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和風ファンタジー小説
花咲く夜に君の名を呼ぶ

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第二章 神の生まれ()づる(もり)(3)

「ばか。それで俺達が罪を犯し、(けが)れた手で御神木に触れたのでは本末転倒だろう。神坐(カミクラ)として使えなければ、苦労してこの木を()って帰っても何の報酬も得られんのだぞ」
 そう言って男が指差したのは、目の前で咲きほこる藤の木。花夜は顔色を変えた。
()る?この木を、ですか?」
「ああ、そうだ。だから悪いが、よそへ行ってくれないか?このままここにいられたら危ないんでね」
「いけません!この木には間も無く神様がお宿りになるのです!()ってはいけません!」
 花夜の必死の訴えを男達は一笑に付した。
「何言ってんだ?どこに神様がいるって?どう見たって、ただの木じゃねぇか」
 何の霊力も無いこの男達には、藤の木を輝かせる祈魂(ホギタマ)の光など、()えはしないのだ。
「だいたい、それが本当だとしても、所詮(しょせん)は藤の木の神様だろう?俺達がこの木を()るのは、この世の全ての水を司る水神(すいじん)様のため。藤の木の神なんぞとは格が違うんだ」
「格が違う?確かにそうだな。神の間にも序列というものは存在する。この世の基礎を形成する風火水土の四柱の神と比べられては、大概の神が下位に置かれるだろう。だが神は神。お前たち人間が簡単に傷つけて良い存在ではない」
 俺はそれ以上黙って男の話を聞いていることができず、姿を現した。男達はぎょっとして後ずさる。
「こいつ……!どこから現れた!?」
「待て!銀の髪に紅の瞳……こんな色、人間にはあり得ない!神だ!」
「そうだ。神だ。お前たち人間の(かな)う存在ではない。この木のことは(あきら)めて、すぐに立ち去れ。さすれば見逃してやろう」
 だが男達は去らなかった。彼らは顔を強張(こわば)らせながらも、冷静に俺から距離をとり、腰に下げた袋から何かを取り出した。
「まさか本当にこんなものを使うことになるとはな……」
「ああ。神祇官(じんぎかん)様のおっしゃることは本当だった。この(もり)には荒ぶる神や精霊が本当に()んでいるのだな……」
 男が手にしたのは一枚のヒサゴの葉だった。男はそれを飲み水の入った皮袋の中へ放り込む。直後、皮袋から、とてもその中に収まっていたとは思えない量の水が()き出した。
「何!?まさか、祈道(キドウ)(わざ)!?」
 悲鳴のように叫ぶ花夜の目の前で、噴き出した水が透明な蛇の形を成していく。水の精霊・水霊(ミヅチ)だ。
「ヒサゴは水神の象徴(しょうちょう)だ。おそらく霧狭司国の巫女が、(あらかじ)め術を(ほどこ)し杣人達に渡しておいたのだろう。……面倒なことを」
 俺は小さく舌打ちした。蛇神は水の霊力に属する神。俺が蛇身に変化したところで、水霊と闘うにはあまりに相性が悪い。
「大丈夫です。私にお任せ下さい」
 花夜はおもむろに腰から五鈴鏡を外すと、その鏡面を空へかざした。
「母さま!時間を(かせ)いで下さい!」
 花夜が叫んだ瞬間、鏡から白い光が飛び出した。それは見る間に白鷺(しらさぎ)のような形へと変化し、水霊(ミヅチ)へ向かっていく。花夜の母・鳥羽(とわ)の霊鳥だ。鳥羽は水霊を翻弄(ほんろう)するようにその目の前を素早く飛び回り、注意を引きつける。その(すき)に花夜は、(くつ)を脱ぎ捨て素足で土の上を踊りだした。
 手にした五鈴鏡を振り鳴らし、身につけた(たま)をしゃらしゃらと響かせ、身体(からだ)全体で音律を(かな)でる。それはこの時代でさえ既に忘れられかけた、(いにしえ)素朴(そぼく)祭祀(さいし)だった。
「千葉茂る花蘇利国の社首(やしろおびと)・花夜が()がいます。この世界(クニ)のあまねく山を司る大山祇神(オオヤマツミノカミ)子神(みこがみ)・木の花の散るを司る木花散流比売尊(コノハナチルヒメノミコト)、どうか我が身に一時その魂をお分け下さい」
 謡うように神への祈言を口にする花夜の瞳は、次第(しだい)にとろん、と(うつ)ろになってくる。神の魂をその身へ降ろすため、無我状態となるのだ。やがてその瞳が、それまでとは別の光を帯びて輝く。
木霊(コダマ)よ、茨蕀置(うばらき)(もり)にて今、花咲ける木々の精霊たちよ、その種を、花びらを、我が元へ疾く散らせ』
 花夜の(くちびる)から、花夜のものではない強い言霊(コトダマ)を秘めた声が(つむ)がれる。直後、轟音(ごうおん)が耳を打った。杜の木という木が枝を()らし鳴り(さわ)ぐ音、それにより巻き起こされる風の音、耳を覆いたくなるようなその音と共に、何かがこちらへ押し寄せてくる。

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※このページは津籠 睦月によるオリジナル和風ファンタジー小説「花咲く夜に君の名を呼ぶ」のモバイル版本文ページです。

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