第1話:夢見の島の眠れる女神
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- 第6章
夢見の娘 "選考会(3) -
演技を終えたキルシェはふらふらした足取りでラウラの横まで来ると、へなへなとその場にへたり込んだ。
「あー……疲れた。脳みそを極限まで使って疲れたわ」
「お疲れさま。すごかったよ、キルシェちゃん」
「あー……うん。でも、あれじゃダメだろうなー。いろいろイラッと来たもんだから、後半ヤケになってやり過ぎちゃったし。オリジナルのイメージぶち壊しって言われて評価下げられそう……」
キルシェは体育座りした膝に顔を埋めてぼやく。その声には『もうダメだ』とでも言いたげな絶望の色がにじんでいた。
「でも、お客さんたちはすっごく喜んでたよ。すっごく迫力あったし」
特に慰めを意識したわけではなく、ただありのままに感じたことをラウラは告げる。その声にキルシェは顔を上げ、力無く微笑んだ。
「うん、そうだよね。私なりのベストは尽くしたもんね。まぁ、私が全力を出したところで優勝はできないだろうけどさ。それでも、観客の皆を沸かせられただけでも大したものだよね?」
「キルシェちゃん……」
ラウラが何か言葉をかけようとしたその時、アプリコットが銀の匙杖 を手に演技の場に進み出てきた。二人は唇の動きを止め、そちらに注目する。
アプリコットは静かに銀の匙杖 を振り上げ、普段の穏やかな口調で唱え始めた。
「夢より紡ぎ出されよ。『万葉集』巻第七より……」
アプリコットの匙杖 の先に、夢雪がひとひら、ひとひら、まるで磁石のように引き寄せられていく。匙杖の周りに浮き上がりふわふわと漂うそれは、まるで霞草の花束 のようだった。
「“天の海に、雲の波立ち……”」
アプリコットは歌うように続きを唱える。すると宙に浮かんでいた夢雪 の群れが、爆発のように白銀の光を放ちながら四方へと弾け飛んだ。閃光に目を眩まされた観客たちは、直後、思いもしなかった光景に戸惑うようなざわめきを発した。
「え?何か私、目がおかしくなっちゃった?暗くて、周りが見づらいんだけど……」
「私も。何か目が変。今って昼間のはずよね?」
ラウラとキルシェも不思議そうに目をこすって辺りを見渡す。
先ほどまで青空が広がっていたはずの小女神宮 の前庭は、今や暗闇に包まれていた。空が急に曇ったわけでもなく、日が沈んだわけでもない。だがなぜか選考会の会場周辺だけが、そこだけ黒いセロハンで覆ったかのように明度を落していた。
そして暗闇に包まれた地上には、水も無いのに波が立つ。それはただの波ではなく、ほのかに光るそれは、細かな泡の塊のような雲だった。それがふわりふわりと形を変えながら、浜辺に打ち寄せる波のように闇の中を寄せては返していく。
アプリコットは尚も言葉を続け、匙杖 を振る。
「“……月の舟、星の林に漕ぎ隠る見ゆ”」
観客たちのざわめきは一瞬にして歓声に変わった。アプリコットの言葉が終わった途端、皆の目の前に星の光を集めて創ったかのような林が出現したのだ。
「きれーい……。クリスマスのイルミネーションみたい……」
ラウラがうっとりと呟く。
銀の星の林の合間には金色に輝く三日月型のゴンドラが見え隠れしている。舟の漕ぎ手は月人壮士 だ。
「ほぅ……。倭歌の世界観をそのまま具現化するとは、なかなかのアイディアですな」
審査官の一人がため息混じりに呟く。
「先ほどの小女神の夢術はダイナミックでしたが、こちらは詩的で美しい。今年注目すべきはアメイシャ・アメシス一人と思っておりましたが、他の候補者たちもなかなかに見応えがありますな」
「しかし、派手さと個性、具現化のクオリティという点ではやや難がありますかね。色数も少ないですし、夢晶体 もやや平面的です。星の林も街頭のイルミネーションとさほど変わらない。夢術でなくてもアミューズメントパークのアトラクションなどで造れてしまえそうな光景です」
審査官たちはあくまでも冷静で手厳しい。その声が聞こえているのかいないのか、アプリコットは穏やかな表情のまま静かにお辞儀をし、演技を終了させた。
このページは津籠 睦月による児童文学風オリジナルファンタジーWeb小説「夢の降る島」第1話の本文ページです。
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