第1話:夢見の島の眠れる女神
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- 第9章 悪夢の宴(4)
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流星の谷はその大部分が、大小さまざまの湖沼に占められている。見ていると吸い込まれそうなほどに深く澄んだ青い湖沼の合間に、まるで
麝香瓜 の網目のように細かく複雑な白亜の道が伸びている。水辺に建つ夢術師 たちの塔は、淡く漂う白霧の中、まるで水の上に浮かんでいるようにも見えた。
既に日は暮れ、谷の上空には星くずを集めたようにちらちらと発光する、ヴェールのような薄い雲がかかっていた。そこからは時折、谷の湖水を目がけて星くずの雨が零れ落ちる。それはシャラシャラと貝殻がこすれるような軽やかな音を立てながら夜空を滑り、きらきら輝いたまま水の底へと沈んでいく。夢見の娘 のパレードは谷の中央にある広場に辿り着いていた。光る花で飾り付けられた広場には、多くの島民が詰めかけフィナーレの時を待っている。
やがて広場の中心に、101匹の長靴 を履いた猫を従えたカボチャ型の馬車が到着する。貴金属と宝石で造られた馬車の扉が猫達の手で恭しく開かれると、夕闇色のドレスに身を包んだラウラが、介添役のキルシェとアプリコットに手を引かれて現れた。
ラウラが馬車から降り立つと、広場に控えていた夢術師 たちが一斉に杖 を振る。杖の先から放たれたのは宙に浮かぶ幻の灯りだ。会場が一気に明るくなり、人々は歓声を上げた。祭の最後を締めくくる夢見の娘 の夢術 ショーの始まりだ。ラウラは舞台の中央に進み出ると、緊張した面持ちで杖を振り上げ唇を開いた。
「夢より紡ぎ出されよ、思い出の……」
しかしラウラは最後まで言葉を紡ぐことができなかった。その目が一点へ向けられ、大きく見開かれる。異変を察しラウラの視線を目で追った観客たちは次々に悲鳴を上げた。
白く輝く幻の灯りに照らされるのは、黒く澱んだ不気味な夢晶体 の群れ。広場はいつの間にか、黒い泡をまとわりつかせた得体の知れないモノたちに囲まれてしまっていた。
「身より吹き出す黒い泡……。間違いない。“悪夢 ”じゃ。やはり始まってしまったのじゃ」
夢術師 の一人が顔を覆い呻くように呟く。
「奴らの狙いは夢見の娘 だ!決して奴らを近づけさせてはならん!」
「観客の皆さん!あれに触れてはいけません!逃げてください!」
夢術師 たちがヒステリックに騒ぎだす中、キルシェとアプリコットはラウラを庇うように前に出て銀の匙杖 を構えた。
「あれが“悪夢 ”……。この目で見ることになるなんて……」
「何?アプリ、アレのこと知ってんの!?」
「シスター・アルメンドラに聞いたことがあるの。この島では数百年に一度、女神様の夢見の力が不安定になる時期に、ああして悪夢 と呼ばれるモノが現れて、島の形を“歪めて”いくのだそうよ」
「“歪める”!?何、ソレ。どういうこと!?」
悪夢 たちはじりじりとこちらに迫ってくる。その身から絶えず湧き上がり続ける黒い泡が、宙に浮かぶ幻の灯りの一つに触れた。途端、眩く輝いていた灯りは怪しく明滅する鬼火に姿を変えた。人々は再び悲鳴を上げ、少しでも悪夢 から距離をとろうと後ずさる。
「……なるほど。アレに触れるとヤバイってわけね。でも逃げろったって、四方を囲まれちゃってんのに、どこに逃げろって言うのよ」
「戦って道を開く以外に方法は無いと思うわ。私の夢術 でどこまでできるか分からないけど……」
「ちょっとアプリ、戦う前から弱気にならないでよ。幸いここは流星の谷。これだけ夢術 の使い手がそろってるんだから、何とかなるでしょ」
キルシェはわざと明るい声で笑う。だがその口元は隠しようもなく引きつっていた。
キルシェや
「夢より紡ぎ出されよ!……えっと、猟銃!」
カリュオンが腕を振り回すと、何も無かった虚空から一丁の猟銃が落ちてきた。カリュオンはすぐさまそれを肩に抱え上げ、照準を合わせる。だが放たれた銃弾は
「おっ前、何でこの場面で何の変哲もないただの猟銃だよ?いつもながら変に現実的だな。
「うるさい!だったらお前が紡げよ!将来
「もちろん紡ぐさ!見てろよ!……夢より紡ぎ出されよ!“俺・デザインロボット第28号”その名も“ドリルンガー”!」
リモンは背に負っていたシャベルを、まるで大剣を振り下ろすかのように大袈裟に振り下ろした。辺りの空気が白銀にきらめき、直後目の前に全長3mほどのロボットが出現した。両腕にドリルを装着したどこかアンバランスなそのロボットは、前へならえのような姿勢で
このページは津籠 睦月による児童文学風オリジナルファンタジーWeb小説「夢の降る島」第1話の本文ページです。
個人の趣味による創作物のため、全章無料でお読みいただけますが、
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