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第1話:夢見の島の眠れる女神
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第9章 悪夢の宴(6)

「よし!じゃあ、とりあえずその路線でやってみようか。神話系はあんたの方が詳しいから任せるわ、アプリ!」
「ええ。じゃあ行くわ。夢より紡ぎ出されよ“インドラの……”」
 相談を終え、武器となる夢晶体(レクリュスタルム)を紡ぎだそうと銀の匙杖(シルヴァースプーンワンド)を振り上げるアプリコットを、ラウラはあわてて止める。
「アプリちゃん、待って。メイシャちゃんたちを攻撃しないで。メイシャちゃんも、悪夢(あのこ)たちも、皆泣いてる。本当は私たちに救いを求めてるんじゃないかな」
「は?何言ってんのよラウラ。攻撃しないとこっちが危ないでしょ」
「アメイシャのことを心配しているの?大丈夫よ。アメイシャの命に危険が及ばないよう、細心の注意は払うわ。でも気絶させるくらいのことはしないと、こちらが危ないの」
 不思議そうな顔を向けてくる二人に、ラウラは激しく首を横に振った。
「違うよ!攻撃じゃダメなんだよ!攻撃されたからって攻撃し返しても、悪夢(あのこ)たちを増幅させるだけな気がする。それじゃいつまで経っても悪夢は終わらないよ」
「え?じゃあどうしろってのよ?このまま黙って悪夢(コシュマァル)に呑みこまれろっての?」
 キルシェの言葉に、ラウラは再び首を横に振る。
「ねぇ、夢術(レマギア)って、夢を紡ぐためにあるものでしょ?だったら攻撃じゃなくて、もっと違うやり方があるはずだよ。きっともっと優しい方法で、悪夢(コシュマァル)を消すことができるんじゃないかな」
 ラウラが静かに訴えたその時、ふいにその耳元を一陣の風が通り抜けた。
『――そう。“悪夢”に対し、どんな武器を振るったところで意味はありません。悪夢(コシュマァル)とは、人間の不安や絶望やストレスが顕在化した、実体の無いモノ。戦って打ち消せる類のものではないのですから』
 風に乗って届いたその囁きは、ひどく懐かしい声をしていた。
「シスター……フレーズ……?」
 閃くように思い出したその名を驚いたように唇に乗せ、ラウラは目を見開く。
『考えなさい。真なる夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)、ラウラ・フラウラ。あなたになら分かるはずです。何が悪夢を打ち消すのかを。そして、紡ぎなさい。あなたにしか紡げぬ夢を――』
 ふいに黙り込んだラウラを、キルシェとアプリコットが怪訝な表情で見つめる。そんな二人の前で、ラウラはぱっと顔を上げた。その瞳は、逃げ場もなく悪夢(コシュマァル)の群れに囲まれた絶望的な状況になどまるで似つかわしくなく、明るく輝いていた。
「分かった!悪夢を打ち消すもの!」
 ラウラは銀の匙杖(シルヴァースプーンワンド)を握りしめ、悪夢(コシュマァル)の群れの前へと駆け出していく。
「ちょっと!何してんのラウラ!危ないよ!」
 キルシェの制止を振り切り、ラウラは笑って答えた。
「大丈夫、危なくないよ!だって、どうすればいいのかもう全部分かったから!」

