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第1話:夢見の島の眠れる女神
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第8章 悪夢の予兆(2)

 一方、何も知らないフィグはその『いろいろ』を夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)選考会のことだと解釈していた。
「ラウラ、そんなに落ち込むなよ。お前の紡いだ夢はすごかった。他の誰が何と言おうと、俺はお前の紡いだ夢が一番だと思った」
「……見てくれたんだ。私の夢」
 ラウラの問いにフィグはただ深くうなずいた。
「私ね、今まで夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)になることを第一目標に頑張ってきたんだ。夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)になることだけを目指して、その先のことは何も考えてなかった」
 己の人生を振り返るようなその言葉に、フィグはラウラが泣き言を言い出すのだろうと思った。だが、違っていた。
「あの夢を思いついた時、私、すごく幸せだった。あの夢を見た時の皆の反応が……笑顔や涙が頭に浮かんできて、それを想像するだけで、私も幸せになれた。私の紡ぐ夢で誰かの心を動かせるかもしれない――それは、夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)になる自分を夢見るより、ずっとずっと幸せな“夢”だったんだ。結局選考会では負けちゃったけど、私あれ以来考えるんだ。この世界にはきっと、私にしか紡げない夢があるんじゃないかって。もし無かったとしても、見つけてみせる。そして、私にしか紡げない夢で、誰かを幸せにしたいんだ」
「それがお前の新しい夢か」
「うん。私、小女神宮(レグナスコラ)を卒業したら夢術師(レマーギ)になる。それで、誰かの心を動かして、その心に希望を芽吹かせて、その人の人生に“優しい”影響を及ぼせるような、そんな夢を紡ぎたい」
「そうか……」
 フィグはラウラのきらきらした瞳から眼を逸らした。ラウラの語る夢があまりに眩しくて、それに比べて自分の抱く現実的な将来計画があまりに小さく思えて、いたたまれなかった。幼い日の己の夢が、ちくちくとその胸を刺す。
『いつか俺は……ここよりもっと広い“果てのない”世界を旅するんだ!』
 フィグがその夢を捨てたのは、四年前。夢を叶えるために記憶の森じゅうの本を読み漁り、聞けるだけの大人たちに話を聞き、試せる限りの夢術を試し、それでもこの島の外へ行くことが叶わないと知ってしまった時だった。
 夢を叶えようと知識を増やせば増やすだけ、「それは不可能なのだ」とその知識が思い知らせてくる。実際、今までの島の歴史上、フィグより知識も能力もある島民が何人、何十人と島の外へ出ようと挑戦しているが、成功した者は一人もいない。
 夢を叶える術を見失い、絶望と空しさに襲われ疲れ果てたフィグが選んだのは、夢を諦めることだった。それまで焦がれるほどに切望し、人生のほとんどを捧げてきた夢を捨て、現実的で手の届く夢を新しく見つけることだった。だが、捨てたはずのその夢は今でもフィグの心の奥にくすぶり続け、時々こうして胸を刺す。まるで捨てられたことへの復讐のように。
「どの夢術師(レマーギ)の所へ弟子入りするにしろ、卒業後は流星の谷行きってことだな。俺は鉱石谷で修行することになるから、どっちみちまた離れ離れになるな」
 うつむいた唇から零された言葉にラウラは目を見開いた。
「え?なんで?鉱石谷ってことは、夢鉱技師(レマイスタ)になるってこと?フィグも夢術師(レマーギ)になるんじゃなかったの?……あ、そうか!今までに夢術(レマギア)で成功した人がいないから、夢鉱機械で試してみるつもりなんだね。さすがフィグ。目のつけ所が違……」
 いかにも彼女らしく、ラウラはフィグの言葉に勝手に前向きな解釈をつけ始める。それを遮りフィグは声を上げた。
「そうじゃない。もう諦めたんだ。この島の外へ出ることは」
 ラウラは凍りついたようにぴたりと口をつぐんだ。その瞳が戸惑うように揺れ、無言でフィグに向けられる。フィグは逸らした目を戻せないまま、何も言えずに唇を閉ざしていた。ラウラはためらうように何かを言いかけては止めた後、無理矢理のようにぎこちない笑みを作って言った。
「……そっか。そうなんだ。すごく、残念」
 その言葉に、逆にフィグは戸惑った。
「言わないのか?『諦めたらダメ』だとか、『やればできるはずだよ』とか」
 思わず『ラウラが言いそうなこと』を並べて問うと、ラウラは静かに首を振った。
「言えないよ。だって、夢を追うのがどんなに大変なことなのか、私はもう知ってしまっているもの。楽しいことばかりじゃない。傷ついて、ボロボロになるまで努力して……それでも報われなくて、目の前で夢が破れていく辛さを、もう知ってしまっているもの。それなのに『諦めるな』なんて、そんなこと、私には言えない。夢を叶えるのは結局その本人にしかできないことで、その辛さも、苦しさも本人にしか分からないことだもの」
 本当は、悲しくてたまらなかった。フィグの夢はラウラの夢でもあったのだから。けれど今のラウラには、その夢を諦めざるを得なかったフィグの苦しみが容易く想像できてしまう。自分もその苦しみを味わったばかりだからだ。だから、それまで心の支えにしてきた幼い約束が儚く砕けた痛みを胸に隠し、ラウラは微笑み続ける。
 その微笑みと言葉に、フィグはハッとして己の発言を悔やんだ。
「……すまない」
「ううん。フィグが謝ることじゃないよ」
 ラウラはそう言って寂しそうに微笑(わら)った。そして、フィグが今まで見たことのない静かな、まるでもう何十年も生きてきた賢者のような瞳でこちらを見つめてきた。
「でも、フィグは本当に、島の外へ出る夢を諦められたの?」


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このページは津籠 睦月による児童文学風オリジナルファンタジーWeb小説「夢の降る島」第1話夢見の島の眠れる女神の本文ページです。
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