第1話:夢見の島の眠れる女神
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- 第8章 悪夢の予兆(1)
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夢見の娘 が決まると、島ではすぐに祭の準備が始まる。
夢見の娘 の衣裳作りに祭の会場や沿道の飾りつけなど、準備は島民総出で行われる。そしてこの準備期間は小女神 たちにとって年に一度の里帰りの機会でもある。小女神 たちも家に帰り、祭の準備をする家族を手伝うのだ。「ねぇ、本当に大丈夫なの?ずっと顔色が悪いじゃない」
アプリコットが旅行鞄を手に、迷うようにアメイシャの顔を見つめる。
「大丈夫だと言っているだろう。朝からほんの少しだけ、腹が痛いような気がするだけだ。放っておけばそのうち治る」
「でも……」
「大丈夫だと言っているだろう。郷長 の娘が郷に帰らないでどうする。これ以上はもういい。さっさと帰れ」
アメイシャは祭当日の予行演習のためずっと小女神宮 に残っていたのだが、最近はずっと体調が悪い。同室のアプリコットはそれを放っておくことができず、ずるずると里帰りの予定を延ばしていた。
「じゃあ、行くけど……本当に無理はしないでね。せっかく夢見の娘 になれたのに当日熱でも出したら大変よ」
「心配無用だ。たとえ高熱が出ようと、意地でも夢見の娘 はやり遂げる」
「そういうことを言ってるんじゃないの」
アプリコットは真剣な顔でアメイシャをたしなめると、何度も心配そうに振り向きながらやっと小女神宮 を出て行った。その姿が見えなくなった途端、アメイシャはよろりと壁にもたれかかる。実はアプリコットの前では相当なやせ我慢をしていたのだ。
「何なんだ、一体。なぜこうも腹が痛い」
アメイシャは舌打ちし、誰もいない部屋の中で毒づく。彼女はこの時、己の身に何が起きようとしているのか、まるで気づいてはいなかった。
「おいラウラ、こんな所で何してるんだ。鳥の巣雲が出たら海辺から離れなきゃいけないってことを忘れたのか?」
フィグの声にラウラはぼんやり振り返った。純白の砂が太陽の光を浴びて淡く七色に輝くここは、夏風岬からほど近い虹砂海岸。翡翠色の海の向うには、ソフトクリームのように白く高くそびえる“鳥の巣雲”が浮かんでいる。
「まったく。
フィグが説教をしながら歩み寄ってきてもラウラは一向に反応を返さない。フィグがラウラの正面に立って初めて、今気づいたとでも言うように声を上げた。
「あれ?フィグ、どうして私がここにいるって分かったの?」
今までの問いかけを一切無視したその台詞に、フィグは大きく脱力する。
「お前な……。ぼーっとし過ぎだろう。どうしたんだ一体」
「うん。ここ最近いろいろあり過ぎて、頭がこんがらがってて」
あの日以来、ラウラの頭の中のシスター・フレーズの記憶は日に日に薄れていく。最後に会った日に、とても重要で不吉な何かを聞いた気がするのに、そのことすら今はぼんやりした不安としてしか脳裏に残っていなかった。忘れたくないのに忘れていく、思い出したいのにぼんやりとしか思い出せないそれがひどくもどかしく、ラウラはここ数日、忘れそうなその記憶をつなぎとめようとするように必死に頭に浮かべては悶々としていた。
このページは津籠 睦月による児童文学風オリジナルファンタジーWeb小説「夢の降る島」第1話の本文ページです。
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