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和風ファンタジー小説
花咲く夜に君の名を呼ぶ

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序 花咲く頃に君を想う(2)

 しばらく峠の道を行き、人気(ひとけ)が無くなったのを見計らい、俺は変化(へんげ)を解いた。いや、新たに変化し直したと言った方が正しいかもしれない。
 俺の姿は、人の形から、銀のウロコに(おお)われた長く大きな龍の姿へと変わっていた。そのまま俺は前肢(まえあし)(ちゅう)をかき、灰色にくもった空へ向け、(すべ)るように泳ぎだす。
 そう、この辺りの村人がこの季節に見るという龍神とは、俺のことだ。ただし、今降るこの雨は俺の涙などではない。俺の涙はもうとっくにかれ果てて、おそらく、もう流れることはない。けれど、もしもこの雨が、もう泣くこともできぬ俺の代わりにが流す涙なのだとしたら、俺も少しは救われる気がする。
 絹糸のような雨にウロコを洗われながら空を泳いでいくと、緑一色だった眼下の景色の中に、ふいに鮮やかな色彩が現れた。それは、険しい山々の合間に隠れるように存在する花園。急なガケに守られ、常人ならば登ることも下りることもできぬ、秘められた花園だ。俺は再び人の姿へと変わり、そこへと降り立った。
 花園の中央には、まるで墓標のように一本の木が立っている。俺はいつものようにその木に歩み寄り、(いとお)しむようにその樹皮に触れた。そうして、呼びかける。この木の下に眠る、もうどんなに呼んだところで声の届くことのない君へ。
 花夜(かや)、俺は君を忘れない。何百年という歳月を越えてもなお。
 目を閉じれば、今でも君との思い出が(よみがえ)る。君と過ごした、短い、けれど何百年の歳月にも勝るほどに濃く、満ち足りた日々が……。

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