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第1話:夢見の島の眠れる女神
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第9章 悪夢の宴(2)

「あの……、いろいろとすみません。朝早くからご迷惑をかけて……」
 ラウラが恐縮して頭を下げると、マリアンは軽く顔をしかめてみせた。
「こら、ダメよ。あなたは今日は女神の娘(フィーユ・レグナリア)なんだから、そんな顔してちゃダメ。それにあなたのせいじゃないもの。謝る必要なんて無いわ」
「そうそう。あんたは余計なことなんて考えずにパレードにだけ集中してなさい。それに、これはなるべくしてなったことだって私は思うわ。アメイシャよりあんたの方が夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)にふさわしいって、私は今でも思ってるし」
 マリアンの言葉に同意するように何度も深く頷きながら入室してきたのは、普段のラフな格好とは違い、純白のワンピースの上にきっちりとローブを着こなしたキルシェ・キルクだった。
「……キルシェちゃん、それに、アプリちゃんも……」
 アプリコットもキルシェと同じ姿でこちらに歩み寄ってくる。二人は今日は夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)介添役として一緒にパレードを巡るのだ。本来であればラウラも同じように介添役としてアメイシャのパレードに同行するはずだったのだが……。
「アプリちゃん……メイシャちゃんは、大丈夫?」
 ラウラは硬い声で問う。キルシェとアプリコットは何とも言えない表情で顔を見合わせた。
「……ショックを受けて部屋に引き籠もっているわ。アメイシャの性格からして、私たちから慰めの言葉なんて欲しくはないでしょう。今はそっとしておいてあげて」
 ラウラは無言でうなずく。夢に見た夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)になれたというのに、胸を満たすのは複雑な思いばかりで、喜びも嬉しさも一向に湧いて来ない。
「もうっ!辛気臭いのはやめにしましょ!私たちが凹んでたところでアメイシャのことはもうどうにもならないんだから。それよりスマイルよ、スマイル!祭の主役、夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)がそんな顔しててどうするの!」
 キルシェがその場に漂う重い空気を吹き飛ばすように明るく言う。
「うん。そうだよね。ピンチヒッターでもちゃんとやらなきゃ、お祭を楽しみにしてる皆に悪いもんね」 
「それじゃあ行きましょう。もう準備はできているわ」
 アプリコットが色とりどりの絹リボンで飾られたラウラの銀の匙杖(シルヴァースプーンワンド)を渡してくる。ラウラはそれを、ややぎこちない笑顔で受け取った。

「夢より紡ぎ出されよ!“めくるめく四季”パレード・バージョン!」
 ラウラが銀の匙杖(シルヴァースプーンワンド)を振ると、杖の先から色とりどりの花々が飛び出してきた。それらは互いに茎と茎を絡ませ合い、ひとりでに花冠となって沿道の人々の頭の上にふわりふわりと載せられていく。ラウラの好きな“春”の姿だ。
 次いでラウラが杖を振ると、今度は先端から瑞々しい若葉の群れが飛び出してきた。パレードを囲むように一面に広がった緑の葉のカーテンには、まるで水面に反射した日光のような、涼やかな金の波模様が描かれる。
 ラウラはパレードの進行に合わせ、何度も杖を振る。そのたびに杖の先から出るものは変化していく。
 若葉の次には錦絵のように色鮮やかな紅葉、その次には陽光にきらめくダイヤモンドダスト。そしてその後は再び花の冠。全てラウラが四季の光景の中で“好きなもの、綺麗だと思ったもの”だ。沿道の人々は歓声を上げてラウラの紡ぐ夢に見惚れた。だがその中に、その夢術(レマギア)から目を逸らすようにうつむく者がいた。小女神宮(レグナスコラ)の部屋をこっそり一人で抜け出したアメイシャ・アメシスだ。
 彼女は目深にかぶったフードの下で唇を噛みしめる。我慢できず見には来たものの、その胸にはやはり昏い感情しか湧いてはこなかった。本来であれば、あの場で喝采を浴びているのは彼女のはずだったのだ。
 アメイシャはうつむいたまま人の輪からそっと離れる。どこか静かな所、祭の喧騒の届かぬ所へ行きたかった。


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このページは津籠 睦月による児童文学風オリジナルファンタジーWeb小説「夢の降る島」第1話夢見の島の眠れる女神の本文ページです。
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