オリジナル・ファンタジー小説サイト*言ノ葉ノ森*GIFアニメーション(ロゴ)「夢の降る島」   TOP夢の降る島・もくじ>第1話:夢見の島の眠れる女神:第9章(中) ファンタジーレベル
 
タイトルロゴ「夢見の島の眠れる女神」

 第九章 悪夢の宴

 流星の谷はその大部分が、大小さまざまの湖沼に占められている。見ていると吸い込まれそうなほどに深く澄んだ青い湖沼の合間に、まるでマスクメロンの網目のように細かく複雑な白亜の道が伸びている。水辺に建つ夢術師たちの塔は、淡く漂う白霧の中、まるで水の上に浮かんでいるようにも見えた。
 既に日は暮れ、谷の上空には星くずを集めたようにちらちらと発光する、ヴェールのような薄い雲がかかっていた。そこからは時折、谷の湖水を目がけて星くずの雨が零れ落ちる。それはシャラシャラと貝殻がこすれるような軽やかな音を立てながら夜空を滑り、きらきら輝いたまま水の底へと沈んでいく。

 
 夢見の娘のパレードは谷の中央にある広場に辿り着いていた。光る花で飾り付けられた広場には、多くの島民が詰めかけフィナーレの時を待っている。
 やがて広場の中心に、101匹の長靴を履いた猫を従えたカボチャ型の馬車が到着する。貴金属と宝石で造られた馬車の扉が猫達の手で恭しく開かれると、夕闇色のドレスに身を包んだラウラが、介添役のキルシェとアプリコットに手を引かれて現れた。
 ラウラが馬車から降り立つと、広場に控えていた夢術師たちが一斉に杖を振る。杖の先から放たれたのは宙に浮かぶ幻の灯りだ。会場が一気に明るくなり、人々は歓声を上げた。祭の最後を締めくくる夢見の娘の夢術ショーの始まりだ。ラウラは舞台の中央に進み出ると、緊張した面持ちで銀の匙杖を振り上げ唇を開いた。
「夢より紡ぎ出されよ、思い出の……」
 しかしラウラは最後まで言葉を紡ぐことができなかった。その目が一点へ向けられ、大きく見開かれる。異変を察しラウラの視線を目で追った観客たちは次々に悲鳴を上げた。
 白く輝く幻の灯りに照らされるのは、黒く澱んだ不気味な夢晶体の群れ。広場はいつの間にか、黒い泡をまとわりつかせた得体の知れないモノたちに囲まれてしまっていた。
「身より吹き出す黒い泡……。間違いない。“悪夢”じゃ。やはり始まってしまったのじゃ」
 夢術師の一人が顔を覆い呻くように呟く。
「奴らの狙いは夢見の娘だ!決して奴らを近づけさせてはならん!」
「観客の皆さん!あれに触れてはいけません!逃げてください!」
 夢術師たちがヒステリックに騒ぎだす中、キルシェとアプリコットはラウラを庇うように前に出て銀の匙杖を構えた。
「あれが“悪夢”……。この目で見ることになるなんて……」
「何?アプリ、アレのこと知ってんの!?」
「シスター・アルメンドラに聞いたことがあるの。この島では数百年に一度、女神様の夢見の力が不安定になる時期に、ああして悪夢と呼ばれるモノが現れて、島の形を“歪めて”いくのだそうよ」
「“歪める”!? 何、ソレ。どういうこと!?」
 悪夢たちはじりじりとこちらに迫ってくる。その身から絶えず湧き上がり続ける黒い泡が、宙に浮かぶ幻の灯りの一つに触れた。途端、眩く輝いていた灯りは怪しく明滅する鬼火に姿を変えた。人々は再び悲鳴を上げ、少しでも悪夢から距離をとろうと後ずさる。
「……なるほど。アレに触れるとヤバイってわけね。でも逃げろったって、四方を囲まれちゃってんのに、どこに逃げろって言うのよ」
「戦って道を開く以外に方法は無いと思うわ。私の夢術でどこまでできるか分からないけど……」
「ちょっとアプリ、戦う前から弱気にならないでよ。幸いここは流星の谷。これだけ夢術の使い手がそろってるんだから、何とかなるでしょ」
 キルシェはわざと明るい声で笑う。だがその口元は隠しようもなく引きつっていた。

