第1話:夢見の島の眠れる女神
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- 第3章:
夢鉱石 の谷(3) -
「しかしハーメドさんも人使いが荒いよね。帰るついでにおつかいしていけなんてさ」
「そうそう。しかも記憶の森じゃ帰るついでどころか遠回りだってのに」
記憶の森――それは島の“外”で生まれたあらゆる伝承や夢物語を記憶している森だ。折れ曲がり絡み合った木々の枝が天然の本棚を作り、そこに大量の書物や音楽盤を蓄え、まるで青空図書館とでも呼ぶべき光景を生み出している。
「で?その届け物ってのは一体何なんだ?夢鉱技師志望のフィグなら分かるだろう?」
フィグはハーメドに渡された回り灯籠のような形の装置に目を落したまま答える。
「夢幻灯機 だ。好きな本の上にこれを載せて起動させると、本の中に描かれた風景や生き物が周りに映し出される」
「うへー、高価そう。でもなんでそれを記憶の森に届けるんだ?」
カリュオンの疑問はほどなくして解けた。
「おい、ちょっと、あれ……小女神 ご一行じゃないのか……?」
リモンが信じられないといった面持ちで隣に座っていたビルネの肩を揺さぶる。
「ああ、うん。そうだね。今日はここで野外授業してるんだ……」
記憶の森にいたのは、六才から十四才までの小女神 たち五十数人と、その引率をしてきたと思しきシスター数人。小女神宮 という閉鎖空間に隔離されているため普段は姿を見ることさえできない自分と同年代の小女神 の存在に、少年たちは興奮とも緊張ともつかぬものに襲われ硬直する。そこに一人の老シスターが歩み寄ってきた。
「小女神宮 ・シスター長のアルメンドラです。あなた方がハーメド技師のおつかいでいらした方々ですか?」
「は、はいっ!」
裏返った声でリモンが答えると、小女神 の集団からくすくすと笑い声がこぼれた。
「なぁに、あの乗り物。二本のホウキの後ろにメタリックレッドのオープンカー?すっごく変」
聞えてしまった囁きに、少年たちは赤面してうつむく。
「……だから言ったのに」
「何がだよ。リヤカーよりはカッコよくなってるだろ!?」
「リモンはそもそもセンスがおかしいんだって。どう考えたってホウキは要らないだろ」
「ホウキが無かったらただのスーパーカーになっちまうじゃんかよっ!」
言い争う三人を無視し、フィグは預かってきた夢幻灯機をシスター長に手渡す。その時、シスター長の背後でラウラがこちらへ向け手を振っているのが見えた。
「ちょ……っ、ラウラっ、あんた何やってんの!男の子なんかに手ぇ振ってたら、またシスターに怒られるよっ」
ラウラと同年代と思しき短髪の小女神 があわててそれを止める。
「なんでダメなの?」
ラウラがきょとんとした顔で問うと、そばで話を聞いていた黒髪の小女神 が小馬鹿にしたように笑った。
「相変わらず軽率なことだな。小女神 は恋愛御法度というのを忘れたわけでもあるまいに」
「アメイシャ……その言い方は少しきついと思うわ」
まるでフランス人形のような美しい容姿を持つ小女神 が黒髪の小女神 をたしなめる。小女神 たちの集団の中ではおそらく一番年長であろうと思われるその四人の小女神 に、いつの間にか他の少年たちの視線も釘付けになっていた。
その時、まるでその視線を咎めるかのように大きな咳払いが聞こえた。少年たちは夢から覚めたようにハッと目の前のシスター長に視線を戻す。
「おつかいご苦労さまでした。それではお気をつけてお帰りなさい」
まるで「さっさと帰れ」とばかりに平坦な声で告げられ、少年たちは気まずげな顔で森を後にする。
「……あー、でもマジで綺麗だったなー。特にあの黒髪の小女神 。あの方がアメイシャ様だろ?夢術に関しては百年に一人の天才って言われてて“夢見の娘”最有力候補の」
森からだいぶ離れたところでやっとリモンが口を開く。
「えー?でも性格キツそうじゃなかったか?やっぱり俺はアプリ様派だね。アプリコット・アプフェル様。見た目だけならダントツ一番じゃん。いかにもお嬢様っぽくて、品があるし、綺麗だし」
「アーちゃ……じゃなくて、アプリ様は見た目だけじゃなくて性格も一番優しいよ。小女神宮に上がった頃までのことしか知らないけど、たぶん今も」
それまでの沈黙が嘘のように少年たちは騒ぎ出す。その頬は皆、興奮で赤く染まっていた。
「おいフィグ、お前はどの小女神 がいいんだよ?」
ふいに話を振られ、フィグは一瞬反応できなかった。
「は?」
「『は?』じゃねぇよ。どうしたんだ?さっきから全然しゃべってないぞ。まさか小女神 に本気で惚れて言葉も出ないんじゃないだろうな」
「……そんなんじゃねーよ」
「あ!そう言えば、あの手ぇ振ってた小女神 、お前と出身地同じじゃなかったか?」
「……ああ。そうだが」
「確か、ラウラ様とか言ったっけ。あの小女神 も可愛いよな。ちょっと幼げな感じはするけど」
「そうだよな。手ぇ振って怒られたりしちゃってさ。美人っていうより可愛いって感じ。他の三人より親しみやすそうだしさ」
「は!?ラウラが可愛い!?」
思いもよらなかった言葉を聞かされフィグは目を剥いた。
「可愛いじゃないか。なんかこう、フワフワした感じで」
「そうそう。いかにも小女神 って感じでさ。見てると和みそうでいいよな」
「……どこがだよ。あんな破天荒で天然ボケで危なっかしい奴……」
フィグはひとり言のように呟く。その顔は無意識にむくれたものへと変わっていたが、本人はそんな表情の変化にも、己の心の変化にもまるで気づいてはいなかった。
このページは津籠 睦月による児童文学風オリジナルファンタジーWeb小説「夢の降る島」第1話の本文ページです。
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