第二章 神の生まれ出 づる杜 (4)
「ヤト様!目と鼻を塞 いで下さい!」
花夜が叫ぶ。反射的にそれに従うと、何かひどく細かいものが頬 を撫 で、水霊 の方へ通り抜けていくのを感じた。
「何だ!?目が……っ、目が痛いっ!」
「ぶはっくしょ……っ、くしゅっ、くそっ!鼻水が止まらん!」
男達が悲鳴を上げる。おそるおそる目を開け、俺は状況を悟 った。
「なるほど。水の霊力を削 ぐには土、か」
目を閉じる前までは透 き通っていたはずの水霊の躯 は、今や様々な色が混じり合い、まだらに濁 っていた。濁 りの正体は杜中 から散り集まった花粉や花びらだ。
「水の動きを鈍らせるには、土をかけて泥 にしてしまえばいい。でも私には土神様や山神様をお召 びするほどの霊力 はありません。ですから、木花散流比売尊の魂をお借りしました。木の花より散ったものもまた、やがて土へと変わるもの。土ほどではありませんが、水の霊力を削ぐことができます」
花夜の言葉通り、水霊 はもはやその形を保ってはいなかった。花粉と花びらが溶け混じり、泥の塊 のような姿となり、地にもがいていた。俺は人の姿のまま水霊の元へ歩み寄り、濡 れた花びらに埋 もれたヒサゴの葉を手刀 で両断する。霊媒 を失った水霊は、ぴくりとも動かなくなった。
男達は花粉にむせび苦しみながらも、俺から逃げようと駆け出す。俺は指を鳴らした。木々の下生えの間に潜んでいた神使 の蛇達が、ゆらりと這い出し男達の足に絡みつく。
「逃さぬ。お前達はほとぼりが冷めたら、どうせまたこの木を伐 りに来るのだろう?そうはさせん。せめて藤の木の神がこの木を離れられるほどに育つまで、手出しをしてもらっては困るのだ」
「き、伐 らない!伐らないから!み、見逃して下さいっ!」
「悪いが人間の言うことは信用できぬ。特にお前達、霧狭司の国の民はな」
俺は男の一人に歩み寄り、その喉元 に手刀を突きつけた。
「お止 め下さい、ヤト様!」
制止する花夜に、俺は鋭く問う。
「止めてどうする。この男どもが本当にこの木を諦めると思うのか?たとえどれほど固く誓いをさせたとしても、当てにはならん。人間は我が身可愛さに約束さえ平気で破る生き物だ。ここでこの男どもを始末しておくか、我々がここに留まり続けでもしない限り、この木を守ることはできん」
「武力で解決するだけが全てではありません!他にも方法はあります!」
花夜はそう言うと、再び五鈴鏡を手にとり踊りだした。
「千葉茂る花蘇利国の社首・花夜が祈 がいます。天探女尊 よ、我が身にその魂をお分け下さい」
花夜の瞳が妖しく輝く。俺は顔を強張らせて身を引いた。
「あ……天探女 、だと……っ?」
『まぁ、失礼な反応ですこと。せっかく力を貸して差し上げようとしていますのに』
花夜の身に降りた天探女 は、なまめかしい仕草 で髪をかき上げると、妖艶 に微笑んだ。蛇に捕 らわれた男達は、いつの間にか悲鳴を上げることも忘れ、その姿に見入っている。
『ねぇ、あなた達。このままこの神に殺されたくはないのでしょう?』
俺を指差し、天探女が男達に問う。男達は呆然とした顔のまま激しく首を縦 に振った。
『でも、このまま手ぶらで帰って咎 めを受けるのも嫌なのでしょう?』
男達は再び首を振った。その瞳は虚 ろで、正直に答えれば己の不利に働くという考えすら、今は浮かばぬように見えた。
『だったら良い方法を教えてあげましょう。霧狭司の神祇官 にはね、こう伝えるの。行ってみたら、藤の木は根が腐り枯れておりました≠チて。こうすれば、あなた達が咎 められることはないし、この神に殺される危険を冒 してまでもう一度木を伐 りに遣わされることもないでしょう?』
男達の顔が明るく輝く。天探女はいたずらっぽく微笑 んで俺を振り返る。俺はしぶしぶ指を鳴らし、神使に男達を解放させた。男達は奇妙な笑みをその顔に貼りつけたまま、後も見ずに駆け去っていく。
花夜が叫ぶ。反射的にそれに従うと、何かひどく細かいものが
「何だ!?目が……っ、目が痛いっ!」
「ぶはっくしょ……っ、くしゅっ、くそっ!鼻水が止まらん!」
男達が悲鳴を上げる。おそるおそる目を開け、俺は状況を
「なるほど。水の霊力を
目を閉じる前までは
「水の動きを鈍らせるには、土をかけて
花夜の言葉通り、
男達は花粉にむせび苦しみながらも、俺から逃げようと駆け出す。俺は指を鳴らした。木々の下生えの間に潜んでいた
「逃さぬ。お前達はほとぼりが冷めたら、どうせまたこの木を
「き、
「悪いが人間の言うことは信用できぬ。特にお前達、霧狭司の国の民はな」
俺は男の一人に歩み寄り、その
「お
制止する花夜に、俺は鋭く問う。
「止めてどうする。この男どもが本当にこの木を諦めると思うのか?たとえどれほど固く誓いをさせたとしても、当てにはならん。人間は我が身可愛さに約束さえ平気で破る生き物だ。ここでこの男どもを始末しておくか、我々がここに留まり続けでもしない限り、この木を守ることはできん」
「武力で解決するだけが全てではありません!他にも方法はあります!」
花夜はそう言うと、再び五鈴鏡を手にとり踊りだした。
「千葉茂る花蘇利国の社首・花夜が
花夜の瞳が妖しく輝く。俺は顔を強張らせて身を引いた。
「あ……
『まぁ、失礼な反応ですこと。せっかく力を貸して差し上げようとしていますのに』
花夜の身に降りた
『ねぇ、あなた達。このままこの神に殺されたくはないのでしょう?』
俺を指差し、天探女が男達に問う。男達は呆然とした顔のまま激しく首を
『でも、このまま手ぶらで帰って
男達は再び首を振った。その瞳は
『だったら良い方法を教えてあげましょう。霧狭司の
男達の顔が明るく輝く。天探女はいたずらっぽく
※このページは津籠 睦月によるオリジナル和風ファンタジー小説「花咲く夜に君の名を呼ぶ」のモバイル版本文ページです。
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