 
 キルシェや夢術師たちが悪夢との戦いを始める中、観客たちも必死に悪夢と格闘していた。夢術を使える者は杖やその代わりになるものを振り、使えぬ者は夢鉱器械を使ったり物を投げつけたりして応戦する。その中にはパレードのフィナーレを見に来ていたフィグたちの姿もあった。
「夢より紡ぎ出されよ!……えっと、猟銃!」
 カリュオンが腕を振り回すと、何も無かった虚空から一丁の猟銃が落ちてきた。カリュオンはすぐさまそれを肩に抱え上げ、照準を合わせる。だが放たれた銃弾は悪夢の群れにかすりもせず、広場を飾る花の一つに当たり、その花びらをはらりと散らした。
「おっ前、何でこの場面で何の変哲もないただの猟銃だよ?いつもながら変に現実的だな。夢術なんだからもっとスゲェ武器紡げばいいだろ?」
「うるさい!だったらお前が紡げよ!将来夢術師になるんだろ!?」
「もちろん紡ぐさ!見てろよ!……夢より紡ぎ出されよ!“俺・デザインロボット第28号”その名も“ドリルンガー”!」
 リモンは背に負っていたシャベルを、まるで大剣を振り下ろすかのように大袈裟に振り下ろした。辺りの空気が白銀にきらめき、直後目の前に全長3mほどのロボットが出現した。両腕にドリルを装着したどこかアンバランスなそのロボットは、前へならえのような姿勢で悪夢へ向け突進していく。
「おおっ、すげぇ。デザインは五歳児並だけど威力はありそうじゃん」
 カリュオンは思わず猟銃を下ろしてロボットの行方を見守る。しかしロボットは徐々にスピードを落としていき、やがて悪夢に到達する前に止まってしまった。よく見てみると、その背には巨大なゼンマイが刺さっており、それがギィギィ音を立てながらゆっくり止まろうとしている。
 カリュオンは思わず真顔でリモンを振り返っていた。
「…………リモン、いろいろとツッコミたいことはあるが一つだけ訊く。何でゼンマイ式にしたんだ」
「だってさ、ガソリンも電気も使わずに動くんだぜ。すっげぇエコじゃん!」
「天然か!天然ボケなのか!?」
「……ちょっと二人とも、ふざけてないで真面目にやってくれないかな。このままだと本気でアーちゃん……アプリ様たちがピンチなんだけど」
 ビルネが物腰は穏やかなまま、その声音だけを限りなく低くして二人を諌める。普段滅多に怒らない友人の静かな怒りを感じ取り、二人は一気に硬直した。
「使いこなせない武器や相手に届かない兵器じゃ駄目だ。確実に奴らを仕留められるものじゃないと。……夢より紡ぎ出されよ!伝説の弓の名手“ウィリアム・テル”、“那須与一”!」
 ビルネが叫ぶと白銀の光が弾け、目の前に伝説の弓の名手が二人現れた。背中合わせに立ったウィリアム・テルと那須与一は、交互に矢をつがえ、悪夢へ向け寸暇も無く弓弦を弾き続ける。ひゅふ、と風を切り放たれたその矢は、青闇に染まり始めた空になめらかな弧を描き、確実に悪夢の一体一体を射抜いていく。
「なるほど、百発百中の武器か」
 フィグはひとり言のように呟くと、カリュオンの方へ向き直った。
「おい、カリュオン。その猟銃を貸せ」
「え?いいけど。お前そんなに銃の腕前あったっけ?」
「腕前なんてあろうがなかろうが100%当たるようにすればいいんだ。夢より紡ぎ出されよ!歌劇『魔弾の射手』より“猟魔ザミエルより与えられし魔弾”!」
 フィグは人差し指で空を掻く。するとその軌跡をなぞるように宙に白銀の光の帯が現れ、やがてそれが七つの光の珠に凝縮されていった。フィグが両手を差し出すと、光の珠は七つの弾丸に変わり、その手のひらの上にぽとぽとと転がった。
 フィグはすぐさまその弾丸を猟銃に込め、引鉄を引く。白銀の光を振りまきながら飛び出した弾丸は、通常ならあり得ないような軌道を描き、何体もの悪夢を同時に撃ち抜いた。
「フィグ!分かってると思うけど、七発目は絶対に撃っちゃ駄目だよ!」
「分かってるさ。歌劇と同じ間違いは犯さない。最後に射手を裏切る七発目さえ撃たなければ、あとの六発は無敵の魔弾なんだからな」
 フィグは悪夢から目を逸らさぬまま答えを返し、猟銃に二発目の弾丸を装填した。

