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第1話:夢見の島の眠れる女神
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第6章 夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)"選考会(4)

 アプリコットが演技の場から立ち去ると、運営管理者席から幾人ものシスターたちが夢雪(レネジュム)入りの瓶や地面をならす道具を手に持ち出て来る。演技の場が整ってくるにつれ、観客たちの間で次の演技を待ちきれないとでも言うような奇妙な興奮とざわめきが広がっていく。皆、次に演技するのが今年の夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)の最有力候補者であると知っているのだ。
 観客たちの重い視線をものともせず、アメイシャは泰然と演技の場に進み出る。プレッシャーなど端から感じていないかのような、人々の期待も歓声も当然のことと受け止めているかのような、そんな態度に見えた。
 演技スペースの中央に静かに立ち、アメイシャは観客たちを見渡した。その顔にはうっすらと笑みが浮かんでいる。それは余裕の笑みなどという生易しいものではなかった。
 それは、女王の笑みだ。己の敗北など微塵も考えていない、それどころか、己の夢術を見るために集まってくれた客人たちに対し、感謝し、もてなそうとするかのような“主催者”の笑みだった。
 アメイシャは舞でも舞うかのように優雅に匙杖(スプーンワンド)を振り上げ、高らかに告げた。
「夢より紡ぎ出されよ。“カンブリア紀の海”」
 そのままアメイシャは杖をそっと地に触れさせる。途端、杖の先から激しい風が巻き起こる。それは地まかれた夢雪を巻き上げ、荒れ狂う雪嵐のように激しく吹きすさぶ。全てが白銀の色に覆い尽くされ、ホワイトアウトする。
 そして一瞬後に視界が晴れた時、世界は一変していた。
「これは……!?」
「すごい。私たち、海の中にいるよ」
 そこかしこから驚嘆の声が上がる。
 それまで芝生が敷きつめられていたはずの前庭は、白亜の砂が降り積もった海の底へと変わっていた。天を見上げると遥か高くに、光のゆらめく水面が見える。そして人々の頭上やすぐ横を、今まで見たこともないような奇怪な姿をした海洋生物がゆったりと泳ぎ回っている。
 それは恐竜が生まれるよりも前の時代、海の中で生命が爆発的に進化した頃の、誰も見たことがない過去の地球の光景だった。
「やーっ、ちょっと、何あれっ。何かキモチワルイ形してるっ。虫っぽいよ、目がいっぱいだよ、ウネウネしてるよっ。怖いぃーっ」
 悲鳴を上げて腕にしがみつくラウラに構いもせず、キルシェは呆然と口を開く。
「見渡す限り全部海の底だわ。果てが見えない。それになんてリアルなの……。私なんかとはスケールもレベルも全然違う……。やっぱりアメイシャは天才なんだ……」
 興奮して騒ぎだす観客たちの横で、審査官たちも同様に興奮に頬を染めていた。
「素晴らしい!アノマロカリスオバピニアレアンコイリアピカイアハルキゲニアまで!カンブリア紀を生きた古代生物たちが細部に至るまでリアルに再現されている!」
「伝承でも書物でもなく“時代”を題材に選んだというのもまた、個性的で良いですな。確かに、“今ではない時代、今では存在しない生物たち”もまた、人々の夢見るもの。ロマンを感じます」
「これだけ広範囲に渡って夢を紡ぎ、かつあれだけ多くの夢晶体(レクリュスタルム)の生物を同時に動かしている。技術力も申し分ありません。やはり他の候補者とはレベルが違いますな」
 審査官たちは先ほどまでの冷静な態度が嘘のようにはしゃいでいた。泳ぎ回る古代生物たちを一体一体指差し、名前を呼んではその詳細な情報を仲間に説明する。その様子はまるで昆虫採集に来た少年のようだった。
 規定時間ギリギリまでたっぷりと古生代の海の風景を見せつけて、アメイシャはようやく杖を下ろした。海の風景が揺らいで薄れ、元の小女神宮(レグナスコラ)の風景に戻る。だが観客たちも審査官たちもまだ興奮醒めやらぬ表情で口々にアメイシャの演技について感想を交わし合っている。それはアメイシャが立ち去り、シスターたちが次の演技者のための準備を始めても変わらなかった。
 キルシェは気遣わしげにラウラを見やり、力づけるようにその肩を叩く。
「ラウラ、大丈夫?やりづらいかもしれないけど、平常心よ!あんたはあんたの夢を紡げばいいんだから」
 ラウラはきょとんとした顔でキルシェを見つめた後、にっこり笑って頷いた。
「うん。大丈夫だよ。私の夢術(レマギア)はメイシャちゃんや皆のほど派手じゃないけど、でも、絶対に皆の心に届くって信じてるから!」
 そのままラウラは銀の匙杖(シルヴァースプーンワンド)を手に元気良く駆けだしていく。その顔に不安の色など一切ない。
 そこには、早く自分の夢を紡ぎ出したくてたまらないとでも言いたげな、ワクワクした表情しか浮かんではいなかった。


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このページは津籠 睦月による児童文学風オリジナルファンタジーWeb小説「夢の降る島」第1話夢見の島の眠れる女神の本文ページです。
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