第1話:夢見の島の眠れる女神
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- 第9章 悪夢の宴(5)
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「おおっ、すげぇ。デザインは五歳児並だけど威力はありそうじゃん」
カリュオンは思わず猟銃を下ろしてロボットの行方を見守る。しかしロボットは徐々にスピードを落としていき、やがて悪夢 に到達する前に止まってしまった。よく見てみると、その背には巨大なゼンマイが刺さっており、それがギィギィ音を立てながらゆっくり止まろうとしている。
カリュオンは思わず真顔でリモンを振り返っていた。
「…………リモン、いろいろとツッコミたいことはあるが一つだけ訊く。何でゼンマイ式にしたんだ」
「だってさ、ガソリンも電気も使わずに動くんだぜ。すっげぇエコじゃん!」
「天然か!天然ボケなのか!?」
「……ちょっと二人とも、ふざけてないで真面目にやってくれないかな。このままだと本気でアーちゃん……アプリ様たちがピンチなんだけど」
ビルネが物腰は穏やかなまま、その声音だけを限りなく低くして二人を諌める。普段滅多に怒らない友人の静かな怒りを感じ取り、二人は一気に硬直した。
「使いこなせない武器や相手に届かない兵器じゃ駄目だ。確実に奴らを仕留められるものじゃないと。……夢より紡ぎ出されよ!伝説の弓手 “ウィルヘルム=テル”、『平家物語』より“那須与一宗高”!」
ビルネが叫ぶと白銀の光が弾け、目の前に伝説の弓の名手が二人現れた。背中合わせに立ったウィルヘルム=テルと那須与一は、交互に矢をつがえ、悪夢 へ向け寸暇も無く弓弦を弾き続ける。ひゅふ、と風を切り放たれたその矢は、青闇に染まり始めた空になめらかな弧を描き、確実に悪夢 の一体一体を射抜いていく。
「なるほど、百発百中の武器か」
フィグはひとり言のように呟くと、カリュオンの方へ向き直った。
「おい、カリュオン。その猟銃を貸せ」
「え?いいけど。お前そんなに銃の腕前あったっけ?」
「腕前なんてあろうがなかろうが100%当たるようにすればいいんだ。夢より紡ぎ出されよ!歌劇 『魔弾の射手』より“猟魔ザミエルより与えられし魔弾”!」
フィグは人差し指で空を掻く。するとその軌道をなぞるように宙に白銀の光の帯が現れ、やがてそれが七つの光の珠に凝縮されていった。フィグが両手を差し出すと、光の珠は七つの弾丸に変わり、その手のひらの上にぽとぽとと転がった。
フィグはすぐさまその弾丸を猟銃に込め、引鉄を引く。白銀の光を振りまきながら飛び出した弾丸は、通常ならあり得ないような軌道を描き、何体もの悪夢 を同時に撃ち抜いた。
「フィグ!分かってると思うけど、七発目は絶対に撃っちゃ駄目だよ!」
「分かってるさ。歌劇と同じ間違いは犯さない。最後に射手を裏切る七発目さえ撃たなければ、あとの六発は無敵の魔弾なんだからな」
フィグは悪夢 から目を逸らさぬまま答えを返し、猟銃に二発目の弾丸を装填した。「へ〜っ、島の男子たちも意外にやるじゃん。なるほど、飛び道具ね。いい選択だわ」
遠目からフィグたちの活躍を見ていたキルシェは感心したように小さく頷く。アプリコットはウィルヘルム=テルと那須与一の後方にたたずむビルネに目を向け、そっと頭を下げた。
「ルネ君……。ありがとう」
「よっし!私たちも負けてらんないね!行っくぞ!」
気合を入れるように掛け声を上げてから、キルシェは銀の匙杖 を大きく振り上げた。
「夢より紡ぎ出されよ!“鉛の兵隊”!」
キルシェは振り下ろした匙杖 の先端を悪夢 に向け、真っ直ぐに右腕を伸ばす。直後、匙杖 の先端から銃声のような音と白銀の光が連続して放たれた。マシンガンのような勢いで次々と匙杖 の先から飛び出してきたのは、銃剣を手にした鉛製の兵隊人形の群れだった。
