第二章 神の生まれ出 づる杜 (5)
『これで、ひとまずは安心でしょう。私の暗示に逆らえる人間などいませんもの』
「さすが、人の心を惑わし、真実をねじ曲げることには長けているな」
『いつでも真実ばかりを口にすれば上手くいくというものではありませんわ。嘘が悪いもののように言われるのは、皆がその使いどころを間違 えるからです』
「その使いどころを間違えて主を死なせたお主 がそれを言うのか」
『あら。あなたこそ、そんなことを言える立場ではありませんわよね?今でこそ、神と呼ばれ畏 れられていますけど、元は主さえその身で殺 めた荒ぶる精霊ですものねぇ』
その瞬間、残酷な情景が脳裏 に蘇 った。全身に浴びた血潮の熱さと、鉄 錆 びたようなその匂い、その中で己の発した叫びさえもが、今この場で響いているかのように鮮明に蘇っていた。
――真大刀 !目を開けよ!このようなこと、あってはならぬ!お前までもが命を喪 うなど、あってはならぬ!
俺は天探女を睨 みつけ、低い声で告げた。
「助けてくれたことには感謝しよう。だがその身からさっさと去れ。それは我が巫女の肉体 だ」
『言われなくても、もう行きますわ。あなたのように無礼な男神とこれ以上話していたくありませんもの。あなたみたいな神の巫女が、こんな善 い娘だなんて、もったいない限りですわ……』
最後まで恨 みがましい呟 きを口にしながら、天探女は花夜の身を離れていった。俺は過ぎし日の幻に心を囚われたまま、ただぼんやりとそれを見送った。
「ヤト様、大丈夫ですか?」
我に返った花夜が心配そうに顔を覗 き込んできた。
「あの……っ、あなた様のお気持ちを無駄 にするような真似をして申し訳ございません!決してあなた様のことをおろそかにしているわけではなく、ただ、できる限り死者を出したくないという、その一心で……!」
天探女 をその身に降 ろしていた間のことをまるで覚えていない花夜は、俺の呆 けた顔を別の意味に解釈 したらしい。必死に弁解してきた。
「気にしてはおらんから、謝る必要はない。俺を止めたお前の判断は間違ってはおらん。まさか天探女を出してくるとは思わなかったが」
人心を惑 わす天探女を快 く思う者はあまりおらず、崇 めるどころか、後世では神であったことすら半ば忘れ去られ、妖怪のように扱 われることとなる。そんな女神に祈りを捧 げ祭祀 る娘がいるなど、俺はこの時まで想像したこともなかった。
「世の中の物事には、どんなものであれ存在する意味があるのだと、母が申しておりました。ですから……きゃっ!?」
花夜の言葉は彼女自身の悲鳴によって途切 れた。
「さすが、人の心を惑わし、真実をねじ曲げることには長けているな」
『いつでも真実ばかりを口にすれば上手くいくというものではありませんわ。嘘が悪いもののように言われるのは、皆がその使いどころを
「その使いどころを間違えて主を死なせたお
『あら。あなたこそ、そんなことを言える立場ではありませんわよね?今でこそ、神と呼ばれ
その瞬間、残酷な情景が
――
俺は天探女を
「助けてくれたことには感謝しよう。だがその身からさっさと去れ。それは我が巫女の
『言われなくても、もう行きますわ。あなたのように無礼な男神とこれ以上話していたくありませんもの。あなたみたいな神の巫女が、こんな
最後まで
「ヤト様、大丈夫ですか?」
我に返った花夜が心配そうに顔を
「あの……っ、あなた様のお気持ちを
「気にしてはおらんから、謝る必要はない。俺を止めたお前の判断は間違ってはおらん。まさか天探女を出してくるとは思わなかったが」
人心を
「世の中の物事には、どんなものであれ存在する意味があるのだと、母が申しておりました。ですから……きゃっ!?」
花夜の言葉は彼女自身の悲鳴によって
※このページは津籠 睦月によるオリジナル和風ファンタジー小説「花咲く夜に君の名を呼ぶ」のモバイル版本文ページです。
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