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第1話:夢見の島の眠れる女神
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第9章 悪夢の宴(3)

 街を抜け、橋を渡り、濠のように丸く都を取り囲む川を越えると葬花砂漠――花雲から降った花びらが、いつしか都の外に風で運ばれ、色鮮やかなまま砂となり、そっと葬られる場所だ。
 砂を踏みしめるたびに花の香の立ち上るこの砂漠は、その場所場所によりまた細かく呼び名が分かれている。黄色い砂ばかりが広がる黄花砂漠に、薄紅色の砂が広がる桃花砂漠、幾色もの砂が混じり合う七色砂漠、そして今アメイシャの進む純白の砂漠は白薔薇砂漠と呼ばれている。甘い薔薇の香の漂う、まるで雪原のように真っ白な、地平線まで続く砂漠だ。
 しばらく行ったところでアメイシャは下腹部の痛みに思わずうずくまった。少しも自分が望んだものではないその痛みに眉を寄せ、彼女は全てを投げ出すように砂の上に横たわる。甘やかな香りに包まれながら、アメイシャは全てを拒むかのように固く、固く目を閉じる。
「……なぜなんだ。なぜ、こんなことで夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)の座を奪われなければならない?」
 固く閉じた瞳から、涙が溢れて頬をつたう。
「何という理不尽だ。こんな、自らの意思ではどうにもならない肉体の成長によって、夢を奪われなければならないのか?こんなことで、今までの努力の何もかもが否定されるなど……認めない。そんな世界は、私が絶対に認めない」
 アメイシャの唇から低く小さな笑いが零れだす。ラウラが己の全てを懸けて夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)という夢を追っていたように、アメイシャもまた、己の人生を懸けてその夢を追っていた。そうしなければならない理由が、彼女にはあった。
 ――『アメイシャ、あなたなら最高の夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)になれるわ。母さまに叶えられなかった夢を、あなたなら叶えられる』
 脳裏に蘇るのは母の声。自らの果たせなかった夢を娘に託し、まるで刷り込みのように何度も何度も言い聞かせ続けてきた母親の声だった。
 まるで呪いのように刻みつけられたその言葉が、いつしかアメイシャの存在理由となっていた。それが砕け散ってしまった今、アメイシャの心は空っぽだった。この先何をすれば良いのか、何をしたいのかすら分からない。今まで通りに食事をし、眠り、当たり前の日常を送る気力すら失われて、それでも『死んでしまいたい』という思いすら浮かばぬほどの、ひたすらに空っぽで虚ろな心。
「……要らない。もう、何もかも消えてしまえばいい。運命が私を選ばなかったと言うなら、そんな運命を紡ぎ出す世界など、私は要らない。祭も夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)もこの島も私も……全てなくなってしまえばいいんだ」
 笑い声は徐々に大きくなっていく。アメイシャは涙を流したまま、狂ったように笑い続けた。
 その笑い声に応えるかのように、純白の砂原に異変が現れた。雪のような白一面の世界に、まるでそれを汚すかのようにどこからともなく滲み出してきたのは、影のような黒い染みだった。
 白い布に墨汁が染みていくかのようにじわじわと砂原を染めていくそれは、やがてくぷりと音を立て、空気をはらんで宙空に浮かび上がってくる。
 分裂し、増殖しながら地表や宙をゆらゆらと漂うそれは、まるでシャボンの泡のようだった。ただしそれはシャボンの泡のように光を受けて七色にきらめくことはなく、むしろ光も色も何もかもを呑み込んでしまいそうな、どこまでも深淵な闇の色をしていた。
 瞳を閉ざしたままのアメイシャは、己の身をゆっくりと覆っていくその闇に気づかない。
 黒い泡は、まるで浸蝕するかのように彼女の身を覆っていく。まるで、彼女の存在そのものを闇に包み隠していくかのように……。

 異変は島の各地で起きていた。葬花砂漠で泡が出現するのと同時に、島のあちらこちらで同様に地から黒い泡が湧き出していた。
 黒い泡は島民たちの紡ぎ出した夢晶体(レクリュスタルム)を次々に呑み込んでいく。
 呑み込まれた夢晶体(レクリュスタルム)たちは、皆その姿を禍々しく変化させていった。七色の蝶は毒々しいまだら模様の蛾に変わり、純白の小鳥は黒々としたコウモリに、長くひらめいていたリボンは長く躯をくねらせる蛇に、あらゆるものが不気味に変貌を遂げていく。
 変質した夢晶体(レクリュスタルム)たちは、その身からこぽこぽと黒い泡を立ち上らせながら、ゆっくりと移動を始めた。
 目指す先は皆同じ、世界樹の切株(ユグドラシル・スタンプ)を取り囲む谷の一角。流星の谷と呼ばれるその場所は、多くの夢術師(レマーギ)たちが暮らす学術都市であり、夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)のパレードが最後に到達する祭のフィナーレの場所でもあった。


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このページは津籠 睦月による児童文学風オリジナルファンタジーWeb小説「夢の降る島」第1話夢見の島の眠れる女神の本文ページです。
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