鉛の兵隊たちはけたたましい突撃ラッパの音とともに鉛弾のように宙を駆け、悪夢 に突っ込んで行く。その勢いに悪夢 の群れは一瞬怯んで後ずさったかのように見えた。
だがその時、その動きに反するように一体の悪夢 が群れの中から進み出た。それは身から吹き出す黒い泡を、まるで総レースの黒いロングドレスのように全身にまとった一人の女性だった。彼女は黒くまだらに変色した匙 型の杖を振り上げ、静かに唇を開く。
「悪夢より紡ぎ出されよ、“地獄の業火 ”」
振り下ろされた杖の先から、炎の渦が吹き出し兵隊人形たちを呑み込んでいく。炎はそれだけに留まらず、辺りを火の海に変えながら、夢術師 や島民たちが悪夢 に対抗するために紡ぎ出した夢晶体 のことごとくを焼き尽くしていく。彼女は業火に消えていく夢晶体 の群れを冷たく見つめ、薄く笑った。禍々しい炎に照らされたその姿を見て、ラウラたちの顔色が変わる。
「あれは……まさか、メイシャちゃん……?」
「え……?どうしてアメイシャが?まさか、既に悪夢 に呑み込まれてしまっていたと言うの?」
「嘘でしょ?アメイシャが敵に回るなんて……。百年に一人の天才相手にどう戦えってのよ!?」
業火は夢術師 たちの紡いだ大量の水属性の夢晶体 によりすぐに消し止められたが、アメイシャは全く動じることなく再び杖を振り上げる。
「悪夢より紡ぎ出されよ、十六小地獄より“剣林地獄”」
振り下ろされた杖の先で地面が割れ、剣の葉を持つ銀色の木が次々と顔を出す。それは人々を串刺しにしようとするように、一斉に倒れかかってきた。
「夢より紡ぎ出されよ!故事成語『矛盾』より“何ものも突き通せぬ盾”!」
アプリコットが叫んで杖を振ると、巨大な盾が空中に出現し、降りかかる剣の葉をことごとく弾き返した。
「あっぶなかったー……。サンキュー、アプリ」
「礼を言われるようなことじゃないわ。でも、どうしましょう。アメイシャが相手では生半可な攻撃は通用しないわ」
「て言うか、下手なものを紡いだんじゃ、逆にあっちに取り込まれて向こうの戦力にされちゃうみたいなんだけど」
キルシェは強張った顔で周囲を指差す。広場では相変わらず、夢術師 や島民たちがそれぞれ必死に悪夢 と戦っていた。だがどんな夢術 も夢鉱器械 も、悪夢 の群れに決定的なダメージを与えてはいない。それどころか攻撃に失敗した夢晶体 たちが次々と悪夢 に呑み込まれ、変質し、逆にこちらに向かって来るという皮肉な結果を生み出していた。
「悪夢 を一網打尽にできるような武器とか、何かないかな。えっと……」
「神話級 の武器や技だったらどうかしら。特に神々の使う雷撃系の技は威力が強いと思うのだけれど」
「でもソレ、下手すると広場ごと吹き飛んだりしない?」
悪夢 へ向け油断なく杖を構えながら、キルシェとアプリコットは相談を続ける。ラウラはずっと押し黙ったまま、困惑した表情でそれを聞いていた。その目はじっと何かを探るように悪夢 の群れに向けられている。
悪夢 の群れは一心にラウラを見つめ、もがくようにその手を伸ばしていた。それは夢見の娘 を害そうとしていると言うよりも、まるで必死に助けを求めているようにも見えた。ラウラはその視線をゆっくりとアメイシャへ移す。アメイシャは変わらず酷薄な笑みを浮かべ、悪夢のような夢晶体 を紡ぎ続けている。だがその眦に一瞬きらりと光るものを見た気がして、ラウラは息を呑んだ。
このページは津籠 睦月による児童文学風オリジナルファンタジーWeb小説「夢の降る島」第1話の本文ページです。
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