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第1話:夢見の島の眠れる女神
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第2章:君の生まれた日の夢(2)

 その夜、フィグは夢を見た。フィグはまだ生まれて一年経つか経たないかくらいの幼い子どもで、子ども用のベッドですやすやと眠っていた。そのそばに、ふいに一人の老人が煙のように現れた。
「ほぅ。よく眠っておるのぅ。良い子じゃ」
 言いながら老人はいつの間にかその手に持っていた赤い縄を幼いフィグの足首に結ぼうとする。フィグはぎょっとして叫んだ。
「おい待て!あんた、俺に何する気だ!?」
「ほぅ。起きておったのか。……いや、お前さんはこの子であってこの子ではないのぅ。未来(さき)の世から魂だけここに来ておるのか」
「何を言ってるんだ。あんた誰だ?」
「わしは月下老人(ユエシアラオレン)。人の世の縁を司る神じゃよ。今日はな、お前さんにこの“紅線(ホンシェン)”を結びに来たんじゃ。ちょうど今日、お前さんにとっての運命の相手がこの世に生まれ出でるのでな」
 そう言い、老人は有無を言わせずフィグの足首に赤い縄を巻きつける。太い縄に肌を擦られる痛みに、フィグは小さく悲鳴をあげた。
「ちょっと待て!なんで足に縄なんだよ!?運命の相手との間に結ばれるものと言ったら、小指と小指の間の赤い糸じゃないのか!?」
「ほっほっほ。それは後の世に加えられた脚色じゃ。確かに足首を縛る縄より小指に絡みついた糸の方がロマンティックじゃからのぅ。しかし、すぐに切れてしまいそうなか細い糸より、どんなに引っ張っても切れぬ太い縄の方が安心じゃろう?」
「それはそうかもしれないけど……っ!ちょ……っ痛いって!そんなに締めるなって!」
「ほっほっほ。駄目じゃ。決してほどけぬようにきつーく結んでおかねばならんからのぅ。人の縁とはそういうものじゃて。一度定められた運命の相手との縁は、切ろうと思ったとて糸のように簡単には切れぬ。縁とは甘く美しいだけのものではない。互いを縛る縄でもあるのじゃ。それをよく覚えておくが良いぞ」
 老人は縄の片端をフィグの足首に結び終えると、もう片方の端を持って窓から出て行こうとする。
「待て。あんた、その縄を誰に結ぶ気だ?」
「ほぅ。知りたいのか?己の運命の相手を」
 笑いながら、しかし妙に鋭い目で問い返され、フィグは一瞬言葉につまった。
「……知りたいさ。だって、どうせこれは夢なんだろう?だったらオチも見ずに目覚められるかよ」
「ほっほっ。()、のぅ。確かにお前さんにとっては夢じゃろうが……お前さん、この島における“夢”がどういう意味を持つものなのか、まだ分かっておらぬようじゃの。まぁ良かろう。知りたいと言うなら連れて行こう。ほれ」
「うわっ!?」
 老人に腕を引かれた途端、フィグは魂だけの存在となり、幼い自分の肉体から引っ張り出された。老人はうろたえるフィグにはかまわず、飄々とした足どりで宙を歩いていく。フィグはクロールの要領で空を掻くようにしてあたふたとその後をついていった。
 灯台の外は夜の闇に包まれていた。月のない夜だ。だが妙に星の美しい夜だった。
 満天の銀の星あかりを頼りに進む先に、柔らかなオレンヂ色の光が点っている。それは岬を望む丘に建つ、赤い屋根に白い壁の小さな家から洩れる灯りだ。フィグは軽く目を見開いた。
「ほれ、あの家じゃ。煙突の上にコウノトリがとまっておるじゃろう?たった今赤子の魂を運び終え、今は翼を休めておるところじゃ」
 家の中からは微かに赤ん坊の泣き声が聞こえてきていた。フィグは無言で窓に近づき、室内をのぞき込む。
「生れたぞ!小女神(レグナース)だ!ああ……なんて可愛い子なんだ」
 白いおくるみに包まれ、男の腕に抱かれたその赤ん坊が誰なのか、フィグには一目で分かっていた。
「……ラウラ」
「さて、と。では仕事を済ませてくるとするかな」
 老人は壁をすり抜け赤子のラウラに歩み寄っていく。そしてどうやったのか、おくるみに包まれたラウラの小さな足首に赤い縄の片端を結ぶと、ひょこひょことフィグの隣に戻ってきた。
「ほぅ?言葉も出ぬほど驚いておるのか?己の運命の相手に」
「逆だよ。あまりにも意外性がなくて呆れてるんだ」
「呆れておる、のぅ。わしにはホッとしておるように見えるがのぅ」
「冗談じゃない。俺がラウラと何年一緒にいると思ってるんだよ。くされ縁過ぎて、今さらときめきも新鮮味も感じられるわけがない」
「ほっほっ。まだまだ若いのぅ。今までずっと同じ関係だったからと言って、これからもそうだとは限るまい?」
 そう言ってからかうように笑った後、ふっと老人は真顔になった。
「そう。紅線(ホンシェン)でつながれておるからと安心していてはいかんぞ。この世の中に変わらぬものなど無いのじゃからな。運命でつながれた唯一無二の相手を失ってしまうと、それはそれは深い絶望を味わうことになるでな」


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このページは津籠 睦月による児童文学風オリジナルファンタジーWeb小説「夢の降る島」第1話夢見の島の眠れる女神の本文ページです。
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