【生井児】
 
海石の名乗った偽名「生井児」は「海石児(いくりこ)」に音の感じが似ていることからつけた名で、「(いく)」は「生命力がさかん」であることを表す美称のようなものなので「生井」は「水が豊かに出る井戸」というような意味になります。
  
【垢抜けないとは思われても男と疑われてはいない】
 
物語中で泊瀬が女装姿を衛士たちに「垢抜けない」と評されて微妙なショックを受けていますが、そうは言っても男とは全く疑われていないあたり、実は女装してもそれほど違和感が無いのだということが分かります。
 
泊瀬は海石や花夜と違い、髪に花を飾ったり化粧したりなどして「オシャレ」をせず、ただ采女の衣裳を着ただけなので、美しく装った八乙女や采女を見慣れた衛士たちから見れば「垢抜けない」と言われても仕方がないのです。
  
【古代・お薬事情】 
 
古代に「眠り薬」があったがどうかはさだかではありませんが、薬学自体は古代でも意外に進んでいました。
 
平城京よりもっと古い藤原京の時代から既に「典薬寮」という医薬を担当する役所がありましたし、そこでは葛根(かっこん)杜仲(とちゅう)などといった今でも漢方薬として使われている植物由来の薬品の他、硫黄(いおう)白雲母(しろうんも)白石英(しろせきえい)、磁鉄鉱などの鉱物も薬品として使われていました。
さらに、宮域外の北にはこういった薬草を栽培するための薬園があったともいわれています。
 
ただし典薬寮の役目は役人たちの医療、そして医師の養成であったため、貧しい一般庶民などにはこれらの薬は行き渡っていなかったであろうと思われます。
 
ちなみに万葉集や日本書紀には5月5日(あるいは4月〜5月の間)に野山に出て薬草などを採る「薬狩(くすりがり)」という行事があったということも記述されています。
  
【古墳のような形の荒水宮】 
 
「荒水宮」の外観は横穴式石室の古墳をモデルにしています。
 
形は円墳でも方墳でも前方後円墳でも何でも良いのですが、規模的に前方後円墳は無いと思うので円墳あたりが妥当かな、と思っています。
 
「古墳」と聞くと「緑に覆われた丘」みたいなものを想像される方が多いと思いますが、「荒水宮」は現在進行形できちんと管理されている古墳なので、表面に草木が生えたりはせず、創建時のまま、表面を綺麗に石で葺かれた状態を保っているのです。
 
ちなみに以前の「へびさん…」で「荒水宮」は伊勢神宮の「荒祭宮」にインスピレーションを受けて設定していると書きましたが、「荒祭宮」はもちろん古墳などではありません。
  
【タギツヒコノミコト】 
 
「タギツヒコノミコト」は「出雲国風土記」に登場する神です。
 
物語中に出てくる「石神」や「日照りの年に雨乞いすると雨が降る」というエピソードも「出雲国風土記」を元にしています。
 
ただし漢字表記は出雲国風土記では「多伎都比古命」となっていて、「滝津比古」は作者オリジナルの当て字です。
 
この漢字を当てた理由は「タギツ」の意味が、祖母の「タギリビメ」などから考えても「滝」「激ち」「滾り」のいずれかの「タギ」から来ていると思われるからなのです。
(いずれにせよ語源は同じなので、結局は「激しい水の流れ」を意味していると考えれば良いと思うのです。)
 
上記3つの中から「滝」の字を選んだのは、読者の皆様にとって一番分かりやすく、なじみのある単語であろうと思ったからです。
 
ちなみに「タギツ」などの「○○ツ」は一般的には「○○の」を表す言葉ですが、「滝津」という言葉自体も存在し、「滝」を現す古語だったりします。
 
このタギツヒコノミコト、祖父はオオクニヌシ・祖母は宗像(むなかた)神社のタキリビメと、かなり良い血筋に生まれています。
なので作者の中ではこの神様、プライドの高いお坊ちゃましかもその名前の意味から激情家という性格でイメージされていたりします。
 