 
「へ〜っ、島の男子たちも意外にやるじゃん。なるほど、飛び道具ね。いい選択だわ」
 遠目からフィグたちの活躍を見ていたキルシェは感心したように小さく頷く。アプリコットはウィリアム・テルと那須与一の後方にたたずむビルネに目を向け、そっと頭を下げた。
「ルネ君……。ありがとう」
「よっし!私たちも負けてらんないね!行っくぞ!」
 気合を入れるように掛け声を上げてから、キルシェは銀の匙杖を大きく振り上げた。
「夢より紡ぎ出されよ!“鉛の兵隊”!」
 キルシェは振り下ろした匙杖の先端を悪夢に向け、真っ直ぐに右腕を伸ばす。直後、匙杖の先端から銃声のような音と白銀の光が連続して放たれた。マシンガンのような勢いで次々と匙杖の先から飛び出してきたのは、銃剣を手にした鉛製の兵隊人形の群れだった。
 鉛の兵隊たちはけたたましい突撃ラッパの音とともに鉛弾のように宙を駆け、悪夢に突っ込んで行く。その勢いに悪夢の群れは一瞬怯んで後ずさったかのように見えた。
 だがその時、その動きに反するように一体の悪夢が群れの中から進み出た。それは身から吹き出す黒い泡を、まるで総レースの黒いロングドレスのように全身にまとった一人の女性だった。彼女は黒くまだらに変色した匙型の杖を振り上げ、静かに唇を開く。
「悪夢より紡ぎ出されよ、“地獄の業火”」
 振り下ろされた杖の先から、炎の渦が吹き出し兵隊人形たちを呑み込んでいく。炎はそれだけに留まらず、辺りを火の海に変えながら、夢術師や島民たちが悪夢に対抗するために紡ぎ出した夢晶体のことごとくを焼き尽くしていく。彼女は業火に消えていく夢晶体の群れを冷たく見つめ、薄く笑った。禍々しい炎に照らされたその姿を見て、ラウラたちの顔色が変わる。
「あれは……まさか、メイシャちゃん……?」
「え……?どうしてアメイシャが?まさか、既に悪夢に呑み込まれてしまっていたと言うの?」
「嘘でしょ?アメイシャが敵に回るなんて……。百年に一人の天才相手にどう戦えってのよ!?」
 業火は夢術師たちの紡いだ大量の水属性の夢晶体によりすぐに消し止められたが、アメイシャは全く動じることなく再び杖を振り上げる。
「悪夢より紡ぎ出されよ、十六小地獄より“剣林地獄”」
 振り下ろされた杖の先で地面が割れ、剣の葉を持つ銀色の木が次々と顔を出す。それは人々を串刺しにしようとするように、一斉に倒れかかってきた。
「夢より紡ぎ出されよ!故事成語『矛盾』より“何ものも突き通せぬ盾”!」
 アプリコットが叫んで杖を振ると、巨大な盾が空中に出現し、降りかかる剣の葉をことごとく弾き返した。
「あっぶなかったー……。サンキュー、アプリ」
「礼を言われるようなことじゃないわ。でも、どうしましょう。アメイシャが相手では生半可な攻撃は通用しないわ」
「て言うか、下手なものを紡いだんじゃ、逆にあっちに取り込まれて向こうの戦力にされちゃうみたいなんだけど」
 キルシェは強張った顔で周囲を指差す。広場では相変わらず、夢術師や島民たちがそれぞれ必死に悪夢と戦っていた。だがどんな夢術も夢鉱器械も、悪夢の群れに決定的なダメージを与えてはいない。それどころか攻撃に失敗した夢晶体たちが次々と悪夢に呑み込まれ、変質し、逆にこちらに向かって来るという皮肉な結果を生み出していた。
「悪夢を一網打尽にできるような武器とか、何かないかな。えっと……」
「神話級の武器や技だったらどうかしら。特に神々の使う雷撃系の技は威力が強いと思うのだけれど」
