第二章 神の生まれ出 づる杜 (6)
目を移せば、俺達はいつの間にか人ならざるモノたちに囲まれていた。緑の髪に花や果実をからませた彼らは、こちらをじっと見つめ、何事かを口にする。だがその唇から零 れるのは、まるで木の葉擦 れのような『ざわざわ、ざわざわ』という音ばかりだった。
「……ヤト様っ」
花夜がおびえたように俺の衣袖 を握 ってきた。救いを求めるようなその瞳に、何か言葉を返そうと口を開きかけたその時、藤の木の元で光が弾 けた。白に、黄金に、虹の七色――ありとあらゆる色彩をひとつに凝縮 したような美しい光だった。
「お守り下さり、心より感謝申し上げます。蛇の姿を持つ神、そしてその巫女姫」
光の中から現れたのは、一柱の女神。白藤を思わせる純白の髪に藤紫の瞳、肩にまとった花の領巾 を風にひらめかせるその姿は、まさに藤の木の女神にふさわしいものだった。
「藤の木の女神様……。無事にお生まれになったのですね……」
女神の姿にうっとり見惚 れる花夜のそばに、人ならざるモノたちが歩み寄る。あいかわらず、ざわざわと言葉にならぬ声を出しながら、花夜に向かって手に持った何かを差し出す。困惑 する花夜に、女神が優しい声で語りかけた。
「この霊 たちは木霊 。この杜 の木々に宿る精霊が人の姿をとったものです。あなたに杜 の木を守ってくれたお礼をしたいのだそうですよ。どうか受け取ってあげて下さい」
「そうでしたか。ありがとうございます」
花夜が両手を差し出すと、木霊 たちは次々とその上に木の実や木の皮などを乗せていった。
「これは団栗 の実、それは黄櫨 の木の樹皮。どちらも染料として使えます。そちらは呉桃 の実、油が採 れますよ」
木霊たちの贈 り物はどれも森ではありふれた、しかし使いようによっては日々の暮らしを豊かにしてくれる品ばかりだった。藤の木の女神はそれら一つ一つを木霊 の言葉を通訳しながら説明してくれる。
やがて最後に、ひどくおずおずと遠慮 がちに、花夜の手のひらに幾粒かの種が置かれた。その種を渡してきたのは、他の木霊 たちより一回り小さな木霊の少女。彼女は消え入りそうに小さな声で『さわさわ』と囁 きかける。
「あの……彼女は何と言っているのでしょうか?」
「それは花の種だそうです」
他の木霊の陰 から顔だけを出し、恥ずかしそうにこちらを見る木霊の少女を、藤の女神は優しい目で見つめる。
「何の役にも立たないかも知れませんが、今の自分に用意できるのはその種だけですから、ぜひ持っていって欲しい、と言っています」
「役に立たないなんて、とんでもありません。郷 の皆に良いおみやげができました」
花夜の言葉に藤の女神は笑 みを深くする。
「その花にはまだ名がありません。よろしければ、あなたが名付け親になってあげてくれませんか?」
「え!?私が!?そんな……、よろしいのですか?」
「ええ。あなたなら良い名を付けてくれるでしょうから、きっとあの霊 も喜びます。それと、木霊たちとは別に、私からもぜひお礼をさせて欲しいのですが、何か望みはありますか?」
「……ヤト様っ」
花夜がおびえたように俺の
「お守り下さり、心より感謝申し上げます。蛇の姿を持つ神、そしてその巫女姫」
光の中から現れたのは、一柱の女神。白藤を思わせる純白の髪に藤紫の瞳、肩にまとった花の
「藤の木の女神様……。無事にお生まれになったのですね……」
女神の姿にうっとり
「この
「そうでしたか。ありがとうございます」
花夜が両手を差し出すと、
「これは
木霊たちの
やがて最後に、ひどくおずおずと
「あの……彼女は何と言っているのでしょうか?」
「それは花の種だそうです」
他の木霊の
「何の役にも立たないかも知れませんが、今の自分に用意できるのはその種だけですから、ぜひ持っていって欲しい、と言っています」
「役に立たないなんて、とんでもありません。
花夜の言葉に藤の女神は
「その花にはまだ名がありません。よろしければ、あなたが名付け親になってあげてくれませんか?」
「え!?私が!?そんな……、よろしいのですか?」
「ええ。あなたなら良い名を付けてくれるでしょうから、きっとあの
※このページは津籠 睦月によるオリジナル和風ファンタジー小説「花咲く夜に君の名を呼ぶ」のモバイル版本文ページです。
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