 ドレスの裾を片手でつまみ、無理矢理サイズを調節したハイヒールでぎこちなく走り出したラウラは、何度も転びそうによろけながら、何とかアメイシャの正面までたどり着いた。
「メイシャちゃん!」
 大声で名を呼ぶと、アメイシャはその顔から笑みを消した。
「ラウラ・フラウラ……。私から夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)を奪った小女神(レグナース)……!」
 怨嗟の表情(いろ)にその顔を歪め、アメイシャが杖を振り上げる。
「消えろ!私の代用品(かわり)夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)!悪夢より紡ぎ出されよ“砲煙弾雨”!」
 杖の先端から黒い泡が吹き出す。それはきな臭い煙を上げながら上空に渦巻いたかと思うと、次の瞬間、無数の銃弾の雨となりラウラの頭上に降り注いだ。
「ラウラーっ!」
 見守っていた者達が蒼白になって悲鳴を上げる中、ラウラは声を上げることも恐怖に顔色を変えることもなく、ただ銀の匙杖(シルヴァースプーンワンド)を頭上高くふりかざした。
「夢より紡ぎ出されよ、“祝福の花の雨(フラワーシャワー)”!」
 その言葉に呼応するように、ラウラの身を貫こうとしていた銃弾の雨が白銀の光となって弾ける。花火のような眩い閃光の後に現れたのは、まるで月光に照らされた花のように淡く光を宿した色とりどりの花びらだった。
 まともな灯りも無いに等しい薄暗がりの中、それ自体がほのかな光を放ちながら降り注ぐ花の雨は、まるで優しい灯火のように辺りを柔らかく照らしていく。ひらひらと舞い降る花あかりの中を、ラウラはゆっくりとアメイシャに歩み寄っていった。そして、いつもと変わらぬ笑みで手を差し伸べる。
「メイシャちゃん、悪夢から抜け出して。戻って来てよ」
 だがアメイシャは激しく首を振り、その手を拒んだ。そして己の姿を見せつけるかのように黒泡のドレスの裾をつまみ、乾いた笑い声を上げながら一回転してみせた。
「見ろ、この姿を。私はもうこんなにも醜く歪んでしまった。もう皆と同じ場所へ戻ることなどできはしないのだ」
 言いながら、アメイシャはなおも笑う。それはまるで自分自身を嘲笑っているかのような、ひどく悲しい声音だった。
「そんなことない!諦めてしまわないで!ひとりで悪夢を振り払えないなら、私が手伝うから!」
 言ってラウラは銀の匙杖(シルヴァースプーンワンド)を振り上げ、叫んだ。
「夢より紡ぎ出されよ!――………………!」
 その声は周囲で未だ繰り広げられている悪夢(コシュマァル)との戦闘の音に掻き消され、ほとんどの人間は耳にすることができなかった。だがアメイシャの耳にだけはしっかりと届いていた。
「……何を…………」
 アメイシャは目を見開き、困惑した顔でラウラを見つめる。
 ラウラの匙杖(スプーンワンド)からふわり、とリボンのように長くゆらめく幾筋もの白銀の光が放たれた。それは風にそよぐようにふわふわと揺れながらアメイシャへと向かっていく。
「何をする気だ……!?」
 白銀の光のリボンは、まるで布を織り上げていくように互いに絡まり合い、ゆるやかにアメイシャの身を包み込んでいく。その光に触れるたびに、悪夢(コシュマァル)の黒い泡はぷちぷちと音を立てて弾け、空気に溶けていく。まるで暗闇に光が点っていくように、アメイシャのドレスは黒から白銀へと染め替えられようとしていた。…………だが……。
「……やめろ!そんな夢、私は望んでいない!君に憐れみをかけられるなど御免だ!私の悪夢を踏みにじるな!」
 アメイシャはその光に抗うように己の身を掻き抱き、悲鳴のように叫んだ。震えるその両腕から再び黒い泡が湧き出し、白銀の光のドレスを再び闇の色に染めていく。
「そんな……ラウラの夢見の力が押されている!?」
 アプリコットが動揺に声を震わせる。
「やっぱり百年に一人の天才なだけあるってことか……。でもこれって、マズくない?」
 焦ったようにそう言いながらも、どうすることもできず立ち尽くすしかないキルシェの目の前で、黒い泡はアメイシャのドレスのみならず、ラウラの杖から伸びる白銀のリボンをも浸蝕し始めていた。初めのうちはじわじわとゆるやかだったその速度は凄まじい勢いで上がっていき、ついには奔流となってラウラめがけて逆流していく。
「ラウラっ!逃げてっ!」
 声を上げるが間に合わず、悪夢(コシュマァル)の黒い泡はすぐにラウラの手元にまで到達した。そしてホースの先から泥水が噴き出すかのように、どっと杖の先端から溢れ出す。ラウラは悲鳴を上げる間もなく黒い泡の塊に呑み込まれた。
「ラウラっ!!」
 そこかしこから悲痛な叫びと絶望の呻きがこぼれる。アメイシャはすっかり闇の色に戻ったドレスの裾をなびかせ、勝ち誇ったように笑った。


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