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第1話:夢見の島の眠れる女神
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第五章 星のめぐる夜の夢(2)

 フィグは驚いたように振り返り、ほんの少し頬を染めて沈黙した後、くすぐったそうに笑った。
「ラウラだってできるさ。この島では夢見る力さえあれば何でもできるんだからな」
「夢見る力……」
「ラウラにもあるだろう?夢が」
 問われてラウラはしばし黙る。この頃のラウラには具体的な将来の夢などまだ無かった。あったのは、この時芽生え始めた、ひどく漠然とした感情だけ。
(夢なんて、まだよく分かんない。でも、もし願いが叶うなら……この手を離したくないな。この先もフィグとずっといっしょにいたいよ。……フィグは、どう思ってるのかな。ラウラとずっといっしょにいたいって、思ってくれてるかな?)
「フィグは?フィグの夢は何?」
 つないだ手に力を込め、フィグの想いを確かめるように問う。その問いに彼は一瞬ひどく遠い目をした。その目にラウラはわけもなく不安を覚えた。
「丘に着いたらゆっくり話すよ」
 その宣言通り、フィグは丘に着くまでその話は一切口にしなかった。

 羅針盤の針が指し示すまま森を進むラウラには、自分がもうどのくらい歩き続けているのか全く分からなかった。自分の中の時間感覚では、もう丸一日以上歩き続けている気がするのに、一向に夜は明けないし、空腹も感じない。
「着いた。きっとここだ。星めぐりの丘」
 平坦だった地面がふいにゆるやかに傾斜しだした。木々の数はまばらになり、風の中に微かに潮の匂いが混ざる。
 二人は無意識のうちに早足になっていた。最後には走るようにして丘の頂上まで一気に駆け上る。
「うわぁ……」
 ラウラは感嘆の声を発したきり、しばらくは喋ることも忘れてしまった。
 丘の頂は広く開けた草原だった。遮るもののない空には満天の星が輝いている。
「ラウラ、座るか寝っころがるかしろよ。立って見てると目を回すぞ」
 既に草の上に足を伸ばしていたフィグが自分の隣をぽんと叩く。ラウラは言われるままフィグの横に腰を下ろした。そうして改めて空を仰ぐ。
「そっか……。だから“星めぐりの丘”なんだね」
 ラウラは感心したように呟いた。
 丘の上から見る星空は、北極星を中心にまるで円盤型(ディスク)オルゴールのようにゆったりと、しかし通常ならばあり得ない速度で回転していた。
 そして星がめぐるたびに、天空から微かに音が零れてくる。水琴窟に水が滴るような涼やかなその音色は、廻る星々が弾き出す音だ。音楽にもなっていないような不思議な、だがどこか懐かしいような気のするその音の連なりに、二人はしばし聴き入った。
「俺の夢は何かって、さっき訊いたよな」
 めぐる星の音の合間、フィグが口を開く。
「俺さ、この島の()の世界へ行ってみたいんだ」
「えっ!?」
 ラウラはフィグが何を言ったのか、一瞬理解できなかった。フィグが口にしたのはそれほどに突飛なことだったからだ。
「この島には“果て”がある。船に乗って海へ出ても、これ以上はどうしたって進めないっていう境界があるんだ。でもこの島の外の世界にはそれがない。どこまで行っても果てがない。世界をぐるりと一周できるし、星空へだって飛んでいけるんだ」
「でも、外の世界って、この島みたいに夢粒子(レフロゥム)から夢を結晶化したりできないんでしょ?」
「それは分からないさ。ただ単に向こうの人間が夢の紡ぎ方を知らないだけかもしれない。夢見(レヴァリム)島の住人が向こうへ渡ったことは一度もないんだからな。それに向こうの世界の人間は夢術(レマギア)が使えるわけでもないのに、自分の頭の中だけで、その世界に実際には存在しないような動物や景色やいろんな物語を生み出してるんだぞ。この島で夢術(レマギア)を山ほど見て育った俺たちより、よほどすごいと思わないか?」
 ラウラには何も言えなかった。ただ、目を輝かせて夢を語るフィグの顔を黙って見つめることしかできなかった。


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このページは津籠 睦月による児童文学風オリジナルファンタジーWeb小説「夢の降る島」第1話夢見の島の眠れる女神の本文ページです。
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