【時代によって濁点の有無の違い】
 
「滝津比古尊」の「滝(タギ)」でもそうなのですが、奈良時代以前の古い時代では、現在使われている言葉と濁点の有無が違うという単語がけっこうあります。
 
8章後編では普通描写版と倭風描写版を比べていただくとけっこうそのあたりの違いが出ているのですが、「雨雲」を「アマグモ」と読んだり「アマクモ」と読んだり、「蒲」を「ガマ」と読んだり「カマ」と読んだりと、言葉の発音というものは時代によってけっこう変化しているのです。
 
【鳥羽の変化】 
 
8章後編で、四年の間に霊力を消耗した鳥羽が以前より儚い姿になっているという描写がありますが、「花咲く…」の設定上、神や精霊のように依代を持たない、ただの霊である鳥羽のような存在は、死亡時の残存霊力がそのまま霊体を構成するエネルギーになるため、その霊力を消耗し尽くせば存在を保てなくなり、この世から消え去ることになります。
(「消滅」と言うよりは「成仏」に近い形で、輪廻転生などはできる設定になっています。)
 
ちなみに「花咲く…」の中での「霊力」は実体や依代を持つものであれば、自然界から霊力の供給を受けることができるため、消耗しても回復することができます。
(鳥羽は実体を持たないので一度消耗すれば回復はできないのです。ちなみに、霊は実体化しているだけで霊力を消耗しますが、花夜の五鈴鏡の中にいる間は霊力の消耗を抑えられる、という設定もあったりします。)
  
【雷のメカニズム】 
 
雷が発生するための三大要素は温度差上昇気流摩擦電気の3つと言われています。
 
雷が夏に発生することが多いのは、上空の寒気と地表の熱の温度差により積乱雲(せきらんうん)が発達し、さらに上昇気流によって雲の中に摩擦(まさつ)が起きて電気が発生するからなのです。
(上空と地表の温度差が大きければ大きいほど、積乱雲が発達しやすくなり、雷や竜巻や雹など天気が急変する確率が高くなります。これが天気予報でよく言われる「大気が不安定」な状態なのです。)
 
つまり、鳥羽がわざと雷雲をかき回すように飛び回っていたのは、静電気を起こす要領で雷の電気を発生させ、さらにそれを自分の身に帯電させるためだった、ということなのです。 
 
【威火霊】
 
「威火霊」という漢字表記は作者オリジナルの当て字ですが、一応語源などを参考にしつつ当てていたりします。
 
「イカヅチ」の「イカ」は「威力がある」という意味、「ツ」は「〜の」を表す語、そして「チ」は「ミヅチ」「ヲロチ」などの「チ」と同じで「霊力のあるもの」を表す語なのです。
(もちろん、語源には諸説あるのでこれはそのうちの一説です。)
 
そして雷は古事記の中に「火雷(ホノイカヅチ)」という神が登場するなど、火と関連して語られることもあるのです。
(ちなみにこの「火雷」はイザナギがイザナミの死後、黄泉国(ヨミノクニ)まで会いに行った際、変わり果てたイザナミの(からだ)の上に(うごめ)いていたという八雷神(ヤクサノイカヅチノカミ)のうちの一柱で、雷の様々な性質のうち火を生じさせる性質を神格化したものとも言われています。)
 
 
 
※このページは津籠(つごもり) 睦月(むつき)によるオリジナル・ファンタジー小説花咲く夜に君の名を呼ぶ(古代ファンタジー小説)
  ストーリーや用語に関する豆知識やこぼれ話・制作秘話などを蛇足に解説したものです。
  解説の内容につきましては資料等を参考にしてはいますが、諸説あるものもございますし、
  管理人(←歴史の専門家ではありませんので)の理解・知識が不充分である可能性もありますのでご注意ください 
ファンタジー小説解説へびさんのあんよ
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