馬車の外へと飛び出していった。
「あ……」
引き止める間も無く行ってしまった彼の背中に、何か自分でもよく分からない感情が、胸の中で
だがそれが何なのかよく吟味する
そこは、流星の谷と呼ばれる場所。網目のように張り巡らされた白い道の間に、無数の蒼い湖沼がきらめく谷。
そしてそこに待ち受けていたのは、それぞれ思い思いの色と形のローブに身を包んだ男女の群れだった。
「夢術師志望者の諸君。ようこそ流星の谷へ。我々は君達を同志として歓迎する。ただし、君達の実力が我々の
……そう。私は今日、夢術師となるためにここへ来たのだ。
失った、かつての夢の代わりに……。