ファンタジー小説サイト|言ノ葉ノ森

ファンタジー小説|夢の降る島

第1話:夢見の島の眠れる女神
TOPもくじ
(※本文中の色の違う文字をタップすると別窓に解説が表示されます。)

第7章 ラウラの紡ぐ夢(2)

 呆然と立ち尽くすフィグの耳に、聞き慣れた声が吹き込まれる。
『思イ出シテ、イツカノ思イ出ヲ』
「ラウラ……!?」
 間近で囁かれたように聞こえたそれに思わず振り返るが、そこにラウラはいない。いつの間にか周りは白霧に包まれていた。景色すらぼやけていて、よく見えない。そしてそこには変わらず、不思議なメロディーと声が聞こえていた。
『思イ出シテ。タクサンノ記憶ノ中ニ埋モレタ、アナタノ一番大切ナ思イ出ヲ』
 まるで子守唄のようなその声とメロディーに、フィグは眠りに誘われるように意識を薄れさせていく。
『思イ出シテ。忘レテイナイツモリデ忘レテシマッタ、ソノ思イ出ノ細部マデヲ……』
 夢現のぼんやりとした意識の中、フィグは、何かが自分の目の前でからからと音を立てて廻っているのを感じた。それは光を灯しながら回転し、その光で霧の中にいくつもの光景を映し出しては消していく。
 それは、アルバムの写真のように切り取られた、フィグの記憶の一場面一場面だった。まるで、死の間際に現れると伝えられているもののように、今まで生きてきた人生の記憶が走馬灯のように次々と映し出されては消えていく。めまぐるしく移り変わる景色の中で、ふいにある一つの光景がフィグの心に引っかかった。
「あ……っ」
 通り過ぎていくそれを、引きとめようとするように思わず手を伸ばす。その手が目の前で廻り続ける灯りに触れた瞬間、フィグは白銀の光に包まれた。

 気がつくと、フィグは丘に座っていた。空は暗く、頭上では銀の星々が神秘的な音を奏でながら、ゆっくりと廻っている。忘れもしない、星めぐりの丘の風景だ。
 フィグは呆然とした。自分が直前まで選考会の会場にいたことは覚えている。これがラウラの紡いだ“夢”なのだろうということも理解できる。だが、今フィグの目に映るこの風景は、夢とはとても思えないほど、何もかもがあまりにもリアルだった。草の匂いも、空から零れる星の音も、頬に当たる風も、そして……
「この島の外、かぁ。一体、何があるのかなぁ?」
 傍らで幼い声が問いかけてくる。フィグの隣にはあの日と同じ、六才になったばかりのラウラがいた。ラウラは眠気に半分負けたような声で、それでも一生懸命に言葉を続ける。
「どこまで行っても果てがないなら、きっと、いつまでだって、見たことのない何かを探して冒険ができるね。ずっと、ずーっと、終わりのない、果てしない冒険が……。ねぇ、フィグ。約束だよ。私を置いていかないでね。私も、フィグとずーっと、いっしょに……」
 そこまで言って、ラウラはついに眠気に負けた。フィグの右肩にぽすりと重みが加わる。そして肩越しに小さな寝息とぬくもりが伝わってきた。何もかもがあの日と同じ……、もう二度と戻れないと思っていた夜の風景。当たり前に二人一緒にいられた最後の夜の風景だ。フィグは、ふいに胸がいっぱいになった。
(ラウラ……)
 右肩にもたれかかって眠る小さなラウラに触れたくて、手を伸ばそうとする。だが、その手は指一本ですら、フィグの意のままにならなかった。そしてあの日と同じように、ラウラの体温を感じながら、フィグのまぶたも次第にとろんと重くなってきた。このまま眠って、その先ふたりがどうなってしまうのか、もうフィグは知っている。
(……嫌だ。ここでまた眠ってしまうのは、もう嫌だ……)
 運命に抗うように、フィグは必死に指を動かそうとする。眠るラウラの肩に触れて、揺り起こして、失われてしまったあの日の続きを見ようとでもするように……。
(嫌だ……。俺は、もっと、お前と一緒に………………)


もどるもくじすすむ

このページは津籠 睦月による児童文学風オリジナルファンタジーWeb小説「夢の降る島」第1話夢見の島の眠れる女神の本文ページです。
個人の趣味による創作物のため、全章無料でお読みいただけますが、
著作権は放棄していませんので、無断転載等はおやめください。

 
inserted by FC2 system