「でもソレ、下手すると広場ごと吹き飛んだりしない?」
 悪夢へ向け油断なく杖を構えながら、キルシェとアプリコットは相談を続ける。ラウラはずっと押し黙ったまま、困惑した表情でそれを聞いていた。その目はじっと何かを探るように悪夢の群れに向けられている。
 悪夢の群れは一心にラウラを見つめ、もがくようにその手を伸ばしていた。それは夢見の娘を害そうとしていると言うよりも、まるで必死に助けを求めているようにも見えた。ラウラはその視線をゆっくりとアメイシャへ移す。アメイシャは変わらず酷薄な笑みを浮かべ、悪夢のような夢晶体を紡ぎ続けている。だがその眦に一瞬きらりと光るものを見た気がして、ラウラは息を呑んだ。
「よし!じゃあ、とりあえずその路線でやってみようか。神話系はあんたの方が詳しいから任せるわ、アプリ!」
「ええ。じゃあ行くわ。夢より紡ぎ出されよ“インドラの……”」
 相談を終え、武器となる夢晶体を紡ぎだそうと銀の匙杖を振り上げるアプリコットを、ラウラはあわてて止める。
「アプリちゃん、待って。メイシャちゃんたちを攻撃しないで。メイシャちゃんも、悪夢たちも、皆泣いてる。本当は私たちに救いを求めてるんじゃないかな」
「は?何言ってんのよラウラ。攻撃しないとこっちが危ないでしょ」
「アメイシャのことを心配しているの?大丈夫よ。アメイシャの命に危険が及ばないよう、細心の注意は払うわ。でも気絶させるくらいのことはしないと、こちらが危ないの」
 不思議そうな顔を向けてくる二人に、ラウラは激しく首を横に振った。
「違うよ!攻撃じゃダメなんだよ!攻撃されたからって攻撃し返しても、悪夢たちを増幅させるだけな気がする。それじゃいつまで経っても悪夢は終わらないよ」
「え?じゃあどうしろってのよ?このまま黙って悪夢に呑みこまれろっての?」
 キルシェの言葉に、ラウラは再び首を横に振る。
「ねぇ、夢術って、夢を紡ぐためにあるものでしょ?だったら攻撃じゃなくて、もっと違うやり方があるはずだよ。きっともっと優しい方法で、悪夢を消すことができるんじゃないかな」
 ラウラが静かに訴えたその時、ふいにその耳元を一陣の風が通り抜けた。
『――そう。“悪夢”に対し、どんな武器を振るったところで意味はありません。悪夢とは、人間の不安や絶望やストレスが顕在化した、実体の無いモノ。戦って打ち消せる類のものではないのですから』
 風に乗って届いたその囁きは、ひどく懐かしい声をしていた。
「シスター……フレーズ……?」
 閃くように思い出したその名を驚いたように唇に乗せ、ラウラは目を見開く。
『考えなさい。真なる夢見の娘、ラウラ・フラウラ。あなたになら分かるはずです。何が悪夢を打ち消すのかを。そして、紡ぎなさい。あなたにしか紡げぬ夢を――』
 ふいに黙り込んだラウラを、キルシェとアプリコットが怪訝な表情で見つめる。そんな二人の前で、ラウラはぱっと顔を上げた。その瞳は、逃げ場もなく悪夢の群れに囲まれた絶望的な状況になどまるで似つかわしくなく、明るく輝いていた。
「分かった!悪夢を打ち消すもの!」
 ラウラは銀の匙杖を握りしめ、悪夢の群れの前へと駆け出していく。
「ちょっと!何してんのラウラ!危ないよ!」
 キルシェの制止を振り切り、ラウラは笑って答えた。
「大丈夫、危なくないよ!だって、どうすればいいのかもう全部分かったから!」
 
