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第1話:夢見の島の眠れる女神
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第11章 悪夢の卵(5)

 ラウラの驚いた表情に、女神は苦笑して頷く。
「ええ。これが私の本当の姿。……がっかりさせてしまったかしら?」
 ラウラはあわてて首を横に振る。
「ううん!その姿もとても素敵です!……なんだか、ちょっと安心しました。シスター・フ……あ、いえ、夢見の女神(レグナリア・レヴァリム)様も、私とそんなに変わらないんだなって」
「いいえ。変わらなくなんてないわ。あなたは私なんかとは違うもの」
 女神は言いながら、ぱちんと指を鳴らした。湖の上に七色の光が走り、女神とラウラの間に睡蓮の葉でできた道が結ばれる。
 ラウラはその上を渡り、女神の目の前まで歩を進めた。女神はしばらく無言でラウラの目を見つめた後、苦しげに顔を伏せた。
「……ごめんなさい。あなたを選ばないという選択肢も、私にはあったわ。もう少し頑張れば、あと何十年かは悪夢(コシュマァル)に耐えられたと思うから……。でも、この先たとえ何十年待ったとしても、あなたのような小女神(レグナース)には二度と出会えないと思ったの。だから……あなたの恋も夢も、何もかも奪ってしまうと知りながら、こうしてここへ呼び寄せてしまった」
 ラウラは静かに首を振る。
「でも、それは仕方のないことなんでしょう?夢見の女神(レグナリア・レヴァリム)様にもどうにもできない、この世の理なんですよね?」
 女神は涙に潤む瞳で微笑む。
「フレア、でいいわ。フレア・フレーズ。それが私のかつての名前」
「フレア……フレーズ……」
 名だけは知っていた、けれど姓までは知らされていなかったその名前をラウラは口の中で転がすように繰り返した。
「あなたのシンボルは苺よね?私のシンボルも苺だったの。あなたのとはちょっと違っていて、ハートと苺の組み合わせだったけれど。……だからかしら。あなたには初めから親近感を持っていたの」
 言われて、ラウラは前髪に留まった苺の髪留めに思わず手をやる。そして同時に思い出した。小女神宮(レグナスコラ)でたびたび自分を慰めてくれたシスターの前髪に留まっていた、苺とハートを組み合わせた形のヘアピンを。
「初めて会った頃には、あなたを選ぼうなんて思っていなかったわ。だからあなたの恋を手助けするようなこともした。……結果的に、あなたにはひどいことをしてしまったと思っているわ。こうして悲しい別れをするくらいなら、あの時あのまま抜け道なんて知らず、幼い恋の思い出だけを抱いて生きていた方が幸せだったかも知れないわよね……」
 その言葉にラウラは激しく首を横に振る。
「そんなことありません!フィグと一緒だったから頑張れたことがたくさんあるから!ここまで向かう旅だって、ひとりきりだったらくじけちゃってたかも知れない。だから、私は感謝してます。あなたが私にしてくれたこと」
「……やっぱり、あなたは私とは違うわ。私なんかよりずっと強い」
 言って、フレアは空を仰いだ。何かを惜しむようにじっと見つめた後、深く息を吸い込み、再びラウラに向き直る。
「あなたなら、きっと大丈夫。安心してこの役目を任せられるわ」
 フレアは微笑み、それまで大事に腕に抱えていたものをラウラへ向け差し出した。
 それは硝子のように透明な殻を持つ、大きな卵だった。中では悪夢(コシュマァル)の黒い泡が、生まれては消え、消えては生まれ、絶えず生滅を繰り返している。
「分かっているわね?これを受け取れば、あなたは……」
 フレアの問いに、ラウラは大きくうなずいた。
「分かっています。私は大丈夫です。それよりあなたは?あなたはこれで、本当にいいんですか?」
 逆に問い返され、フレアは苦笑した。
「本当に優しい子ね、あなたは。こんな時にまで他人の心配をして。私なら大丈夫よ。選んだのがあなたで、本当に良かったわ」
 フレアの言葉にラウラはきゅっと顔を引き締めた。そしてその指を、そっと卵へ向け伸ばす。だが……
「待て、ラウラ!それに触るなっ!」
 突然響いた声にラウラはハッと顔を上げた。見ると山の頂、岩壁の渕に二人の人物の姿があった。
「フィグ…… !? それに……、シスター・フレーズ?」
 ラウラはぎょっとしてフレアを振り返る。振り返った先には、頂に立つシスター・フレーズをいくらか幼くしたような女神(フレア)の姿が、変わらずにそこにあった。困惑したように二人の姿を見比べるラウラの前で、フレアが口を開く。
「おかえりなさい、私の分身。大人になれない私の夢見た、もう一人の私」
 シスター・フレーズの身体が七色の光に滲む。その姿は砂が崩れるようにサラサラと風に散り、後に残った七色の光はフレアの身に吸い込まれるように消えた。
「……夢晶体(レクリュスタルム)
 つぶやくラウラにうなずいてみせ、フレアは優しく微笑んだ。
「そうよ。彼女は私の紡いだ幻影(ファンタズム)。でも、夢晶体(まぼろし)には変わりないけれど、私は彼女を通してずっとあなたを見てきたわ」
「フレア……様」
「ただのフレア、でいいわ。“様”は要らない。あなたはもう、私に敬語を使う必要なんてないのだもの」
 悪夢(コシュマァル)の詰まった卵を、フレアは改めてラウラに差し出す。
「さぁ、早く受け取って。邪魔が入る前に……」
 フィグの方をちらりと見て、フレアがラウラを促す。ラウラはうなずき、再び卵へと手を伸ばす。だがフィグはそれを黙って見過ごしたりはしなかった。
「やめろーっ!」
 フィグは自分の両腕に腰の小瓶に詰まった夢雪(レネジュム)を振りかけると、そのまま湖へ向け岩壁を飛び下りた。
「夢より紡ぎ出されよ!ギリシャ神話より“イカロスの翼”!」


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このページは津籠 睦月による児童文学風オリジナルファンタジーWeb小説「夢の降る島」第1話夢見の島の眠れる女神の本文ページです。
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