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第1話:夢見の島の眠れる女神
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第7章 ラウラの紡ぐ夢(3)

 眠りからふいに覚めたように、フィグはハッと目を見開いた。そこはもう星めぐりの丘ではなく、元通りの小女神宮(レグナスコラ)の前庭。辺りにたちこめていた白銀の霧も、聴こえていたメロディーも、全てが消えてなくなっていた。まるで、初めからそこに無かった夢幻のように。
 会場は不思議に静まりかえっていた。歓声も拍手も起こらない。ある者は涙を流し、ある者は頬に幸せそうな笑みをたたえ、皆が皆、我を忘れたようにその場に立ち尽くしていた。
 やがて、一人、また一人と夢から覚めたように周囲を見回し、堰を切ったように喋りだす。
「おい!すごいぞフィグ!俺、生まれて初めて夢術(レマギア)が成功した日のこと、思い出した!」
 リモンが興奮した顔でフィグの肩をつかみ、激しく揺さぶる。
「僕はアーちゃ……アプリ様の小さい頃のこと、思い出した……」
 ビルネがまだ半分夢の中にいるような表情でぼんやりと呟く。
「俺なんて、死んだひいばあちゃんに会ったぜ。俺のこと、すごく可愛がってくれてたんだ」
 カリュオンが目尻の涙を拭いながら言う。
「そうか。皆、それぞれ見たものは違うのか」
(それぞれの人間にとっての、一番大切な思い出……。それを思い出させるための夢術だったんだな。ラウラ、お前、なんてものを紡ぎ出したんだ。こんな夢術、前代未聞だ。しかも、俺にさえ何をどうやったのか、夢術の構成がさっぱり分からないなんて……)
 その時フィグの胸の内に湧いたのは、紡ぎ出された光景に対する懐かしさや感動よりも、得体の知れない畏れの方が勝っていた。今までよく知っていたはずのラウラが、急に見知らぬ、とてつもなく大きな存在になってしまったかのような感覚を覚え、フィグは知らず身震いする。
 やがて、さざ波のように少しずつ、拍手が巻き起こっていった。それはすぐに会場全体に広がり、嵐のように鳴り響く。拍手を送られたラウラは再びぺこりとお辞儀をし、照れたような表情で自分の席へと戻っていった。

「ラウラ!あんたってスゴイわ!一体どうやってあの夢を紡いだの!?あの思い出はあんたの全然知らないことのはずなのに」
 元の席に戻ったラウラを、キルシェがきつく抱きしめて出迎える。
「えっとね、あれは私が紡いだわけじゃないよ。元々皆の記憶の中にあったものを引き出しただけ。人間って本当は、すごくはっきり昔のことを覚えてるものだって、私は思うんだ。でも後からどんどん新しい記憶が積み重なっていって、埋もれてしまって、見えなくなるの。だから夢の中とか死の間際とか、そういう特殊な状況でないと思い出せないんだよ。だから私は皆がそれを思い出せすお手伝いをしようと思って、あの夢を紡いだの。たくさんの記憶の中から、一番大切な記憶を見つけられるように、そしてそれが胸に刻んだそのままの形で頭の中に再生されるように、そういう祈りを込めて夢を紡ぎ出しただけだよ」
「ううん、あんたはスゴイわよ。あんな夢、あんたにしか紡げない。誰にも真似できない。アメイシャだってそう思ってる」
 そう言ってキルシェが指差した先では、いつもクールで表情を崩さないはずのアメイシャが珍しく動揺したようにうろうろと視線を彷徨わせ、心なしか青ざめた顔で唇を噛みしめていた。ラウラはそこで初めて己の状況に思い至る。
「え……。私、もしかして……優勝できちゃうかも?」
「『かも』じゃないわよ。もう、あんたで決まりでしょ!全く、あれだけの夢を紡いでおきながら相変わらずボケボケしてるんだから」
「え?うわわわわっ、ど、どうしよう、キルシェちゃんっ」
「とりあえず落ち着きなさい。まぁ、何にせよ、発表は審査会議の後なんだから、その間に優勝者スピーチの内容でも考えてなさいよ。どうせあんたのことだから、今まで何も考えてないでしょ?」
「うぅう……、そういうの、苦手だよ。『うれしいです、ありがとうございます』だけじゃダメかなぁ?」
「ダメに決まってるでしょ。そんな一言二言だけで帰られちゃ、皆が唖然としちゃうってば」


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このページは津籠 睦月による児童文学風オリジナルファンタジーWeb小説「夢の降る島」第1話夢見の島の眠れる女神の本文ページです。
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