 
 ドレスの裾を片手でつまみ、無理矢理サイズを調節したハイヒールでぎこちなく走り出したラウラは、何度も転びそうによろけながら、何とかアメイシャの正面までたどり着いた。
「メイシャちゃん!」
 大声で名を呼ぶと、アメイシャはその顔から笑みを消した。
「ラウラ・フラウラ……。私から夢見の娘を奪ったレグナース……!」
 怨嗟の表情にその顔を歪め、アメイシャが杖を振り上げる。
「消えろ!私の代用品の夢見の娘!悪夢より紡ぎ出されよ“砲煙弾雨”!」
 杖の先端から黒い泡が吹き出す。それはきな臭い煙を上げながら上空に渦巻いたかと思うと、次の瞬間、無数の銃弾の雨となりラウラの頭上に降り注いだ。
「ラウラーっ!」
 見守っていた者達が蒼白になって悲鳴を上げる中、ラウラは声を上げることも恐怖に顔色を変えることもなく、ただ銀の匙杖を頭上高くふりかざした。
「夢より紡ぎ出されよ、“花の雨”!」
 その言葉に呼応するように、ラウラの身を貫こうとしていた銃弾の雨が白銀の光となって弾ける。花火のような眩い閃光の後に現れたのは、まるで月光に照らされた花のように淡く光を宿した色とりどりの花びらだった。
 まともな灯りも無いに等しい薄暗がりの中、それ自体がほのかな光を放ちながら降り注ぐ花の雨は、まるで優しい灯火のように辺りを柔らかく照らしていく。ひらひらと舞い降る花あかりの中を、ラウラはゆっくりとアメイシャに歩み寄っていった。そして、いつもと変わらぬ笑みで手を差し伸べる。
「メイシャちゃん、悪夢から抜け出して。戻って来てよ」
 だがアメイシャは激しく首を振り、その手を拒んだ。そして己の姿を見せつけるかのように黒泡のドレスの裾をつまみ、乾いた笑い声を上げながら一回転してみせた。
「見ろ、この姿を。私はもうこんなにも醜く歪んでしまった。もう皆と同じ場所へ戻ることなどできはしないのだ」
 言いながら、アメイシャはなおも笑う。それはまるで自分自身を嘲笑っているかのような、ひどく悲しい声音だった。
「そんなことない!諦めてしまわないで!ひとりで悪夢を振り払えないなら、私が手伝うから!」
 言ってラウラは銀の匙杖を振り上げ、叫んだ。
「夢より紡ぎ出されよ!――………………!」
 その声は周囲で未だ繰り広げられている悪夢との戦闘の音に掻き消され、ほとんどの人間は耳にすることができなかった。だがアメイシャの耳にだけはしっかりと届いていた。
「……何を…………」
 アメイシャは目を見開き、困惑した顔でラウラを見つめる。
 ラウラの匙杖からふわり、とリボンのように長くゆらめく幾筋もの白銀の光が放たれた。それは風にそよぐようにふわふわと揺れながらアメイシャへと向かっていく。
「何をする気だ……!?」
 白銀の光のリボンは、まるで布を織り上げていくように互いに絡まり合い、ゆるやかにアメイシャの身を包み込んでいく。その光に触れるたびに、悪夢の黒い泡はぷちぷちと音を立てて弾け、空気に溶けていく。まるで暗闇に光が点っていくように、アメイシャのドレスは黒から白銀へと染め替えられようとしていた。…………だが……。
「……やめろ!そんな夢、私は望んでいない!君に憐れみをかけられるなど御免だ!私の悪夢を踏みにじるな!」
 アメイシャはその光に抗うように己の身を掻き抱き、悲鳴のように叫んだ。震えるその両腕から再び黒い泡が湧き出し、白銀の光のドレスを再び闇の色に染めていく。
「そんな……ラウラの夢見の力が押されている!?」
 アプリコットが動揺に声を震わせる。
「やっぱり百年に一人の天才なだけあるってことか……。でもこれって、マズくない?」
 焦ったようにそう言いながらも、どうすることもできず立ち尽くすしかないキルシェの目の前で、黒い泡はアメイシャのドレスのみならず、ラウラの杖から伸びる白銀のリボンをも浸蝕し始めていた。初めのうちはじわじわとゆるやかだったその速度は凄まじい勢いで上がっていき、ついには奔流となってラウラめがけて逆流していく。
「ラウラっ!逃げてっ!」
 声を上げるが間に合わず、悪夢の黒い泡はすぐにラウラの手元にまで到達した。そしてホースの先から泥水が噴き出すかのように、どっと杖の先端から溢れ出す。ラウラは悲鳴を上げる間もなく黒い泡の塊に呑み込まれた。
「ラウラっ!!」
 そこかしこから悲痛な叫びと絶望の呻きがこぼれる。アメイシャはすっかり闇の色に戻ったドレスの裾をなびかせ、勝ち誇ったように笑った。
 
 

 前の章へ戻るもくじへ戻る次のページへ進みます。 アップロード日:2014年4月30日  
inserted by FC2 system