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第1話:夢見の島の眠れる女神
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第7章 ラウラの紡ぐ夢(6)

「何よりも辛いのは、あの夢がもう皆に見てもらえないっていうこと。自分でも自慢できるような、誇りに思えるような、すごい夢だって思ってたから、あの場にいた人たちだけじゃなくて、もっとたくさんの、島中の皆に見て欲しかった。もっともっとたくさんの人を笑顔にしたり、嬉し泣きさせたりしたかった……」
 涙に潤むラウラの瞳をじっと見つめ、シスター・フレーズは何かを思い悩むように唇を噤んでいた。だが、しばしの沈黙の後、決心したようにラウラに問いかけた。
「ラウラ、あなたの夢術(レマギア)がなぜ選ばれなかったか、理由を知りたいですか?」
 その問いにラウラはハッと顔を上げる。
「知りたい。教えてくれるなら、知りたいよ」
「……あまり愉快な話ではありませんよ。聞けば、あなたはさらに傷つくかも知れません」
「それでも、知りたい。私の何がダメだったのか、知りたいよ」
 ラウラは立ち上がり、必死に懇願する。その真剣な眼差しを、シスター・フレーズは痛ましげに見つめ返した。
「ラウラ、あなたの夢術(レマギア)に駄目な部分など、一つもありません。審査会議はあなたが思っているようなものではないのです」
「え……?」
「審査官も結局の所は生身の人間。その審査には様々な思惑やエゴが絡みつくものなのですよ。……あなたの夢術(レマギア)は斬新過ぎました。プロの夢術師(レマーギ)である審査官たちが数十年かかっても編み出せなかった……いえ、思いつくこともできなかったものを、あなたはその歳で紡ぎ出してしまいました。それをあっさり認めてしまうということは、一部の人々にとって、己自身を否定するも同じことなのですよ」
「え……?」
 ラウラは、ただ疑問の声を繰り返すことしかできなかった。それは、まだ幼いラウラの想像の及ばない、複雑な人間の心理だった。
「あなたに彼らを否定する意図など無いことは分かっています。ですが、事実、あなたはその存在自体が既に彼らにとって脅威なのです。そして人間は本能的に、己にとっての脅威を排除しようとするもの。いつの世も、新し過ぎるものは激しい反発に合い、受け入れられるまでには相応の時間と努力を要するものなのです。歴史上、数多の偉人が苦しんできたように」
「そんな……」
「もちろん、世の中はそのような人間ばかりではありません。審査官の中にもあなたを支持する人たちはいました。ですが、結局は多数派の意見に敗れてしまったのです。そもそも審査官の間では元々アメイシャ・アメシスに対する評価がとても高く、逆にあなたはこれまで何の注目もされてきませんでした。今回あなたが紡いだ夢術(レマギア)も、偶然にできた“まぐれ”で、実力ではなく運だったのではないかと……あなたの能力を疑問視する声もあったのです」
「まぐれだなんて、ひどいよ。一生懸命考えて編み出した夢術(レマギア)なのに」
「そうですね。夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)を真剣に目指す以上、己の夢術(レマギア)に力を尽くさない候補者などいません。たとえそこへ至るまでの過程や努力が評価の対象とならないとしても、それぞれの血と汗と涙のにじんだ夢術(レマギア)を、軽んじて良い理由などあるはずがないのですが。人間は、他人を選ぶという立場に立つと、そんな大切なことさえ忘れてしまうものなのでしょうか……」
 シスター・フレーズは物思わしげに溜め息をつくと、再びラウラをじっと見つめた。
「納得できないでしょうね。私もこの決定には納得がいきません。……審査官たちに怒りを覚えますか?」
「……そうだね。怒りが無いって言ったら嘘になる。けど、それ以上に悲しいよ。私に、そんな思惑とか先入観とかエゴとか、全部ねじ伏せて、吹き飛ばしてしまえるだけの実力があったら良かったのに。否定したくても否定しきれないような、そんな何かがあったら良かったのに。そうしたら、こんな所で散らせることなく、あの夢を最高の舞台に持っていってあげられたのに。私が、もっと上手くあの夢を紡いであげられていたら……」
 自分の夢術(レマギア)のことを語るラウラのその瞳は、まるで我が子の不幸を嘆く母のようだった。シスター・フレーズはそんなラウラを見下ろしたまま、審査会議の様子を思い返していた。


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このページは津籠 睦月による児童文学風オリジナルファンタジーWeb小説「夢の降る島」第1話夢見の島の眠れる女神の本文ページです。
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